第7話 お疲れ様。
そして、今日の業務が終わった。首をぐるりと回して、視界のはじにちらつく青色を払いのける。
どれだけ払いのけても、消えないことは知っている。しかし、チラチラと羽が動くのが気になって仕方がない。
しかも、あの佐々木さんが何も言ってこない。昼休憩をいつものように一緒に行っても、何も言わない。
(この蝶々は、私にしか見えてない?)
そう思う方が自然なほど、周りの人はこのアゲハ蝶に大して反応がない。
「速水さん、明日お休みですよね!」
有無を言わさずに、連行されていく。またも、いつもの飲み屋さんた。
今日はどんな情報と愚痴なんだろうか。そんなことを考えつつ、引っ張られるままついていく。
「休みじゃなくとも、飲みに行くじゃないですか」
「だって! 愚痴は毎日ですよ!」
そう言いつつ、タクシーを拾って乗り込む。昨日に引き続き、今日もなんだかお怒りモード。
今朝言っていたように、社長と部長の愚痴だろうか。
お店に着くなり、佐々木さんは日本酒を注文する。彼女は辛口が好らしい。このお店オリジナル日本酒が、特にお気に入りなんだとか。
私は、梅酒ロックを注文した。
乾杯もして、グラスに氷がぶつかる。中身はひんやりとして、グラスが汗をかきコースターを濡らす。
「佐々木さん、今日もお怒りモードですね〜」
「だって! 社長の奥さんが、かわいそうじゃないですか!」
行き場のないやるせなさで、どんとテーブルを叩く。枡に入ったグラスに唇をつけて、佐々木さんは日本酒を口にする。
(こんなに可愛い見た目なのに。中身は、おっさん……)
そんな事を本人に言ったら、怒りの矛先が私に向かう。まあまあと、私は宥める。
「佐々木さんの気持ち、分からなくも無いですけどね。でも、それはどっちに怒ってます?」
「どっちもですよ!?」
髪ゴムで、緩くポニーテールに結ぶ。佐々木さんの飲みモードの姿だ。
私は頬杖をついて、うんうんと相槌を打つ。
カランッと音を立てたグラスに、口をつけて全てを喉に流した。
グラスを持つ指に、アゲハ蝶がとまった。ガヤガヤと賑やかな音をBGMに、青く光るアゲハ蝶を見る。
華やかな色とは、無縁の濁りのあるグラスの中身。そんな相反するものが、目の前に混じっている。
「って、早見さん話聞いてます!?」
「うんうん。部長と社長ですよねぇ」
話は、聞いている。聞いている風もないのは、このチラつくアゲハ蝶が気になるから。
「でも、なんで……部長なんですかね?」
「早見さん、知らないのですね……一緒にやっていたプロジェクトが、成功して。それの打ち上げですよ」
「あ、ありましたね。でもかなり前……え、もしかして?」
佐々木さんは、小さく何度も頷く。そして、升に入っていた日本酒をグラスに移した。最後の一滴が、グラスに落ちる。
「そうですよ。もう、闇ですよ〜」
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