第十八話 絶対、諦めないから。

 

爆風が僕を吹き飛ばそうかとしているその時だった。

閃光の上から、何かが現れたのが見えた。

それが何なのか、僕はわかった。

しかし、何故それが今現れたのかがわからなかった。


それは、鈍い銀色のアタッシュケース。


そのアタッシュケースが開かれた瞬間、僕の肩から無数の牙が出現した。

それはやがて、僕の顔全体を覆う程に出現し、巨大な顎と化した。

その顎は、どこか鰐の顎にも似ていたが、鰐にしては明らかに異形すぎている。

何が何だかわからないまま、僕はその顎に身を任せるしかなかった。


顎は光を呑み込み、僕の視界を暗闇に染めた。


「返してくれ…。」


声が聞こえる…。

どこかで聞いた事がある声だ…。

何か、忘れている気がする。

こういう経験を以前もしたような…、何か重大な記憶がすっぽり抜かれているような気分だった。


その声はやがて静かになり、僕の視界は再び光を取り戻した。


ダン!


僕は壁に背中を強く打ち、ソファに崩れた。


「お客さん!酔っ払って壁、壊さないでくださいよ!」


「へっ!?」


声のする方へ目線を向けると、店員らしき人がカーテンを開き、困り顔で僕を注意していた。


「…、すみません…。」


何が起きた…?

さっき、爆発しなかったか…?

千切れた舌も、いつの間にかくっついていて、言葉も話せるようになっていた。


時間でも巻き戻ったのか?と思える程に何事もなかったかのように居酒屋は依然営われていた。


「そ、そんな…。」


モアちゃんは震えた様子で僕を見つめていた。


「僕、どうなったんだ…?」


「わかってた!あなたがニアのパンペルシェラを持っているとはわかってたのに!だから合言葉を言う前に、舌を千切ってやったのに…、なんで…?出たの…?」


「出た…?何が…?」


「そうか…。覚えられないもんね…。」


「覚えられない…?」


「この世界から消えても尚、私の邪魔をするのね…。」


『大丈夫か!セツリ!おいっ!!』


「ここ、私が払っとくから。」


モアちゃんはいきなり立ち上がり、財布から一万円札をテーブルに置いて、部屋を出ようとした。


「わわっ!!いきなり動かないでよ!!うっ!!」


僕は爆発の衝撃に備えて身構えた。


「もう、爆発しないわよ。」


「…あれ?」


「絶対、諦めないから。」


彼女はそんな言葉を言い残し、居酒屋を去っていった。

ドアが閉められた直後に、またドアが開いた。

そこに見えたのは、ヘキザさんの姿だった。


「おい!返事しろって!セツリ!大丈夫か!?」


「あ、はい…。」


「お前…、人の言う事ちっとも聞かないタイプなんだな…。」


「いや、聞いてはいたんですけど…。なんて言ってましたっけ…?」


「いや、言い方を変えよう。お前は一度に二つの事ができないタイプだ。」


「どうしてわかったんですか…?」


「誰でも見りゃわかるわ!んなもん!!」


バコッ!!


よくわからないまま、ヘキザさんの雷が頭のてっぺんにくらった。


「すんげー心配したんだぞ!」


「す、すみません!!」


「ほら、もう帰るぞ。」


ヘキザさんは僕の手を掴み、体を起こしてくれた。


「すんません。この酔っぱらい連れて帰りますわー。」


「毎度ー!」


僕はヘキザさんにおんぶされ、そのまま車の助手席に座らされた。


「あの、怒ってます?」


「エンジン音聞きゃわかるだろ?不機嫌そのものだ。多分、家帰ったらルゥもかなり怒ってるぜ。」


「ルゥも近くにいたんですか!?」


「親衛隊全員投入するって言っただろーが。ほんとに話聞いてないんだなあ。」


「すみません…。」


「ルゥは今、親衛隊専用のタクシーで帰らせてる。他のみんなもだ。」


「ありがとうございます…。」


「……。まあ一本吸えよ。」


ヘキザさんは片手でタバコを差し出してくれた。


「ありがとうございます…。」


「全くお前は…、言葉に詰まるとありがとうございますか、すみませんしか言えないんだから。」


僕は差し出されたタバコの箱から一本取り出し、吸った。


「どうだ。一仕事した後の一服は。」


「僕…、何をしたのかもわかんないんですよね…。」


「いや、お前は元からない度胸を絞り出して張ってたよ。短い付き合いだが、それくらいならわかる。よく頑張ったよ。」


「………。」


「美味いか?」


「…、最高ですよ。」


「だろ?帰り風呂でも浴びるか?」


「浴びましょう…。ゆっくりしたいです…。」


「だな。」

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