Episode002 少女の握力の話

シエラの握力は、なんと驚異の100kgである。

どうしてシエラの握力がそんなバケモノじみたものになっているのかというと、それには過去――5年くらい前の話が関係してる。


* * * * *


シエラの父・テイラーさんは、俺たちの出身の村で最強の剣士だった。

上位の魔物だってそんなに苦戦せずに倒せるくらいの実力者で、俺を含め、村の男子たちの憧れの存在だったと言っても過言ではないだろう。

そんなテイラーさんだが、あるとき、村の薬師から『筋力を10倍にする薬』というヤツを貰ったらしい。

ただのポーションの瓶に入った透明な液体で、簡単に言えば、水とそう大差ない見た目で、しかも無味無臭で、もはや水と変わりない代物だったとのこと。

それを貰ったテイラーさんだけど、当時、貰ったときには、薬師からは『筋力を強化する薬』としか聞いていなくて、既に60kgなんて握力のあった彼には必要のないもののように思えたんだろう。

なんと、握力が低かったシエラにあげてしまったのである。

テイラーさんは、その薬に関して、だいたい1,2kgくらい握力を上げるだけだろうと高を括っていて、だからこそ、10kgという、10歳の女の子として低い握力(と俺や村の人は思っていた)しかないシエラにあげたんだそうだ。

でも、俺が言った通り、この薬は『握力を10倍にする薬』だった。

だからシエラは、家の扉を開けようとして破壊してしまったとき、その場に崩れ落ちて泣いてしまったのは無理もなかったと思う。

そんな彼女は、当然のように――と言っていいのかは分からないが――最初に俺に相談してきたのだが、そのときに俺の家のベルがヤバい音を立てて壊れたのだって、今では笑い話である。


「ねえ……わたし……なんか……力が、すごいことに、なっちゃった、んだけど……どうしよう……」


泣きながらそう相談されたら、昔からシエラのことが好きだった俺としては、全力で力になりたかった。

まあ、そんな俺にできたのは、『ずっとそばにいること』だけだったんだけどな。

簡単に言えば、薬を作った薬師にも、世界各地を旅してきたテイラーさんも、彼と一緒に旅をしていた彼の奥さん……つまりシエラのお母さんも、どうすることもできそうになかったワケだが、俺のその行動は本当によかったと思う。

簡単に言えば、俺だって、何かしてあげられたとは言えない。

一緒にいるだけなら、誰にだってできることだからな。

でも、俺の選択は間違っていなかった。

見た目やゴツさなんてこれっぽちも変わっちゃいないシエラだったけど、当然と言ってしまっていいのか、子供たちや一部の大人たちは、彼女を気味が悪いといい、差別的なことをしようとしたり、暴力を振るおうとしてきた。

そういうことが起こるってのは、何となく俺ですら想定がついた。

人間の悪意なんて、自分たちに降りかかってくるようになると、案外気付きやすくなってしまうものらしい。

それが分かったのは、シエラと一緒にいるようにした俺にだって、悪意の刃を向けてくる輩が出てきたからだ。

でもそのたび、俺はただ何もやり返さず、ひたすらに彼女を守ることだけを考えた。

それは、俺自身がそうしたところで、何の解決にもならないと分かっていたからということもあるが、シエラが幸せにならないなら、そこに意味はない。

一度、同年代の男子にナイフで襲われたこともあり、俺の背中には消えない傷跡が今もくっきりと残されている。

何がともあれ、そんな波乱の時代を過ごし約5年。

俺とシエラは、シエラの誕生日を迎えた日の早朝、それぞれの両親に手紙を置いて、必要な物を持って、エヴィラルブに旅立った。

わざとどこに行くかまでは書かなかったが、実際今でも心配しているだろう。

しかし、俺たちにはやらなければいけないことがある。

それは、シエラの握力で、世界を幸せにすることができると言えるほどの功績をつくること。

実際、俺とシエラは、15歳になったら冒険者になりたいと話していた。

15歳になると、人々は冒険者になる資格を得ることができるのだ。

だからこそ、俺たちの旅立ちは不本意なものではなかったが、せめてもっと激励されながら、村の人たちに見守られながら出発したかったというのが本音ではある。

それはさておき、何とかエヴィラルブまで着いた俺たちは、何とかコボルトやゴブリンをボロボロになりながら倒し、その日を凌ぐ金を手にしながら、冒険者として必要なものを揃えていった。

で、武器や防具を満足に手に入れ、ある程度の知名度も付け、毎日宿で寝泊まりできるようになったのが、つい最近の話だ。


* * * * *


そうやって今までのことを懐古しつつ、野原に寝転がった俺とシエラは、何気なくお互いに見つめ合うと、思わず吹き出してしまった。

そうやって笑う彼女は、今日もやはり可愛く、俺をドキッとさせる。

だからこそ、俺は、ずっと彼女の隣にいてよかったと、心の底から思うのだった。


次回 Episode003 ギルドからの依頼

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凡人な俺の、握力100kgの美少女幼馴染と往く冒険譚。∼彼女の力(物理)が強すぎて誰も相手にならないのですが∼ ブサカワ商事 @busakawashouji

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