第6話 アゲハ蝶。

 私は、目を開いた。パチパチと瞬きをして、周りを見渡す。

 

 白い天井に、白い壁紙。大きな窓にクリーム色のカーテン。ここは、間違いなく私の部屋だった。冷たい床に足を下ろして、ペタペタと姿見に歩いていく。



「ん?」



 黒のワンピースに黒の長い髪。長い髪が乗った肩に、青色のアゲハ蝶が舞い踊っている。ふわりと柔らかく羽を動こして、金の鱗粉リンプンが飛ぶ。



 何度瞬きをしても、そのアゲハ蝶はそこに存在している。



「なにこれ……」



 もちろん青色のアゲハ蝶からは、なんの返事もない。手で払ってみても、その手から逃げるだけで私にまとわりついて離れない。



「やばい、遅れちゃう!」



 ささっと、黒のワンピースを脱いでスーツに着替える。長い髪をひとつに結んで、カバンを手に家を出た。




 いつもの満員電車、鬼だるい重たい空気感。それは、なんら変わりのない日々の風景。それなのに、私のそばを離れない青色のアゲハ蝶。その存在だけが、異質なものとしてそこに存在をしている。



 職場についても、この青色のアゲハ蝶は私についてくる。軽くてで払っても、やはり舞うだけで離れない。


 ため息をこぼして、職場に入っていく。



「おはようございます〜」



「あ、早見さん! おはようございます」



 佐々木さんがこのアゲハ蝶を見たら、突ツッコミを入れられるだろう。そう思った。ガタッと私は、椅子に腰を下ろしていつも通りにしている。

 しかし、内心はバクバクと音を立てていた。



「早見さん、今日見ました?」


「えっと?」



 緊張からか、声が裏返ってしまった。佐々木さんは、不思議そうに首を傾げる。茶色のゆるいウエーブが、揺れた。


 しかし、についてはなにも指摘されない。


 

「……部長と社長ですよ!」




「なに、また何かあったの?」



 ほっと肩を撫で下ろして、話を振った。こんな青色のアゲハ蝶を連れてきていて、答えられることといえば……夢の中の話。

 どんな笑い話にされるのか、もうそうなったらここにはいられない。そこまで神経は図太くできてない。



 PCを立ち上げて、やるべきことを確認する。



「一緒に、出社ですよ! 社長の奥さん、最近出産してませんでした?」



「うん、確か……3ヶ月とかじゃなかった?」



 顔をしかめて、首を振った。そして、自分の机に椅子を転がして戻っていった。私は、佐々木さんを見送って自分のPCに目を向ける。



(今日も今日とて、仕事が山のようだ)



 早く帰るには、これを終わらせなくてはいけない。つまらない日常のように、モノクロの書類にマーカーを引いていく。


 

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