7.お互い様

「おい、サラ! 止まれってのが聞こえないのか!?」


 耳元で大きな声を出すのはペルシさんだ。しかし、私はそれを意図的に無視していた。ここで止まるわけにはいかない。


「くそっ、お前そんな奴だったか!? ……お兄さん方、こいつ本当に今日が初めてのレースで加減できてないだけなんだ! 頼むから怪我させないでやってくれないか!?」


 ペルシさんは私の安全を気にかけてか、周囲のよそ者連中に言葉遣いを丁寧にしてまでお願いをしている。そんなことされると少しだけ心が痛くなってくる。


 しかし、よそ者連中はいやらしく口角を上げた。


「へっ、こっちも真剣にレースしに来てるんでね。それに嬢ちゃんのほうから勝負を仕掛けてきてるんだ。接触があってもお互い様だぜ?」


 そう言いながらよそ者連中の一人は気持ち悪いにやけ顔で、私の進行を邪魔するようにじりじりと幅寄せしてきた。


 だから私は、思いっきりそいつにぶつかりにいってやった。


「えっ? うわぁああああああああああ!?」


 私とそいつは互いによろめくが、ぶつかる準備のできていた私は問題ない。逆によそ者の方は体当たりされるとは露ほどにも思っていなかったようで、大きくバランスを崩して転倒し、地面を転がっていった。


「お互い様なんでしょ?」


 残る四人のよそ者連中が顔を真っ赤にして私のことを睨んでくる。


「このクソガキが!」

「ぶっ殺してやる!」

「サラお前何やってんだぁ!?」


 ペルシさんも素っ頓狂な声をあげて驚愕している。

 しかし、お互い様だと先に言ったのはあっちのほうだ。


――自分から幅寄せしてきたくせに、ちょっと小突いたぐらいで転倒するほうが悪いんだよ。


 沙羅時代のレースでは、激しいコース取りのなかで接触することは幾度となくあった。それはコース内だけでなく、新参だから、女だから、日本人だからと圧力を掛けられたことは幾度となくある。


 それでもという意思を他のレーサーに示すのはとても重要なことだ。


――舐められたらレースはそこで終わりだからね。


 現によそ者連中は怒り狂ってはいるものの、誰一人として私に幅寄せをしてこない。体当たりで道連れにされるのを恐れているからだ。


 彼らが露骨な妨害を辞めたのを確認して、私はぐんぐんとスピードを上げていく。ペルシさんやよそ者連中も私に合わせてペースを上げていった。


「サラっ、お前そんなペースで走ってると最後まで持たないぞ!」


 追走するペルシさんから忠告が入る。たしかに少し息苦しくなってきた。レースは全部で三週あって、だいたい20分ぐらい走ることになるとフィンが言っていたはずだ。けれど、まだ走行時間も3分程度で一周の半分も走っていない。


――でもペースなんて分からないし……。


 これが沙羅時代のマシンで走るレースならタイヤの摩耗状況やガソリンの残量でペース管理ができた。しかし、このレースにおけるガソリンは自身の魔力だ。勝手がわからない。


――それに、この速さで走っているから安定してる。


 アクセル全開の状況だからこそ、安定して走ることができている。速度を落とすとレース開始直後のような急発進と急ブレーキを繰り返す暴走状態になりかねない。


「お前ら塞いどけ!」

「おう!!」


 よそ者連中が私を前から取り囲むような配置に変えてきた。そして、徐々にスピードを落としていく。私にペースを握らせないためだろう。囲まれてしまえば、私も流石にペースを落とさざる得ない。


「そのまま抑えとけよ!」


 しかし、よそ者連中の一人は私たちから離れて先をどんどん進んでいった。これでは一位の選手とどんどん差が開いていってしまう。


――あー、そういうのやってくるんだ。


 沙羅時代のレースでも同じようなことは幾度となくあった。レースは個人競技ではない。チームで結託して、一人のエースに一位を獲らせてポイントを集めるのも有効な戦略の一つだ。


「じゃあ……我慢比べしよっか」


 これが地獄の始まりであることを彼らはまだ知らない。

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