第4話 蝶々の舞。

 そうして、仕事の愚痴をメインに色んな話をアルコールグラスに溶かしていく。

 嫌なことは、居酒屋に置いて帰るに限る。



「じゃあ! 早見さん、また明日ですね!」


「佐々木さんも、また明日」



 手を振って、別れた。私は、この居酒屋からかなり近い場所に住んでいる。一駅分はあるが、酔い覚ましのためにも歩いて帰ることにした。



 すっと撫でる風が、酔った熱を覚ましていく。一つに結んだ髪を、しゅるりと外して踊らせておく。

 黒の髪が、リズムを刻んで肩に当たる。

 


 気分よく酔った私は、朝とは打って変わって軽い足取りで帰路を歩く。

 5センチのヒールは、ぺたんこの靴のように感じる。ペタペタと歩いていると、何やら不穏な空気を漂わせた人を見つけた。




 黒いベールを頭から被って、口元だけが見えている。女性ぽい雰囲気をしているが、口元だけではなんとも言えない。


 ニヤリと笑みを見せて、低めの女性の声で話しかけてきた。




「さぁ。『うしろに注意』をして、一緒に帰ろうか?」


 


 そう言って、彼女は手を差し伸べられる。拾い上げた言葉は、『うしろに注意』。

 パッと後ろを振り返り、確認をしてしまう。



(何もない)



 女性に背を向けてしまう。一瞬だけ、背後で光が放たれた。私の周りを、青色のアゲハ蝶が撫でるように飛んでいく。


 振り返るとそこには、誰にもいない。




「一緒に……帰ろう?」



 誰もいない空間で、またも独り言を言った。先ほどまでいた女性の方向へ手を伸ばす。その指先に、1匹のアゲハ蝶が止まって羽を休める。鱗粉りんぷんを舞わせて、空高く飛び上がっていく。


 

 私は、それを眺めるしかなかった。というよりは、その美しくも儚げな世界を見つめていたかった。夢のような世界観で、私の夢の中に迷い込んだ気になっていた。




「夢の続き? それとも、ただの酔っ払い?」



 なんだかよく分からない体験だ。私は、完全なるリアリスト。あり得ないことは、信じられない。

 確かに今あったことは、現実……であろう。しかし、リアリティがない。誰かに話しても、夢のことだと思われるだろう。



 温かいお湯を浴びて、疲れを落とそう。そうして、私は先ほどの光景を頭からかき消して家に帰った。

 


 シャワーを頭から浴びて、すぐに出る。スキンケアもドライヤーも、適当に済ませた。そして、黒のワンピースに袖を通す。


 ベッドにダイブして、そのまま夢の中へ。




「はぁ〜、お布団幸せ……おやすみ」



 一人暮らしは、寂しい。だからか、独り言が増えた。誰もいない部屋に、私の声だけが消えていく。

 それが寂しさを紛らわせることにはならないのに、どうしても独り言を言ってしまう。



 


 

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