1.異世界転生?
誰かが私の手を握っている。
「……お姉ちゃん?」
私が手を握り返すと、幼い男の子の声が聞こえてくる。目を開けようにもなんだかしょぼしょぼして見づらい。どうやら私は寝かせられているようで、体は思うようには動かなかった。
「サラお姉ちゃん!!!!!」
大きな声が頭に響く。しんどい。勘弁してほしい。
「……ぃ、いきなり大声出さないでよアレン」
――ってあれ? どうして私はこの幼い男の子がアレンっていう名前で、私の弟だって知ってるんだっけ?
「まさか本当に成功するとはのう……」
もう一人、老婆の声が聞こえてくる。この人は村の外れに一人で住んでいるお婆ちゃんで、魔法関連のことでよく村人に頼られているんだけど……。なんで私はそれを知ってる? ていうか、魔法って……?
次第にぼやけた視界も戻ってきて、周囲の環境が目に映るようになってくる。
私は木の板にボロ布を被せただけの台の上に寝かせられていた。体には汚くて薄い布が被せられている。埃っぽくて清掃が行き届いていない木の家は、私たち家族の住む家だ。
「やったぁ! きっとおばあのおまじないが効いたんだよ!」
「良かった……。本当に良かった……」
膝を付きながら大粒の涙をぼろぼろと零している30代ぐらいの男性はオーブリー叔父さんだ。私のお母さんがいなくなってから、親代わりとしてずっと面倒を見てくれている大事な家族である。
それなのに、私の魂が否定する。
――いやいやいやいや! 違うでしょ! 私は吉川沙羅で、日本人初の女性F1レーサーで、それで……。
ビクゥ! と体が跳ねるように震える。
「サラお姉ちゃんどうしたの!? 大丈夫!? どこか痛いの!?」
バードストライクの感触。
制御の効かないマシン。
一瞬で目の前に迫ってくる壁。
――そうだ……。私は死んだはず……。
しかし、目の前に映る私を心配する家族たちの視線。そして、私の中の存在しないはずの記憶が現実を知らしめる。
私と同じ白い髪と赤い目を持った男の子はアレン。10歳になる可愛い弟。急に体を震わせた私に心配の眼差しを向けている。
その様子を見てオロオロとしているのはオーブリー叔父さん。白と黒の入り混じった髪。大工として朝から晩まで必死に働いて、私たち兄弟を実の子供のように支えてくれる大黒柱。
おばあはなんでここにいるのか分からないけど、まるで信じられないようなものを見るように私へ視線を向けている。
――一体何がどうなって……。
私が吉川沙羅であることは間違いない。
けれど、私がサラ・ヴァレンタインであることも間違いないのだ。
「ごめん、ちょっと寒気で震えただけ。大丈夫だから心配しないで」
咄嗟に口から出てしまうのは、心配する家族を安心させようとする言葉。私の中には彼らに対する慈愛の感情が確かにあった。
「まだ無理はしないでくれよ。もうもたないんじゃないかって言われてたから……」
「そうだ! フィンちゃんのところから美味しいものもらえないか聞いてくる!」
アレンは勢いよく家を飛び出していく。フィンは町のほうに住む私の同世代の友達で、小さな魔法具店を営むロイター家の一人娘だ。町では裕福なほうの家庭なのでよく助けてもらっている。
――でも、『もたないんじゃないか』っていうのは……。
確かに私……というか、サラは同世代の子と比べて病弱で、ここ数年は外に出ることもままならないほどだった。弟のアレンも私ほどではないけど体が弱いので遺伝的なものだと思う。そして、ここ最近の記憶がない。もしかしたらサラは衰弱して寝たきりになっていたのかもしれない。
だが、それ以上に重大なことがある。
どうして私こと吉川沙羅が、サラ・ヴァレンタインの記憶と体を持ってここにいるのか。何もかもが分からない。
おばあが『おまじない』をしたとアレンは言っていた。
ちらりとおばあのほうに視線を向ける。
おばあはまるで奇怪なものを見るような視線をこちらへ向けているままだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます