2.仕事を探そう
あれから数日経って、いくつか分かったことがある。
一つに、私はやっぱり吉川沙羅であるということだ。今はサラという少女の体と記憶を持ち合わせているけど、自我の軸は沙羅時代で形成された人格にあると思う。
ただ、弟のアレンが可愛いという気持ちや、私たちを支えてくれるオーブリー叔父さんへの安心感といった感情はサラとしての記憶からどうしても湧き出てくる。
そして二つに……。
「お金がない!」
絶望的にお金がない。オーブリー叔父さんは大工として毎日必死に働いているけど、所詮は雇われの低賃金肉体労働者。私もアレンも病弱で働けない。食費だけでなく医療費も必要になる。
――これは本格的にどうにかしないと……。
幸いなことに、私の体は順調に回復していた。沙羅時代の記憶もあるので事務的な仕事になら簡単に就けるかもしれない。しかし、この世界での私はずっと病弱で社会と関わりを持っていなかった身だ。働くためのつても信用もない。
「お姉ちゃんちょっと町のほうに行ってくるから」
「ごほっごほっ……。うん、気を付けてね」
今日のアレンは体調が優れないみたいで、朝からずっと寝たままだ。少し心配だけれど、お金がないという状況を打開しなければ健康を取り戻すための環境も得られない。私は藁にも縋る思いで唯一のつてを求めて町のほうへと繰り出した。
◆
村から町のほうへと出ると、石畳を基調とした西洋風の街並みが見えてくる。電気やガスといった科学的なものは見当たらないが、代わりに魔法が生活基盤を支えている世界であることを私はサラの記憶から知っていた。露店では火の出る調理用魔石などが日常用品として販売されている。
「フィン、いる?」
「サラ!? 一人で出てきて大丈夫なの?」
私が向かった先はロイター魔法具用品店。私が一人で出歩いていることの驚きの声を上げたのは、唯一の友人と言っても過言ではないフィン・ロイターだ。
私と同じ14歳。東洋人風の黒髪と黒い瞳を持っていて、少し小柄な女の子。ショートボブの髪型はボーイッシュさよりも可愛らしさのほうが上回っている。
「もう元気になったから平気だよ」
「それ絶対気のせいだから。おかーさーん! 昨日のスープってまだあったっけ?」
「ええ!? サラちゃん一人で出てきちゃったの?? スープ温めるからちょっと待ってて」
店の奥のほうから出てきたのはフィンの母親のシュンさん。というか、飢えた私が物乞いに来たと思われているのではないだろうか。
――いや、これが今の私の信用なんだ……。
今まで碌に外で活動してこなかったが故に誰にも認知されておらず、唯一仲良くしてくれている人たちからも貧乏で虚弱な病人扱い。これでは今後に差し支える。
「あの、お陰様でだいぶ元気になったので私でも働ける仕事を探してまして……。計算とかならできると思うんですけど」
そう言ってみたものの、シュンお母さんの笑みは悪い意味で深まり、フィンは露骨に顔をしかめた。
「その前にもっとちゃんと体を治さないとでしょ。ほら、そこ座ってスープ飲んで」
フィンは強引に私を椅子に座らせつつ、調理用魔石で温めたスープをテーブルに置いてくれる。私はちらりとシュンお母さんのほうに視線を向けるものの、「スープどうぞ」という優し気な表情を送られるだけで仕事の話は一切返してもらえない。
「ていうか体が治ってないとどこにも紹介できな――」
「フィン」
その言葉を咎めるようにシュンお母さんがフィンをギロリと睨む。
――これはなかなか厳しそう。
ロイター一家は私に一番親切で理解のある方々だ。この忠告も親切心からきているものだし、逆の立場になって考えてみれば不健康でいつ休むか分からない人を紹介なんてできない。
――なにか口実や実績が必要?
この世界において、私は働ける人の枠から完全に外されてしまっている。何か体力がついたことをアピールしたり、仕事で役立つスキルがあることを示さなければ未来がない。
「ん?」
頂いたスープに口を付けながらそんなことを考えていると、右のほうからガタガタと物音が聞こえてきた。そして、何かが私のほうへと勢いよく迫ってくる。
「きゃあ!」
私は自身の体を庇うように反射で手を出した。すると、手のひらに木の棒のようなものがピタッと吸い付く。恐る恐る目を開けると、それは古びた箒だった。
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