第十五話 成仏させてやろう。
「キスリールか…。」
プリオリティさんのいる院長室に来た僕とルゥはプリオリティさんに「ハチのパンペルシェラを持つ元親衛隊は?」と質問すると、プリオリティさんは問いに答えるというよりは、掴んで捨てるように呟いた。
「知ってるんですか…?」
プリオリティさんは自身の仕事場である院長室で、カニのマグカップに入れた梅昆布茶をずずっと啜ると、再び口を開く。
「キスリール・ピンクラッチ。確か元八番隊隊長だったかな。かなりのイカれ女でな。好きだった男にフラれた後、そのショックで相手をぶち殺してしまい、自分も自殺したそうだが、親衛隊としてメブに選ばれて、実質形を持ってまたここに生まれ落ちてきてしまった悲しいやつだ。幸せそのものを根底で嫌っている。マッチングアプリというシステムを逆手に取ってカップルとなり得る関係を物理的に破壊している、という見方をすれば、この事件の犯人がキスリールだという事は十分考えられるな。」
「そんな…、それじゃ本当にリア充爆発の為に動いてるって事じゃないですか!」
プリオリティさんは、タバコに火をつけ、自分の心を落ち着かせるように吸い始めた。
「本当にキスリールがこの事件の犯人なら、悪いのはメブだ。メブがちゃんと彼女を成仏させておけば、彼女もこんな事をする程、心を病まずに済んだものを。」
メブ。
死神であり、この世界の神のような存在…。
本当に、無差別で人を選んでこの世界に生み落としているのか…、はたまた特定の条件を満たして死んだ者に対してなのか、それは誰にもわからないという。
この二文字が一人歩きしているだけで、誰も姿を見た事がないという。
本当に存在しているモノなのか…。
もし存在しないとしたら、パンペルシェラや、この世界は誰が造ったのか。
どちらにせよ、今は謎でしかない存在な事を考えても仕方がない。
「ハチのパンペルシェラに…、爆発の能力はあるんですか…?」
「いや…、そんな能力は見た事がない…。」
「説得できる手段はあるんですか…?」
ルゥは期待していなそうな様子で、プリオリティさんに訊いてみる。
「んー。無理だな。そんな人生を歩んで、悩んで、苦しんでいるやつは、メブの采配に任せるしかない。」
「メブの采配に任せるって…?」
「もう一度この世界で殺し、転生させるか保留にするか消滅させるか。この三択はメブにしか決められない。この世界の人間の行く末はメブが決める。私達はその手伝いをする事以外、許されていない。」
「じゃあ…、どうします?」
しばらくプリオリティさんは、自分が出そうとしている結論に迷っている様子を見せたが、
「私達はモモバースの親衛隊だ。親衛隊に生まれ落ちた以上、例え元親衛隊であろうとも、親衛隊の仕事に異例の処置などあってはならない。」
と言い、立ち上がり、
「成仏させてやろう。」
と言ったその時だった。
ガラッ!!
ノックも無しに勢いよく院長室のドアが開かれた。
「院長!!」
看護師がプリオリティさんを呼ぶ。
「何だ!ノックも無しに!」
「近くの繁華街の居酒屋で、爆発が起きました!居酒屋は全焼、被害者十二名!間も無くここへ搬送されます!!」
「何っ!?」
「AOは削除されたはずなのに!なんで!?」
「私は患者を診る!セツリ!ルゥダ!お前達は今すぐその繁華街へ向かえ!」
僕とルゥは訳もわからないまま、走って繁華街へ向かった。
その居酒屋の場所はすぐにわかった。
建物の窓からは煙がモクモクと上がり、消防隊員やヤジがその建物を囲っていたからだ。
あの時の、病院に続く地獄の景色がそこに広がっていた。
比較的爆発場所とは遠いところにいて、爆発と共にすぐに店を出て助かった人に聞くと、とある男性が席に座るとその人の背中が爆発したという。
その背後には、男性を背にして女性が座っていて、その人も巻き添えをくらったという。
「原因は…、マッチングアプリじゃなかったのかよ…。」
すぐにスィーさん、ヘキザさん、タオさん、メロちゃんの四人と繁華街で合流した。
「背中から爆発したって…、爆薬でも担いでたのかよ…。」
「マッチングアプリの線は無くなったって事…?」
「でもまた実質、男性と女性の間で爆発…。」
「何なんだよ一体…。」
様々な憶測が、親衛隊メンバーから飛び交う。
しばらく話し合っている時、スィーさんが話の糸口を開いた。
「いや…、違う…。」
そう話を払い、進める。
「もし、会う約束を交わした時点で、爆発のトリガーが引かれていたら…?」
「どういう事だ?スィー。」
「チャットで会う約束をした時点で、いつ会おうと会うフラグが立っただけで爆発する仕組みが作られていたら…?」
「AOは削除されたとしても、会った瞬間に爆発する…。」
「それだけじゃない。もう会う事はないとしても、過去に会おうとチャットで決めていたなら、その瞬間にフラグが立つ。となると、街中で意図せず、本人にもその相手だとわからず、たまたますれ違ったとしても、指定されている範囲に入ってしまえば…、爆発する…。」
「そんな…。」
「AOは削除された…。誰がいつ会うフラグを立てているか、もう確認する術がない…。」
「やはり、デベロッパーを叩くしかない。」
「デベロッパーはホーネット。ハチのパンペルシェラを持っていたキスリールって女性だと僕らは考えています。」
「やはりパンペルシェラ持ちの紫傘五人衆だったか…。キスリール、何を考えている…。」
政府がマッチングアプリだと仮定した直後に犠牲者が出てしまった。
居酒屋で酒を呑んでいるだけで爆発する可能性があり、その場にいる人間もその被害に遭う。
それは世間にとっては、店に入る事ももはやできなくなる事を指していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます