第六話 淡いネオンに溺れて眠ろう。


飛び出た目玉を元に戻す手術と、砕けた鎖骨を治す手術をして、恐らく三時間くらいが経過した頃。

僕はとある車の後部座席に座っている。

窓の外を見ると、もうすっかり夜になり、街の灯りが眩しい夜景が両側に見える高速道路を走っているようだ。


「あの…、僕まだ退院もしてないんですけど、大丈夫ですか…?」


僕は運転席に座る、僕の歓迎会とやらに誘ってくれた男性に声をかけた。


「まあプリオリティが直々に手術したんだ。もう綺麗にくっついてるだろ。」


確かに右目の違和感はほとんど無いけど…、鎖骨はまだ痛む…。

というより、痛むで済むという方がおかしいのか…。

右の肩や鎖骨を手で触れてみる。

銃で撃たれて、鎖骨が砕けた肩の部分に手術痕があり、そこは糸で縫い合わされて綺麗に治っていた。

プリオリティさん…、実は物凄い名医だったりするんじゃないか…。


「間違いなく早過ぎますよ。」


車のルームミラー越しに、助手席に座っているルゥダちゃんと目が合った。


「相当嫌な事が重なって、こっぴどい目にあった。そうだろう?」


男性は何かを見透かしたような、そんな言い方をされた。

僕は素直に答える。


「仕事でも何でもそうなんだが、嫌な事があった日の夜って呑みたくならないか?」


「…まあ…はい。」


「そういう日の終わりは、酒を囲んで人と楽しく呑んで鬱憤を晴らすに限る。それに、呑み会で会って欲しい奴らがいるんだ。」


「僕に、ですか?」


「ワタシはあんまり会わせたくないけどなー。」


「セツリ。名前はルゥダから聞かせてもらった。俺はヘキザ。よろしく頼むよ。」


「…よろしくお願いします。」


何故か、この空間は気持ちをホッと安心させてくれた。

知らない街に、僕の名前を呼んでくれる人がいる。

それだけで、すごく嬉しい気持ちになれた。


「ああ、ここだ。」


しばらく車を走らせているうちに、ヘキザさんはとある場所に車を停めた。

僕らはシートベルトを外し、車から降りる。

目の前には、味のあるレトロな看板に『武蔵坊』と書かれていた店が建っていた。

木造建築の建物の窓からは、焼き鳥の美味しそうなタレの匂いが外にまで漏れていた。


「堅っ苦しい名前の店だろ。店長が武蔵坊弁慶にそっくりだからこの名前になったらしい。さあ入ろうぜ。」


ガラガラッと店の引き戸を開けるヘキザさんにとりあえずついていくことにした。

ルゥダちゃんは僕の服の裾を掴み、一緒に店に入った。


「らっしゃい。」


厨房から、二メートルくらいの髭を生やした大男が陽気に歓迎してくれた。

カツカツと下駄の音を鳴らし、こちらに近づいてくる。

なるほど…。確かに武蔵坊弁慶と呼べてしまうような風貌だ。

その人はヘキザさんを見ると、


「あそこの席だ。」


と言いながら、八人が悠々と座れるような広々とした席を指差した。

結構な大人数が来るのかもしれないと思うと、急にピリッと緊張が体を走った。


「ワタシ、セツ兄の隣がいい。」


「いやセツリ。俺の隣来い。」


「むぅ。」


「何だよむくれんな。じゃあ俺が右隣でお前が左隣な。」


ヘキザ先輩が一番に座り、隣を空けてくれた。


「ありがとうございます。」


僕は二人の真ん中に座る形になった。

僕の服の裾をずっと掴んでいたルゥダちゃんはそのまま隣の席にちょこんと座った。

太ももと太ももが当たるくらいにやけに近づいてくる。

もしかしたらこういう場が苦手なのかもしれない。


「まだ誰も来てない対面テーブルで、何で三人揃って同じ列に座ってんだ俺ら…。」


そう言われると、何だか恥ずかしくなってきた。

相席屋を思い出す…。


「とにかくここに来て色々あって辛かっただろう。まずは何か呑んで、何か食え。」


ヘキザさんは僕らにメニュー表を渡してくれた。

確かにここに来てから何も口にしていない。

考えれば考えるほど腹の虫は雄叫びをあげ始める。

僕とルゥダちゃんは食い入るようにメニュー表を見た。


「ハイボールとたこわさ、鳥の唐揚げ、アジフライで。」


「マンゴージュース!ポテトサラダ!山芋鉄板焼き!」


「マスター!あと烏龍茶と天ぷら盛り合わせ!!」


「あいよ。」


それぞれが各々のメニューを頼んでいく中、僕はふと浮かんだ疑問をヘキザさんにぶつけた。


「あれ?ヘキザさんは呑まないんですか?」


「何言ってんだよ。俺が呑んだら誰が運転するんだ。」


ごもっともだった。


ガラガラ。


引き戸を開ける音が聞こえ、途端に体が緊張で固まった。


「おう。こっちだ。」


ヘキザさんが店に入ってきた人達を手招きで誘導した。


「プリオリティさんは遅れるそうです。」


ブーツを脱ぎながら、真っ白いつなぎのような服を着た、美しい白髪ロングの女性が先に口を開く。

その声は思わず聞き惚れてしまいそうなくらい繊細で綺麗だった。


「ちわー!」


続けて後ろから元気いっぱいの声を上げるのは、水色のつなぎを着た、瑞々しい女子高校生くらいの女の子が、水色ショートヘアを揺らし、八重歯が見えるくらいに元気に挨拶した。


「…こんにちは。」


僕もその場のノリで挨拶する。

その後ろからは、ピンク色のつなぎを着て、ピンク色の髪色をしている愛想悪そうな青年が、ポケットに手を突っ込みながら、後をついてきていた。

強い圧に僕は思わず視線をよそに変える。


「何だよまたあいつ遅れるのか。いっつもだな。まあ自分が院長だし、忙しいんだろな。」


ヘキザさんはタバコに火をつけながらそう言い、マスターを呼んだ。


「お前らいつものでいいな?」


その声に水色のつなぎの子が手を挙げる。


「うち、ボンベイサファイア!」


「お前未成年だろ。つか、ねーよ。」


そうしている内にも、マスターはすぐに人数分の飲み物を用意し、テーブルに並べてくれた。


「セツリ。お前がここへ来た理由は俺達にわかるやつはいないが、俺達はこの世界を守るメブ親衛隊というのに属している。俺はそのメブ親衛隊の五番隊隊長だ。お前がここにいる限り、俺達はお前を守る。」


ヘキザさんはタバコを吹かしながら、真剣な顔つきで僕の肩を叩き、そう言ってくれた。

その叩きは、八年前に新卒で入社したすぐ後の新入社員歓迎会の時に、先輩が「緊張せず、気楽に行こう」と肩を叩いてくれて感じた安心感と似ているような気がした。


「はいみんな注目。この人セツリって言います。眼帯の理由は聞いてると思うが、ニアが失踪して代わりにこいつがニアの右目をつけて現れた。ニアのパンペルシェラが使える以上、こいつがニアの代わりとなる。ニアの捜索を続ける為にも、こいつと協力して仲良くやっていきましょう。はい乾杯。」


「「「「「かんぱーーーい!!」」」」」


みんなが次々に、僕のハイボールジョッキにグラスをコツコツ当て、グビグビ呑み始めた。


「ぷはーーー!!やっぱうめえ!!」


何だか、しばらくこんな大人数で呑み会なんてしてなかったような気がする。

あの会社でも、こうやって仲良く定期的に呑み会をしていたら、少しのミスでぶたれるような関係にはならなかったんじゃないか…。

今まで狭い視野で会社に勤めていたが、どうしてこう仲良くできなかったんだろう…。

僕は懐かしく思える光景を味わいながら、カランと氷を鳴らしながら、炭酸の効いたハイボールを喉が痛くなるくらいにゴクゴクと呑んだ。


「ふぅーーーー!効くぅぅぅ!!」


思わず叫ぶ。


「今日は大変だったろうセツリ。ジャンジャン呑んで食えよ!俺のタバコもやるよ。」


ヘキザさんは僕にタバコを咥えさせ、そのまま火をつけてくれた。

さっきハイボールで気持ち良くなった体に、更に煙を吸い込み、ゆっくりと吐いた。


「最高…です。」


何でこれをもっとしてこなかったんだろうと後悔してしまう程、居心地がたまらなくいい。


「うめえなあ。おい、セツリに質問タイム。どんどんいってやれー。」


「セツリさんっていくつですかー?」


水色のつなぎの子が最初に切り込んできた。


「二十六です。」


「何でルゥダちゃんにそんな懐かれてるんですかあ?」


「別に懐いてません!ていうか、動物扱いしないでください!!」


「え?そうなの?ルゥダちゃんがそんな人に懐いてるとこあんまり見た事ないよ!」


「まず、私達の自己紹介が先じゃない?」


白色のつなぎを着た女性が、話の間に入り、ヘキザさんに提案する。


「あー、それもそうだな。まず誰からいく?」


「うちからいこうか?」


「おう。頼む。」


左端に座る水色のつなぎの女の子が、大声で自己紹介を始めた。


「うちはシャパメロ・レアズールって言います!ピチピチ女子高生と四番隊隊長やってます!水色の髪はシャパメロって覚えてください!」


シャパメロさんは嫌味一つない純粋な笑顔で自己紹介をした。

水色と八重歯が特徴的で、この場のムードメーカーのような印象だ。


「あーいいね。実にいい自己紹介だ。次。」


クールな表情で真ん中に座り、白色のつなぎを着る女性が自己紹介を始まる。


「スィー・クリア。三番隊隊長をしています。」


「んーいいね。最高にいい自己紹介だ。次。」


ヘキザさんがそう言った直後、急にシーンと重たく空気が澱む。


「おいタオ、お前だよ。」


「てめえが誰だよ。」


周囲をピリつかせたのは、右端に座るピンク色のつなぎを着た青年だ。

綺麗な顔立ちとは裏腹に、言動も行動もかなり怖い…。

しかももうすでに嫌われているようだ…。


「ニア姉の代わりがこいつ?こんなナヨナヨした奴がニア姉のパンペルシェラが扱えるわけねえし、代わりが務まるわけねえよ。」


そう言いながら冷めたような無表情で僕を見つめる青年はポテトサラダにフォークを突っ込み、一口で丸々食べた。


「あー!それワタシが頼んだポテトサラダ!!まだ一口も食べてないのにっ!!」


「ああ、悪ぃ、ごめん…。」


「あーまあ、こいつはいいや。じゃあ場も和んだところで本題へ行くか。」


……これのどこが和んでるんだ…。


ヘキザさんはタバコを一吸いし、膝をつきながら話を始めた。


「セツリ。ここはなあ、モモバースという世界で、お前がいた世界を極力似せただけの死神が統治する世界だ。向こうの世界で死んだ人間は魂となり、その魂は皆等しくここへやってくる。その魂を正しい場所へ誘導する仕事を、我々モモバースの住人が担っている。」


「メブ親衛隊のメブというのは、その死神にあたります。私達は、統治する王を守る親衛隊という立ち位置にいるということですね。」


続けてスィーさんが話に入る。


「今のお前の立場は、そっちの世界で言うと、パスポート無しに外国へ飛んだ状況と同じだ。身分も何も証明できない。ここにいる事自体が大問題な存在だ。死んだのに魂の状態にならず、生身の状態で死神の世界に入り込んでしまってるんだからな。」


「モモバースの住民は、そうした向こうの世界で亡くなってしまった人の魂の分別をする死神の役目をお手伝いするのが仕事なんです。」


「お前は向こうの世界で死んだ。死ななければここへは入ってこれない。しかし、何故かお前は死んだはずなのに魂の状態にならず、生身でピンピンしている。」


「私達に理由がわかる人はいませんが、あなたは恐らく、意図的にここに生身の状態で連れてこられたんだと思います。メブ親衛隊一番隊隊長、ニアによって。」


モモバース、死神、魂の分別、メブ親衛隊…。

普段聞かない言葉が揃い踏みし、ファンタジー小説の紹介でもされている気分だった。

でも、僕が今どこにいるのかとか、この人たちがどういうグループに所属しているのかとか、そんな事は案外どうでもよかった。


僕は、翠葉に殺された。


その事実が僕の中で一番大きく、ショッキングだった。


「ニアがどうやって向こうの世界にいけて、どうしてお前をここへ連れてきたのか、現状何もわかっていない。実は俺達にも今お前がここにいる理由がわからないんだ。」


ヘキザさんはタバコを吸い終え、たこわさびを摘みながら話を進める。


「セツリ、本来お前は生身の状態でここにいていい存在じゃない。死んで魂になってるはずだからな。メブにこの事を悟られてはいけない。もしメブに知られたらお前は魂にされて、分別の最下層に連れて行かれる。」


「分別の最下層って…。」


「消滅だよ。」


「え…。」


「分別には転生、保留、消滅の三つの種類がある。転生は記憶を全て無くして新しく生まれ変わる。保留はこいつ転生させちゃっても大丈夫か?っていう事で文字通り保留にする事。そして消滅は、生まれ変わらせちゃダメだと判断された場合にその魂を無かったことにすることだな。」


「そんな…、意図的にここに連れてこられましたって説明すりゃ…。」


「死神なんだぜ。俺ら。」


その言葉は、飴を食べさせてくれた後に、鞭打つように、突き放すように、鋭い針で刺すように僕の心を突いた。

死神というワードは、今日一日で何回聞いたかわからないくらいに、僕に付き纏ってくる。


「死神のメブは仕事に関しては非情で冷徹だ。そして今のお前の目玉。そんなもの見られたらニアもお前も消される。死神界のルールを完全に破っちまってるからな。ニアはもうこっちへ戻ってこられたとしても、この世界のルールを破ってしまったからにはメブが許さない。あっちの世界で死んで魂となり、気づかずに再転生するしかない。」


「だからこそあなたがニアの跡を継ぎ、メブ親衛隊に加入してほしいんです。ニアが空けた穴を貴方が埋めるんだ。」


「僕が…、この世界の…王の親衛隊の…一番隊隊長…?」


「おい、このビリビリ野郎。ニア姉はメブ親衛隊の成績トップ、唯一無二だ。それをこんなどこの馬の骨かもわからないってわざわざお前が今ご丁寧に説明しているこいつをニア姉の代役としようってのか?」


突如、口を噤んでいたピンク色のつなぎを着た青年が、ヘキザさんにきつい言葉を浴びせた。


「ああ。だからセツリとルゥダには、メブ親衛隊に入ってもらう。」


「え!?ワタシも!!?」


隣に座るルゥダちゃんは自分を指差し、驚愕する。


「ああ。ルゥダと共に一番隊隊長としての枠を埋めてもらう。責任は俺が持つ。」


「ワタシまだ小学一年生だよ!?」


「呆れるな。こんなガキに一番隊隊長が務まるわけねえだろ。それなら俺を一番隊隊長にしてこいつらを二番にしろよ。」


「い、いずれなるもん!!」


「いずれなるのは俺だよボケ。」


「あー、悪いな。こいつ普段口も素行も悪いが、酒が入るとそれが極まる。」


ずいぶん怖い人だなあ…。

僕とは正反対だし、どこか雰囲気が僕の左目に青痣をつけた仕事の先輩に似ている。

正直苦手なタイプだ…。


「僕が生身の状態で不自然と言うなら、あなた達も生身の状態ということになりません…?」


僕は素朴な疑問をぶつけた。


「いい質問だな。俺達モモバースの住人はメブに無差別に選ばれた、いわば会社員だな。人口が多くなりすぎてメブ一人の力では魂の分別が追いつかないんだ。お前のいた世界と仕組みはあまり変わらないよ。」


どこの世界にも、社畜というシステムは存在するみたいだ。


ガラガラ。


ここでまた、戸を開く音がした。


「すまん。遅れた。」


「お、やっと来たよ。」


「日本酒一つ、いいかい?」


「もう頼んでありますよ。」


ジャケットを脱ぎながら、シャパメロさんの隣まで来たのはプリオリティさんだった。


「この人はプリオリ姉さん!メブ親衛隊の六番隊隊長で、一番強い人なんです!!」


シャパメロさんがやけにテンション高く、プリオリティさんの手を掴みながらそう言った。

プリオリティさんは、羽織っていたジャケットをハンガーにかけ、よっこらしょ。と言いながらシャパメロさんの隣に座る。

シャパメロさんはプリオリティさんの膝に猫のように頭を乗せる。


「ああ…。いい匂い…。」


シャパメロさんの瞳孔が開き、だんだん瞳が上昇し始めていた…。

これ以上直視するのはかえって気まずいのでやめておこう…。


そんなシャパメロさんをまるでいつもの事のように気にせずに、プリオリティさんは僕の目を見て、優しく微笑み、爆弾発言をぶちかました。


「傷の具合はどうだい?ニアの彼氏さん。」


ブフッ!!


僕を含めた全員が突然、口の中に入っているモノを吹き出した。


「え!?セツ兄、お姉ちゃんの彼氏だったの!?」


「嘘っ!やばっ!え!まじで!?」


「セツリ!やっぱお前只者じゃねぇよ!」


「はあ!?こいつが!?こんなやつが!!?」


一斉に四人からとんでもない圧を加えられ、席が騒然となった。


「てめえ!ニア姉と寝たのか!?今すぐ言えっ!すぐ言え!言ったらもう殺す!!」


ピンクのつなぎのタオさんがダン!とテーブルに足をかけ、僕に向かって腕の裾を捲り上げ、身を乗り出してきた。

スィーさんがすかさず、タオさんのベルトをまるで犬の首輪のように引っ張ってくれていた。


「いや、元です!元!しかも八年前ですよ!」


「元?八年前…?はは。なあんだそっか。」


「タオちー、ニア先輩の事好きだもんねえー。」


シャパメロさんがタオさんにちょっかいをかます。


「殺す。」


コンッ!


「いった!」


スィーさんは早打ちでタオさんの頭をどついた。


「まあ、こんな奴らだけどな。この世界の治安を守る第一線に立っている。お前は次期その七人目だ。仲良くしてくれ。」


ヘキザさんは手を差し出し、ニコッと笑った。


「…、ありがとうございます。」


僕も手を差し出し、握手を交わした。

ヘキザさんの手は大きく、とても頼もしい大人の手という印象をその一瞬で感じた。

騒がしくも楽しい呑み会はあっという間に終わり、僕達は帰路についた。

ヘキザさんの運転する車の中で揺られて、丸くぼやけたネオン街を見つめていると、ここが別の世界だなんて、とても思える事ができなかった。

物思いに耽っていると、ヘキザさんが口を開いた。


「なあ、曲かけてもいいか?」


「いいですよ。」


ヘキザさんはボタンをカチカチと操作し、ある小さなカセットテープを差し込み口に押し込んだ。

90年代に流行ったような、シティポップが流れ始めた。

今でいう、エモーショナルな曲。

軽快なポップが耳の中で踊る。

ああー。酔っているのか、ツイストを踊りたくなるような気分だ。


「いい曲ですね。」


「ああ、いい曲さ。」


僕の膝でスースーと鼻息を流しながら、静かに眠ってしまっていたルゥダちゃんを気にして、ヘキザさんは少し音量を下げた。


「一つだけ質問、いいですか?」


「いいぞ。」


「今日襲ってきたあの銃なんですけど…。」


「あー。忘れてたなその話するの。」


ヘキザさんは窓を開け、タバコに火をつけながら話した。


「あの銃と、セツリが呼んだ鎌はな。パンペルシェラっていうメブ親衛隊だけ使うのが許可される武器なんだよ。」


フゥーと煙を吐きながら、ヘキザさんは話を進める。


「メブ親衛隊は何十番隊ってある大規模な組織だったんだが、派閥が起きちまってな。あの銃を使ってるやつは、死神メブに反する組織の内の一人だ。まあ、気持ちはわかるがな。死んだ魂が正しい場所にいかず、無差別に選ばれ、また仕事を押し付けられている。そいつが前の世界で社畜に苦労して、耐えられず自殺したとしたら、可哀想とは思わないか?死んでもなおまだ働かされてるなんてさ。」


「…そうですね。でも、どうして僕を狙ってたんでしょうか…。」


「それはわからんが…、その右目が呼び寄せたんじゃないか?」


僕は自分の右目の眼帯を浮かせ、窓に映る自分を見つめた。

縫い目が手の感触だけでもわかり、その右目は窓越しにエメラルドに光っていた。


「パンペルシェラはパスワードとなる合言葉と、登録した所持者の網膜をスキャンする事で開き、武器が現れる。信じられないが、ニアは君の右目に、自分の右目を移植した。とんでもないやつだよ。」


「……、なんで僕にパンペルシェラを使えるようにしたんでしょうか…?」


「それもわからん…。ニアがどこにいるのかも。元々変わったやつだったが、ここまでだったとはな…。」


僕の幼馴染、玉森翠葉は本当に死神だったのだろうか?


高速道路の脇には淡いネオンに満ちた景色が、見上げる夜空は溺れて眠りたくなるような満天の星空が、僕の疑問をゆっくり静かに沈めていった。

















*お疲れ様でした。やっと零幕が終わりました…。

読んでくれてありがとうございます!

壹幕から、どうぞよろしくお願いします!

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