第9話 ページを捲る。

 私は、目が覚める。目の前には、見知っている白の天井に白の壁紙。

 ソファで寝ていて、固まった身体。二日酔いで痛い頭を抑えながら、冷蔵庫を開く。


 冷えたお茶を出して、コップにそそいだ。乾き切った身体が、水分を求めて喉を通っていく。


「朔……?」



 夢の中では、何も感じなかった。しかし、目覚めた今はなんだかその名前に違和感を覚える。



「にしても、声がやばい……」



 レモン味ののど飴を口に放り込み、口腔内でコロコロ転がす。まだ気だるい身体を、冷蔵庫に体を預けた。そして、重力に負けるようにしてズルズルと座り込む。



 ――なにか、忘れている。



 胡座をかいて、腕を組む。首を傾げながら、二日酔いで重たい頭に鞭を叩く。

 そこで、あることを思い出した。



 記憶が、繋がって立ち上がる。ズキンっと痛む頭を、押さえながら私はアルバムを引っ張り出した。



 なぜ、『うしろに注意』と言ったのか。

 なぜ、飛んでいたのがだったのか。



 ――全てはこれだ。



 おばあちゃんと私が写った写真。おばあちゃんっ子の私は、常におばあちゃんのそばで育った。アルバムの中の写真は、殆どがおばあちゃんとのものだ。

 そのアルバムに、挟まれた一枚の紙。


 


「あった」



 "朔"と名乗った男は、やはり私の記憶にはいない。そもそも、会ったことがない。

 しかし、生前のおばあちゃんが言っていた。

 


 ある時突然、おばあちゃんが若い時に倒れたのだそうだ。その時の出来事が、何年経っても忘れられないと何度も話してくれた。


 

『私がね、死を彷徨ったときに出会った男がいたんだよ。朔、と名乗っていてね。その時、私が死なずに戻ってこれたのはね。アゲハ蝶が、助けてくれたんだ』



 

 四つ折りにされた紙をひらいた。古くなって、破れそう紙を丁寧開いていく。

 ふわりと古紙の香りがする。

 青色のアゲハ蝶について、おばあちゃんが書いたメモだ。


 ふと、私はここで思う。"あの女は、もしかしたら?"と。





 ――"故人からのメッセージ" 。特に『うしろに注意』、後ろから黄泉の国へ連れて行かれる。それを守る、青色のアゲハ蝶。



 


(おばあちゃんが、私を守ってくれたの?)




 まだ、来てはいけない。そう言うことだったのかもしれない。それなら、私にしか見えないと言うのも納得だ。


 

 うしろに注意。……どこかで聞いた話、振り返ってしまうと連れて行かれる。朔に連れて行かれそうなところを、おばあちゃんが助けに来てくれたのだろうか。



 自分が助けてもらったように、今度は自分がと。



「あなたは、おばあちゃんなの?」


 

 私は、青色のアゲハ蝶に問う。当たり前のことながら、言葉の発しない蝶。返答のない空間に、小さくため息をつく。

 そして、開いていたアルバムを閉じようとした。



「え?」



 青色のアゲハ蝶が、金の鱗粉りんぷんを散らしてアルバムのページに止まる。

 羽を少し休めて、アルバムを握る手の周りをぐるぐる回りだした。




「ページをめくる?」



 写真同士がくっついた、次のページをぺりっとめくった。

 


 

 

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