第2話 うわさ話。
カタカタとキーボードを叩く音が、あちらこちらから聞こえてくる。その音をBGMに、私は仕事を機械的に
一区切りついたタイミングで、時計を見上げた。ちょうど12時になる。伸びをして、隣の佐々木さんからの視線に気がつく。
軽く手を上げて、『一緒にお昼にしましょう』の合図を送られた。
佐々木さんは、新情報を私にどうしても話したいようだ。時計を見上げた私の肩を叩く。私は、こくりと頷いてお財布を手に立ち上がった。
「早見、お昼行ってきます〜」
「佐々木も行ってきます!」
職場の近くの定食屋さんに入る。私は、唐揚げのあんかけが好きだ。メニューも開かず、私は席に案内されるなりオーダーする。佐々木さんもここの常連。同じように、生姜焼きを私に続いてオーダーした。
ごくりと水を一口、口に含んだ。その水の嚥下し、私をまっすぐ見る。私も、話を聞くために椅子を引く。
「それで、部長なんですけどね? 実は、社長と不倫をしてるらしいですよ!」
「ど、どこ情報ですか?」
珍しく私が反応を返したからか、とても上機嫌になった。鼻を鳴らしながら、佐々木さんは手に持っていたグラスを机に置く。中の水が波を立てて、こぼれそうになった。
「私の情報網はですね! 基本は、受付嬢ですよ!」
「なるほど……あの人たちも、情報好きですからね。その不倫の話、広まったら……危なくないですか?」
私の質問に、佐々木さんは笑顔で頷く。正直、その笑顔が不気味で怖い。揺れる茶色の髪を指に巻き付けて、瞳を閉じた。
「早見さんは、わかってませんね」
私は、何について言われているかわからず首を傾げた。そんな私に佐々木さんは、顔を近づけてくる。
「恋っていうのは、理屈じゃないんですよ! ……まあ、でも、不倫はダメですね」
「そうでしょ? 社会的にも問題だし、部長がいなくなったら……」
「早見さんが、部長になりますか?」
うえっと、私は嫌な顔をした。上の役職は、仕事が増える。ただでさえ、今もかなりの量が回ってくるのだ。勘弁してほしい。
「早見さん、顔に出てますよ!」
「だって、嫌だもん……」
私たちの会話を遮るように、料理が届いた。
「お待たせしましたぁ」
ホワホワと湯気をたてて、甘酢ダレの食欲をそそる匂いが鼻をくすぐる。
手を合わせて、小さな声で"いただきます"をする。佐々木さんもお行儀良く、手を合わせていた。
私と彼女は正反対だろう。しかし、こういった小さな行儀の良さが私は好きだ。
お箸を綺麗に割って、サクサクの唐揚げをたっぷり甘酢ダレに潜らせて頂く。タレで艶を帯びた唐揚げは、見た目と香りだけですでに美味しい。
ハフハフと、口に頬張って唐揚げを味わう。何度食べても頬が落ちるほどの味に、目をつむって味に浸る。ゴクリと飲み込んで、目を開いた。
目の前の佐々木さんも同じように、生姜焼きを頬張っていた。可愛らしい仕草をして、美味しいを身体でも表現する。
「ん〜〜! やっぱりここが、一番美味しい!」
「ですね! 味付けと、食感と……美味しいですね!」
味覚も似ているようで、行くお店もいつもここだ。ザ、定食屋さんと言ったおみせ。可愛らしい佐々木さんがいるだけで、花が咲くように感じる。
パクッと口に含んで、甘酸っぱい唐揚げを食べた。
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