翠葉の実態その1。(小学一年生の五月)
玉森翠葉との出会いは、小学一年生の一学期の頃だった。
僕らは団地ではすれ違っていたものの、実は別々の幼稚園に通っていて、園児の時期は話した事はなかった。
卒園し、小学校に上がり、入学式に行ったその日から僕は学校に行かなくなってしまった。
理由はシンプルで、いじめられたわけでもなく、ただ馴染める自信がなかっただけだ。
一日行かなかったら、そこからもう一日、また一日と学校に向かう自信はどんどん失っていき、一ヶ月丸々休んでしまった。
そして五月になり、僕に転機は訪れる。
ピンポーン。
転機は家のインターホンの音から始まった。
「母さん、インターホン鳴ってるよ。」
その日、僕は平日の昼間から家でテレビを見ながらラーメンを食べるという、それはもうぐーたらな生活を過ごしていた。
当然、インターホンが鳴ったからといって、条件反射で「はーい」と言って玄関に出ていく事も知らないくらいのぐーたらぶりだ。
しかし、今日は違った。
「お母さんいないのー?」
ピンポーン。
またインターホンが鳴る。
お母さんはどうやら買い物に行っているらしい。
僕は立ち上がって、急いで玄関へと向かい、ドアを押し開いた。
「はい?」
目の前に立ってたのは緑のランドセルを背負った女子だった。
服から髪、目の色、ランドセルまで全身緑ずくめで、ピーマンってあだ名でもつけられてそうな格好で、表情は何故か不機嫌そうな気もする。
「あんたが白嶺刹李?」
「え、うん…。」
そのピーマン女は一歩僕に向かって近づき、
「あんたが来ないおかげで私毎日プリント配られる時、わざわざ席立ってあんたの机の下にプリント入れてあげて後ろに回してあげてんの。もう机の下プリントでパンパンだし、いちいち席立つのめんどいんですけど。」
僕に面と向かって思いっきり愚痴を吐いた。
「迷惑かけてるとか思わないの?」
「あ、その…、ごめん…。」
「迷惑かけてるとか思わないの?って聞いてんの。」
「…思う。」
「思うんなら何で来ないのよ。」
「…、行きたくないから…。」
「…明日来なかったから、あんたの席無くすから。」
そう言ってピーマン女はスタスタと風のように僕の前から去っていった。
ボッコボコに言われた…。
今にも泣き崩れそうだ…。
初対面の女子にこんだけ真正面からこっぴどく言われる体験なんてこの先あるだろうか…?
あんな怖い人間が、僕のクラスにいたんだな…。
ますます学校に行けなくなってきた…。
翌日。
澄んだ青の空に、どこか懐かしい夏の涼しい風が吹く朝。
まだ新品のランドセルを背負い、母さんに見送られながら渋々登校した。
住宅街の隙間を流れる用水路のそばを歩いたり、畦道を通り、学校の正門に辿り着く。
僕は緊張でどうにかなりそうな感情を振り払い、正門の中へと入っていった。
廊下を進む道中、いきなり一番会いたくない人物と目が合った。
「来れんじゃん。」
「あんな事言われたら…、来るしかないよ…。」
こないだ、僕の家に文句を言いに押しかけてきたピーマン女だ。
今日も緑色のワンピースを着ていて、見事に全身緑色の姿をしていた。
「席、わかんの?」
「どーだったっけな…。」
「私の前だから、ついてきて。」
ピーマン女は僕の手を取り、僕の席へ案内してくれた。
「げ。」
自分の机の下を見ると、言われた通りプリントで埋め尽くされていた。
「それ、持って帰れよ。全部。」
「うん。ありがとう。」
ランドセルを開け、プリントをひたすら詰める。
プリントはちゃんと綺麗に入れられていて、折り目もなかった。
毎日毎日、一枚一枚配られてきたプリントをわざわざこんな綺麗に入れてくれていたのかと考えると、確かに迷惑をかけていたんだなとしみじみ思った。
「今までごめん。えと、何だっけ名前?」
僕は席に着き、後ろを振り向いてピーマン女にそう聞いた。
「玉森翠葉。」
「…よろしく。」
「あんた、全然話せるじゃん。何で学校来なかったの?」
「…なんでだろ。」
この日を境に僕は、翠葉の前の席である限りはちゃんと登校としようと決めた。
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