第5話 スローライフの始まり
■フィオレラ村 中央井戸
村の中心にある大きな井戸は交流の場になっている。
井戸端会議なんてのも、それが発端の言葉だ。
だから、井戸が汚染されているとなったら、被害が甚大なのは当然である。
「皆さん、大丈夫ですか?」
「ああ、俺はいいんだが……あの娘さんは酷い有様だよ」
ホリィが尋ねた村の男が指さす方向にはびくびくと痙攣をしている少女がいた。
瘴気に汚染された水を飲んでこうなったようで、それから井戸を使わないように動いている。
「まさに公害じゃないか……本当に原因を突き止めて対応しないと厄介だな」
水が汚染されて広がる病について教科書で学んだ世代でもある俺は黒いモヤの広がる井戸の中を見て呟いた。
「浄水スキルで水をだしていっても井戸を全部どうにかできるとは思えないな……スキルの名前からして、直接触れたほうが効果は高いかもしれん」
「この井戸の中に降りられるんですか?」
「ああ、丈夫な紐みたいなのがあればいいんだが……」
「パパ、ドリーががんばる!」
俺のズボンをすそを引っ張ったドリーが呪文を唱えると、ドリーの足元から絡み合った蔦の束が生えてきた。
引っ張ってみるが地面につながっているので、すぐに途切れることはなさそうである。
「いけそうだな。それじゃあ、俺が一人で潜ってくる。ホリィは水をさっきの子供に飲ませてみてくれ、井戸の桶に入れるからこれを飲ませてくれ」
〈浄水〉で生み出した水を井戸からくみ上げるときに使う桶に注ぎ込んだ。
俺が呪文を唱えることなく水を出している光景に村人たちが驚きの声をあげていた。
「ああ、なんということでしょう。これが洗礼なのですね」
「いや、たぶん違うと思う、ぞ?」
宗教はよくわからないが、違う気がひしひしと感じている。
俺は水を注ぎ終えたら、蔦と共に井戸の中へと降りていった。
■フィオレラ村 中央井戸の中
薄暗い井戸の中に降りていくと、足元から黒いモヤが広がってきていた。
水が見えないほどに広がっていて気持ち悪い。
「村長が治せたなら直接振りかければ浄化できる……はず」
自信はないが、やれることをやってみるだけだ。
出来なかったら、その時次を考えればいい。
左手で蔦を強く掴みながら、右手から〈浄水〉で生み出した水をだしながら打ち水をするように振るった。
パシャっと黒いモヤに水がかかると黒い色が薄れていく。
「よし、効果があった!」
気を良くした俺はもっと降りて、黒いモヤの中の水面に直接手を触れるように伸ばした。
そして、今までよりも強くきれいになるイメージをして紡ぐ。
〈浄水〉
俺の右手から白い光があふれだし、井戸の水が全て綺麗になった。
■フィオレラ村 中央井戸
「キヨシ様! 今の光は!?」
「井戸の中は綺麗にできた。ただ、この井戸の汚染が根本につながっているのなら、すぐには改善しないかもしれないな」
「パパ―、お疲れ様ー!」
井戸から出て来た俺は飛びついてきたドリーの頭を撫でた。
パパではないんだが、懐かれてしまったのであれば仕方ない。
そうしていると、ホリィが一歩前に来て、俺の手を両手で握ってきた。
「いえ、キヨシ様は私が仕えるべき使徒様です!」
「おい、ホリィは自重してくれ。幼女と張り合うな」
「私にだけ酷いですっ!?」
「いや、キャラが変わりすぎているだけだからな!」
俺はむすっと頬を膨らませるホリィを宥め、ドリーを制して場を落ち着かせた。
そうしていると、村長がやってくる。
「村長か、今から行こうとしていたので助かった」
「いえいえ、聖者様にご足労をかけるわけにはいきませぬ。聖者様、ご迷惑でなければ村にしばらく滞在していただき瘴気の浄化を行っていただけないでしょうか?」
「俺は……」
村長の申し出に俺は一瞬言葉に詰まる。
この時の俺は元の世界に帰ることを考えなくなっていたのだ。
聖者というのは大げさであるものの、感謝される環境にいるのは事実。
元の世界では毎日工場で働くだけで、それが当たり前という人生でしかなかった。
「俺の〈浄水〉スキルは農業をするには向いているようだから、世話になる」
「でしたら、教会の司祭様のお部屋をこのままお使いください。教会の菜園の活性化ができれば薬草を育てていったりもできますし!」
「俺としては別の家でも……」
「申し訳ございません、この村には大工はいないので新しく建てることができません。空いている家もないので、ご不便をおかけいたしますが教会で過ごしていただくのが一番かと」
村長にいわれたらしょうがない。
俺は申し出に頷き、このフィオレラ村でのスローライフを始めるのだった。
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