第8話 青色のアゲハ蝶。

 そんなこんなで、またも深夜過ぎ。……というよりも、もはや早朝。朝日が登ってきそうだ。気だるく重たい身体を引きずって、家に帰ってきた。




「シャワー……うぅ〜、もう無理。おやすみ……」




 私は、そのままソファに横になって目を瞑った。





 ****




 またもこの夢。血の海に立つ私。鼻をつまみたくなるほどの、血のにおい。


 黒のフードをかぶった、色白の男が手を差し出してくる。うっすらと笑みを浮かべ、いつものセリフを呟く。



「一緒に帰ろうか」



 今日は、どこかいつもと違う。それは、私の周りにアゲハ蝶が飛んでいることだ。

 青色の光を放つアゲハ蝶。



 血の海に、反射して紫色を映し出す。



「また、あなた……」



 ぱしゃっと音を立てて、血の海の上を歩いていく。その男の目の前まで行き、睨むように見つめる。音を立てて歯軋りをさせた。


 そんな私とは反対に、彼は涼しげな笑みを浮かべている。



「あぁ、だなぁ。……早見しおり、あの女に会ったのか?」



 スッと笑みが消え、青色のアゲハ蝶を指さす。呪われてしまうのでは、とさえ思わせるその表情に強張ってしまう。凍てつく空気に、喉をひりつかせる。

 ひりつく喉から、震える声を絞り出す。



「……あ、あの女性って?」

 


「青のアゲハ蝶は、あれしかいない。早くその蝶を返してくるんだ」




 私に背中を向けて、その男は歩き出した。私は、足に力を込めて付いて行くことにする。

 重たい足を動かして、血の海の水音を立てた。



 

「ついてきても、何もない」



「ま、まずは、お名前を……」



 低音で暗い声で、冷たく切り離そうとする。そんなのお構いなしに、私は名前を聞く。

 先ほどまでの、冷たい空気も忘れてない。しかし、この夢を初めて見た温かさも同じように忘れていない。




 "忘れている"と彼は言うが、そんなものは、記憶のどこを探しても出てこない。

 血の海は、トプンッと波を打つ。羽が濡れないようにアゲハ蝶が、逃げてきて私の肩にとまった。



 青色のアゲハ蝶は、ゆっくりと羽を動かして金の鱗粉りんぷんを舞わせた。



 振り返りもせずに、背中を私に向けたままだ。顔を横向きにして、フードをぱさりと外した。

 



「名前は、さく



「朔??」



 名前を聞いてもやはり、ピンとくるものはない。ゆっくりと男が振り返る。ハイライトのない目が、私を捉えた。

 フードを下ろし、あらわになった顔が月明かりでしっかりと見える。

 


 どこか揺れるその目に、何か忘れているような気もしてくる。ズンズンと、頭が重たくなってきた。



 足元がふわりと浮いて、私の足元に穴があいた。

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