第十四話 出会ってはいけない系アプリ。


親衛隊寮のエレベーターで最上階まで上っている最中も、居酒屋での一喝からずっとメロちゃんは僕と言葉を交わさなかった。

エレベータードア前で立ち、表情は見えない。

こんな時でも、ヘキザさんの招集とは絶対なんだ。

メロちゃんは親衛隊に対して、人並み以上の誠意を持って活動している。


落ち込んでいる場合だったのか僕は…。


一人の母を、またも失った女子高生でさえ、こんなおっさんの僕を一喝し、ここまでわざわざ連れてきた。

戦闘経験や、親衛隊の歴もない僕だけど、何も出来ない事はない。

僕は自分を奮い立たせ、会議に臨んだ。


「俺が、浅はかだった。」


暗い会議室の中心で、ヘキザさんはまず頭を下げた。

そしてすぐ顔を上げ、真剣な表情で話し始める。


「すまないシャパメロ。ルリアさんが犠牲になった原因を少しでもいい。何かわかる事はないか?」


ヘキザさんが質問すると、メロちゃんは会議室で初めて口を開いた。


「ママが会っていた男の身元に心当たりはない。男の家族とも話したけど、家族もママの事を知らなかった。」


「男の年齢は、ルリアさんと同い年なのがわかった。だとすると、昔のよしみか、あるいは学生時代の友達とかだと思ったが、家族が知らないとなると、その線は薄いか。」


「ルリアさんは、夜も店を経営したいと言っていました。多分、旦那が欲しかったのかもしれません。」


僕も、必死で考えた事を意見してみる。


「という事は、あの男性は最近知り合った恋人の可能性もある。何で知り合ったんだ…?」


何だ…。

何で知り合った…。

ルリアさんは昼間はいつも僕と一緒に仕事をしていた。

人と会う時間があるとすれば、夜の間。

あるいは、SNS…?


「多分、マッチングアプリじゃない?」


プリオリティさんが答えた。


「マッチングアプリで知り合い、休日の昼間、ランチに誘って待ち合わせ場所を指定し、会った。これなら飯時、年齢、男女、有名な待ち合わせ場所、他の事件と比べても全ての条件が揃う。」


「マッチングアプリ?何だそれは?」


タオさんだけが、マッチングアプリを知らないようだった。

僕はタオさんに説明する。


「アプリに自分の顔写真とプロフィールを書くんです。それを見て、この人と会いたいとか、お付き合いしたいと思った人とチャットができるんです。んで会ったり、そのまま付き合ったり。出会い系アプリとも言いますね。」


「気持ち悪りぃアプリだな。」


ルリアさんもろとも、一蹴されてしまった。


マッチングアプリで会う際に理想的な時間帯、会う理由を食事にするこじつけ、アプリを利用する平均年齢層、待ち合わせ。

確かに、全ての辻褄が合う。

そのマッチングアプリを利用して、実際に会うと爆発…。

ゾッとした。

そんな事、あっていいわけがない…。

でも、そうとしか考えられない。


「ルリアさんは、その出会い系アプリってのを利用したから殺されたのか?」


「クソっ!考えれば考えるほどバカバカしいが、それしか考えられないぞ!」


「おい。じゃあ何人いるんだよ。そのアプリダウンロードしてる奴。」


またも、ゾッとした。

もしもそのアプリをダウンロードしてる人が爆発の対象になるのなら、それはどんな規模なんだ…?


「プリオリティ!」


ヘキザさんが名前を呼ぶと、プリオリティさんはタバコを吸いながら、ヘキザさんにスマホを見せる。


「もう調べた。多分このアプリだ。被害者のスマホのバックアップを調べたら、全員にこのアプリがダウンロードされてたよ。」


全員がそのスマホを食い入るように前のめりに見た。


「恋活婚活マッチングアプリAO…?」


真っ青な空がサムネのアプリがスマホに表示されていた。

マッチングアプリを利用した事はないが、何も疑うところがない、至ってシンプルなアプリだ。

驚いたのは、ダウンロード数。


「二万ダウンロード!?」


二万。

少ないように感じるが、この世界の人口はおよそ四十万人。

という事は、二十人に一人がマッチングアプリ「AO」をすでにダウンロードしてしまっているということだ。


「もしも、もしも上手く二万人全員が理想の相手に会おうとマッチングしたとしたら…。」


「一万発の爆発が、あちこちで起こる事になる…。」


「ちょっと待って!爆発物はどこにもなかったって話だよ?スマホも当然、爆発してない!」


ルゥが僕らが目を瞑っていた事実を、代弁するかのように意見してくれた。


「そこに何らかの方法で食い込ませたんだ。パンペルシェラっていう、ここでしか使えない切り札を。しかも、配信日が一年以上前という事は、最近にな。」


配信日は確かに一年前と書かれている。

それまで爆発事件が起きていないのを鑑みると、ここ最近でこのアプリに何かを仕掛けられたと考えて間違いない。


「なら、やる事は一つだな。」


ヘキザさんはダン!と机を叩いて立ち上がり、僕らに命令を下した。


「総員!AOのデベロッパーを調べろっ!!」


僕らはヘキザさんの一声で解散し、僕とルゥは自分の家へと戻った。

ヘキザさんはすぐに政府に連絡し、政府はアプリの削除を命じ、ニュースやSNSで報道。

AOは事実上利用不可となった。

ただ、爆発の原因は「調査中」と明確な説明がない為、不安や憶測がまだ広まっている。

この報道は、マッチングアプリ利用者を動揺させる事にしかならない。

今は、このアプリが原因だと仮定し、犠牲者をできるだけ少なくさせる保険にかけるしかない。


一方僕は、ルゥが操作方法がわからず全く使っていないと言っていたパソコンを引っ張り出し、ウェブを開いていた。


「デベロッパーって何?」


ルゥはパソコンの前に座る僕の脇で質問してきた。


「まあアプリの開発者みたいなもんだよ。AOの開発者を特定して、アプリの機能を停止してもらうんだ。」


カタカタカタとキーボードを鳴らしながら打ち込み、AOのアプリの紹介ページに飛んだ。


「デベロッパーはホーネットって名前で登録しているらしい。」


「ホーネットって?」


「蜂ってこと。」


「いぃ!ハチィ!?」


ルゥは苦虫を噛んだように、口をイーッと横に伸ばし、仰け反る。


「ハチ嫌い!」


「僕もだよ。虫好きじゃないんだ。」


調べると、AOのデベロッパーのホーネットはAO以外のアプリは配信していないみたいだ。

ホーネットがグループ組織なのか、個人なのかもわからない。

デベロッパーを調べろとは言われたが、これ以上の介入の仕方を知らない。

IT企業にでも勤めとけばよかったと、今更後悔する。


「ハチって事は…、もしかしたら向こうはハチのパンペルシェラを持ってるのかも…。」


「ハチのパンペルシェラ…?」


「セツ兄はワニさんでしょ?メロちゃんがサメさんで、プリオリティさんがカニさんで、ヘキザさんが…。」


「え、え、え?ちょっと待って!何?僕がワニさん?」


「うん!あれ?知らないの?」


「知らない知らない!何それは!?」


いきなり初耳の言葉が飛び込んできた。

ハチのパンペルシェラ?

すると僕はワニのパンペルシェラ?


「セツ兄の持ってるのはね、ニア姉が持ってたワニのパンペルシェラなの。パンペルシェラは自動操縦型の武器と、その動物に因んだ能力と二つ入ってるの!」


「え!?その何?自動操縦型の武器ってのは、あの鎌の事だよね?武器だけじゃなかったの!?」


「うん。セツ兄、ワニの能力使ってたよ?」


「え?いつ…?」


「覚えてないの…?」


「…覚えてない…。」


ワニの能力が何なのかも想像できないし…、ワニの能力?なんて使った覚えもない。

もしかしたら、覇気とか出しまくれば使えるもんなのか…?


「メロちゃんはサメで…、プリオリティさんがカニ…?」


声に出して、ふと最近の記憶を辿り始めた。

病室でプリオリティさんと話していた時に、プリオリティさんが飲んでいたマグカップにはカニのイラストが、ルリアさんからもらったエプロンにはサメの刺繍が縫われてあった。

まさかあれらが伏線だったとは、思いもよらなかった。


「ワタシは、プリオリティさんの能力だけを借りてるの!これがハサミ!この間に挟んだモノを、何かに変えることができるの!それがルゥダミサイルなのだ!」


ルゥダは両手の人差し指と中指を突き出し、カニの真似をしながら自慢げに説明した。


「す、すげえ…。それかっけえよ。」


「ほんと!?やった!」


ルゥは笑いながらはしゃぐ。

そうだ。そうだよ。

ルゥは僕よりもルリアさんと一緒に過ごしてきた日々があるのに…、悲しむ素振りを見せずに親衛隊としての責務を真っ当しようと考えて動いている。

デベロッパーも、ホーネットの意味もわからないこんな小さな子供が…。

僕は四日間も何をしていたんだ…。


ルゥの強い姿を見て、僕は元気付けられた。


「ねぇ…。母親って、どういう存在?」


すると突然ルゥは、いつになく真剣な眼差しで僕を掴んで離さないように見つめながら質問した。


「母親…か…。」


母親に会った事もないルゥに、母親の存在を伝えるとなると…、どう言ったらいいんだろうか…。

しばらく悩んだ結果、一言だけしか口に出せなかった。


「かけがえがない…かな。」


「ふーん。母親って、そんな大切な人なんだ。」


ルゥはどこか悲しげな表情で目線を逸らす。

僕も、今のルゥに何かを言ってあげれる言葉が見つからなかった。


「ハチのパンペルシェラを過去の親衛隊で使ってた人をプリオリティさんに訊いてみようよ!あの人が最年長だから、何か知ってるかも!」


「よし。プリオリティさんの病院へ行こう。」

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