ひらめき

 双子の娘は娼婦の娘。

 高級娼婦の娘だった。


 種の分からぬ娘達、姉は燃え盛る炎のような赤い髪を、妹は処女雪を思わせる白い髪をしていた。その髪の色にちなんで、娘達はリコリス、イベリスとそれぞれ名付けられる。

 母たる娼婦は娘達に自分の後を継がせるべく、本や教師からあらゆることを学ばせて、人々を魅了する為の芸を教え込み、時には自分の客達と引き合わせ、会話の術を教えた。


 娘達は美しく、愛らしく育つ。


 甘やかな声の姉は、人々に恋心を抱かせるような歌を歌うことを得意とし、凛とした声の妹は、人々を夢の世界へ誘う物語を語ることを得意としていた。

 そろそろ客を取らせてもいいかもしれない。娼婦たる母は、客の一人である伯爵主催の夜会に娘達を連れていく。そこで挨拶回りをし、最初の客を選ぶつもりだった。

 双子の娘は数多の視線をその身に受ける。劣情・恋慕・嫉妬・好奇心。

 一通りの挨拶をし、娘達がソファーで休んでいると、給仕が傍にやってくる。髪も瞳も服装も、全体的に黒い女だった。ワインをどうぞとグラスを渡され、娘達は何の疑いもなくそれを飲み干す。


 途端、娘達は苦しみだした。


 床に倒れ込み、目を見開き、喉を押さえ、苦痛の声を絶え間なくもらす。尋常じゃない様子に駆け寄る者はおらず、なす術もなく人々は苦しむ娘達を眺めていた。

 どれくらい経った頃か。

 姉の赤い髪が、妹の白い髪が、艶やかな黒へと毛先から急速に染まってゆく。揃いの空色の瞳は柘榴石のごとき深い赤色へと変わっていき、大きく開かれた口には、いつの間にか鋭い牙が生えていた。


 美しく愛らしい双子の娘は、こうして吸血鬼化け物に成り果てる。


 変化を終えた娘達は、手近にいた者へと襲い掛かり、その首に牙を突き立てて血を飲み干した。合計で六人が犠牲となる。

 伯爵家に仕える警備の者と、夜会に招かれていた騎士達が武器を持って挑み、どうにかこうにか娘達を制圧した。

 娼婦たる母は落胆する。人を襲う化け物など使い物にならないと。だが、主催たる伯爵は面白がり、娼婦たる母に娘達を買い取りたいと申し出る。娼婦たる母はそれに応じ、娘達は伯爵家で飼われることとなる。


 日の光届かぬ、弱々しい蝋燭の灯りだけが頼りとなる地下。そこが娘達の住まいとなった。


 時に奴隷や罪人、伯爵にとって邪魔な人物が地下牢に放り込まれ、娘達はその者達の血を貪る。吸血鬼になったばかりで、喉が渇いて仕方なかった。

 伯爵はその様を眺めて悦楽に浸る。時にはそこに客を招いて観賞することもあった。

 最初こそ理性なく血を求めていた娘達だが、時間が経つにつれて徐々に落ち着きを取り戻していき、その内、放り込まれた者達の血を、殺さない程度に飲むようになった。殺すことに罪悪感を覚えるようになったからだ。

 伯爵はそんな娘達の行動に、だんだんと興味が失せていき、娘達をよそに売り飛ばす。そこは、異形の者を集めて見せ物にする非合法な館。地下に劇場が作られており、夜が来るたび人々は招かれ、この世のものとは思えぬものを見て、思い思いに楽しんだ。

 娘達は命じられるままに、客の血を吸わされ、歌を歌わされ、物語を語らされる。拒めば折檻が待っていた。傷を負っても瞬きの間に治るものだから、娘達から抵抗する気力を奪うほどに、苛烈を極めた。

 美しく愛らしい見せ物化け物は人気を呼び、娘達は休む間もなく舞台へと上げられる。

 そんな日々を、十年。

 娘達にとっては嬉しくない転機が訪れる。


「久し振りね」


 館の主と共に、一人の女が、娘達が押し込まれた狭い部屋の中に現れた。髪も瞳も服装も、何もかも黒い女。──あの日の給仕だ。


「私ね、ここよりずっとずっと東の国で、面白いことを知ってきたのよ。それでね、貴女達のことを思い出してね──ひらめいちゃったの! 是非、貴女達のどちらかで試してみたいわ!」


 女は邪悪な笑みを浮かべ、娘達に向けて手を伸ばす。掴まれたのは、妹の手首だった。


「大人しく、ついてきてちょうだい。まあ、私に何かしようなんて、できないでしょうけど」


 不思議なことに、娘達の身体は自分の思い通りに動かなくなっていた。勝手に足が動いていき、着いた先は馴染み深い舞台。観客は既に集められているようで、熱気が嫌でも伝わってきた。

 姉は主と共に舞台袖に控え、妹は女と共に舞台上へ。

 女が何か呟くように口を動かす。途端に、妹はその場に膝から崩れ落ちた。


「観客の皆々様! これより私が作りますは──生きた生首にございます!」


 何も持っていなかったはずの女の手には、いつの間にか斧が握られていた。女はそれを両手に構え、妹の首目掛けて──。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 その絶叫は、姉と妹、どちらのものか。

 誰かの高らかな笑い声を聞きながら、姉の視界は暗転する。


 そして姉は目を覚ました。


 いつも通り、窓のない狭い部屋に姉はいた。何だ眠っていただけなのか、あれは悪い夢だったのか。そう思いながら身体を起こし──それを見る。

 部屋の中央に置かれた、脚の長い丸椅子。そこに、妹の顔がある。


 妹の生首が置いてある。


 姉は自分の目が信じられなかった。きっとこれは夢なのだ。尚もそう思いたかった。

 だが、それを否定するように、


「……おはよう」


 妹の生首が口を開く。


「あのね、これでもね、生きてるんだよ?」


 悪い夢などではなく、悪い現実であった。

 姉は再び絶叫する。頬に添えた手があまりにも、目が覚めるほどに冷たかったから、叫びながら、これは現実なのだと頭の片隅で認めた。


 こうして妹は、吸血生首となった。

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