翠葉の実態その3。(小学一年生の夏休み後半)


猛烈な酷暑を記録した八月下旬。

夏休みの終わりの足音が聞こえる時期に、僕は初めてある事を体験した。


それは、『死』である。



「それで、願いは叶ったの?」


僕は蝉の鳴き声がうるさい早朝の公園で、ラジオ体操をしながら、隣にいる翠葉に訊いた。


「んー。まだわかんない。」


「わかんないのか。」


「いずれ、叶うと思う。」


「どうだろうね。あれが本物の神の使いかどうかも確かめようがないしね。」


僕らのラジオ体操を、まるで嘲笑うかのように見ながら前を横切る黒猫ウブを見て、そう言った。

ウブと命名したのは翠葉だ。

名前の由来を聞いても、答えてはくれない。


「はい。おしまーい。」


「ん。」


ラジオ体操を終えると、またいつものように首からかけている厚紙を翠葉に差し出す。

翠葉はいつも通り、ポケットに入れている自作のスタンプを取り出し、八月二十八日の枠にボチンと押す。


「あと三日かー。」


夏休みが終わるまで残り三日。

よくここまでこの習慣を続けてこれたものだと、自分を労わりたい。

厚紙いっぱいに押されたスタンプがその証明だ。


「やっぱり夏休み最後までこの儀式を続けないと、願いは叶わないのかなー。」


翠葉はシーソーに乗り、厚紙を見ながら頬を膨らませる。


「かもね。」


僕は翠葉の体重で上がった向かいに座る。

シーソーは傾き、僕が下になり、翠葉が上になった。


「神社、参らないの?」


いつもならラジオ体操が終わると、神社に入り、どんぐりを石の上において、お参りする。

だけど、今日の翠葉はシーソーに座ったきりだ。


「なーんか、バカらしくなってきちゃったなー。」


夜が明け始めた空を見上げて、翠葉はポロッとそんな言葉をこぼした。


「僕は最初からそう思ってたけどね。」


シーソーをガタンと上げ、翠葉を下にした。


「何でこんな事に付き合ってたの?」


翠葉に体重をかけられ、今度は上になる。


「翠葉が僕を巻き込んだんじゃないか。」


翠葉を下にする。


「断らなかったじゃん。」


「付き合ってらんないって言ったよ。」


上になる。


「付き合ってらんないって言っただけで、断ってないじゃん。わかんないよそんなの。」


下になる。


「付き合ってらんないって言ったら大体察してくれよ。」


上になる。


「何で察しを求めるのよ。」


「僕は初めから嫌だったよ。」


「じゃあ初めから断ればいいじゃない!」


「だから断っても聞いてくれなかっただろ!」


「断ってると思わないよ!その言葉じゃ!」


「わかるだろ!察しろよ!」


「だから察しろよとか無理!」


「じゃあ僕はノリノリで翠葉とこの習慣を続けてたって思ってたのか!?」


「毎日来てくれるんだもん!そう思うじゃん!!嫌なら来なけりゃよかったのに!」


ガタッ!


シーソーから降りた翠葉は、神社に入り、石の上に毎日置いていた沢山のどんぐりを、勢いよく手で払い除け、地面にばら撒いた。


「あっ!せっかく毎日並べてたのにっ!!」


毎日二人で石の上に並べていたどんぐりを全て地面にばら撒いた後、翠葉は首にかけていた厚紙と、ポケットに入れていたスタンプを地面に捨て、公園から走り去ってしまった。

ウブが神社に入り、捨てられた厚紙とスタンプを不思議そうに見る。

僕はシーソーから降り、神社に入って捨てられた厚紙とスタンプを拾った。


「何なんだよあいつ…。」


僕が悪いのか…?

そんな傷つけるような事言ったかな…?

公園内に異様な罪悪感が残り、空気が悪い。

三日後には学校だぞ…。気まずいなあ…。


「はい。ウブ。飯だよ。」


僕はウブと出会って毎日持ってきている、おばあちゃんの畑から取れたきゅうりとトマトをウブにあげた。

ウブは嬉しそうでもなく、嫌でもなさそうな顔をしながら、当たり前のようにそれを頬張った。


「…、帰ろ。」


夜が明け、朝日が差し込む帰り道を、僕は一人で歩いていった。

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