第四七章 アンデッドダンジョン
「ねぇ、シエラたち、ほんとに新しい服買わないとダメかな? 別にこのままマスターの服を着てても良いと思うんだけど」
「うむ。カレシャツというやつじゃのう」
シエラとサラが仕立て済みの女性服を見ながら、実に勝手なことを言っている。
そんな二人を見つめながら、ラシェルは呆れたように腕組みをしながら鼻を鳴らした。
「何がカレシャツよ。あんたたちが着てるソレ、この前の冒険者や死霊術師の荷物にあったやつでしょ。まだキョウスケは一度も着てないわよ」
実はそのとおりである。
そんな衝撃――というほどでもない事実に、二人が目を丸くして絶句する。
「な、なんじゃと!?」
「そうなの!? どうりで匂いが違うと思った!」
いや、そこは最初から気づいとこうぜ……。
――と、そんな感じで、あれから俺たちはソフィアから詳しい話を聞くため、既製品のブラジャーを仕立て直すという彼女の採寸作業が終わるのを待っていた。
「110の78……エルフの採寸なんて初めてだけど、こんなに大きいのねぇ」
試着室から店主の感嘆する声が聞こえてくる。
いやソレ、絶対に外れ値ですから……。
「100は超えてると思ってたけど、110はヤバいわね……」
何故かラシェルも冷や汗を流している。
実際のところ、数字としてすごいのは分かるが、男の俺からすると単純にデカいということくらいしか分からなかった。
「ちなみにあたしは95よ。アンダーはちゃんと測ったことないけど」
うっ……そうスか……。
数字だけ聞くとやはりラシェルも種族とは無関係に相当デカいな……。
となると、シエラもおそらく90近くはありそうだ。
まあ、俺も元ボディビルダーなので、いちおう胸囲は110くらいあるはずだが。
「ねえ、それならマスターにはこれからこっちの服を着てもらって、シエラたちがマスターの服を着るようにしたら解決じゃない?」
「おお、名案じゃのう。しかし、見てみよ、このいかにもガーリィなワンピースを。きっとお主さまはこんなキュートな服を着たワシを見たらメロメロになること間違いなしぞ」
「えっ、そうなのっ!? シエラも着てみようかなっ!?」
けっきょく、二人は二人で服選びをそれなりに楽しんでいるようだ。
もうコイツらはしばらく放っておこう。
「お待たせしましたぁ」
――と、試着室の中からソフィアが出てきた。
一緒に出てきた店主は困ったように笑顔を浮かべており、その表情から察するに、これはちょっと一朝一夕でどうにかなる案件ではないのかもしれない。
「ここまで大きいと、もう一から作ったほうが早いかもしれないわねぇ。お急ぎのようならすぐに取り掛かるけど、さすがに夕方まではかかると思うわ」
「そうですかぁ……」
ソフィアも困ったように溜息をついている。
そんな彼女に、ラシェルは商品棚の適当な布切れを手に取りながら言った。
「とりあえず、今日は布でも巻いてしのいだら? それか、とりあえず留め具だけでも直してもらうとか」
「あぁ、確かにそれは良いかもですねぇ」
ラシェルの提案に、ソフィアが顔の前で手を合わせながらパッと表情を明るくする。
サラシのような感じでひとまず胸を固定しておこうということかな。
これだけサイズが大きいと苦しそうな気もするが、他に方法がなければやむなしか。
というか、そもそも予備のブラジャーなどは持ってきていないのだろうか。
「実はもう片方も昨日壊れちゃったところでぇ……ひょっとしたら、そもそもサイズが合わなくなってきたのかもしれませんねぇ」
「は……? それって、今なお成長中ってこと?」
「いえいえ、きっと太ってしまっただけですよぉ。前に作ってもらったときは103くらいだったんですけどねぇ」
ちょっとだけ照れくさそうにそう言って、ソフィアがフフッと笑った。
俺が知るかぎり、エルフ族はあまり体型が変化しない種族という認識だったが、そういう意味でもソフィアはかなり例外的な体質をしているのかもしれないな。
ともあれ、それから俺たちはソフィアがブラジャーの修繕をしてもらうために必要なあれやこれやを済ませるのを待って、ようやく落ち着いて話をできるタイミングが訪れた。
「えぇと……先日、この村とノティラスの間にダンジョンが発生したというお話しはしましたよねぇ」
店主が用意してくれた椅子に座ったソフィアが、眼鏡の奥の碧眼をキラリと光らせながら言った。
もちろん、覚えている。
あのときはまだ自分の力に自信もなかったし、そもそもこのあたりは冒険者の往来も多いから、敢えて俺たちが気にする必要もないと思って軽く考えていたが……。
「実はあのダンジョン、何個か問題がおきてましてぇ……」
「不死者が出るようになったのとは別にってこと?」
ソフィアの隣に座るラシェルが、即座に疑問を呈した。
ちなみに店主は俺の分も用意してくれようとしたのだが、ラシェルが『あ、キョウスケは大丈夫ですから』と謎の気を利かせてしまったせいで俺だけ椅子なしである。
まあ、トレーニングだと思っておくか……。
「そうなんですぅ。実はあのダンジョン、発生してすぐに冒険者狩りが入り込んで、中にアジトを作ってしまったみたいなんですよねぇ」
首をすくめて溜息をつきながら、ソフィアが言った。
冒険者狩り――ダンジョン攻略に訪れた冒険者を狙う野盗の俗称だ。
そんな連中にいきなり目をつけられつるとは、確かに厄介ではあるな……。
このあたりに発生するダンジョンは魔王領からそれほど離れていないこともあって脅威度が高いことが多く、攻略に訪れる冒険者もそれなりに手練れが多いことが予見される。
となれば、野盗側からしても危険であることには違いないのだが、一方でダンジョン攻略を生業にしている冒険者は対人戦闘に不慣れな者も多いという実態があった。
まあ、当然と言えば当然だ。
多くの冒険者は魔物を相手に戦うスペシャリストであり、時には野盗と交戦することくらいあるだろうが、人間の持つ真の狡猾さを知っている者は決して多くない。
まして、冒険者狩りなどという対人戦に特化した集団が相手ともなれば、少しくらい腕に自信のある冒険者でも油断一つで一瞬で命を狩られてしまうことだろう。
特に彼らは通常の野盗と違ってダンジョン内での戦闘に特化しており、闇討ちだけでなく魔物との交戦中に不意打ちをしてきたりなど、やることが非常に狡猾なのだ。
今回のように手練れの冒険者が訪れることが予見されるダンジョンが、そういった冒険者狩りに取っておいしい狩場であろうことは想像に難くなかった。
「ま、マジ……? うっかり二人で乗り込んだりしないで良かったわね……」
ラシェルも冷や汗を浮かべている。
俺たちも実際に以前のパーティで冒険をしていたころに遭遇したことがあるのだが、毒や罠を巧みに駆使してくる手合にかなり辛酸を舐めさせられたものだ。
かつての仲間であるロナンの持つ高位の法術とラシェルの【探知】がなければ、今ごろダンジョンの藻屑となっていたかもしれない。
「それで、すぐにノティラスの冒険者ギルドのほうで討伐依頼を出して、冒険者狩りの掃討に乗り出したはいいんですけどぉ、そこでまた新たな問題が発生しちゃいましてぇ……」
「……それが不死者ってこと?」
何か思うところがあるのか、真剣な面持ちでラシェルが訊く。
おそらくは俺が胸中で感じていることを彼女も同様に感じているのだろう。
不死者――あの日の夜、俺たちが死闘を繰り広げた存在だ。
「はい。報告で聞いただけなんですけどぉ、あるときからダンジョン内部の魔物が徐々に不死化しはじめて、それがいつの間にか全体に広がってしまったそうなんですぅ」
「広がるって……ダンジョンの魔物がどんどん不死者になっちゃったってこと?」
「そういう話らしいんですよねぇ。先にお話しした冒険者狩りまで不死者化してしまっているらしくって、もう並の冒険者じゃ手に負えなくなってるそうなんですよぉ」
口調こそおっとりとしているが、ソフィアの表情には焦燥感が感じられ、どうやら予断を許さない状況に陥っていることは間違いないらしい。
しかし、もともと不死者が跋扈するダンジョンとして発生したというならいざ知らず、そのように途中からダンジョン内の環境が変わるなんてことがあり得るのか……?
そもそも不死者は凶悪な魔物でこそあれ知能は高くないし、よほどダンジョン内が不浄な環境でもなければ毒や病のように伝染することはないはずだが……。
「お主さまの頭の中には、もう答えがあるのではないか?」
――と、視界の外からサラの声が聞こえてくる。
俺の中にある答え――となると、やはり……。
「あの死霊術師、なのかしらね……」
床の一点をみつめるように眉間に皺を寄せながら、ラシェルがぽつりと呟く。
そうだ。心当たりがあるとしたら、あの男しかいない。
あの夜、俺たちは消えた死霊術師の死体を最後まで見つけることができなかった。
もしあの死体が本当に不死化してリッチとして再誕し、より強い力を蓄えるための場所としてダンジョンに侵入したのだとしたら……。
「不死者への転生……それも、何処で手に入れたのか紅き竜王の骨を取り込んでそれを行おうと目論むほどの業深き者じゃ。ただでは起き上がるまいよ。どうやら、次の目標が決まったようじゃのう」
いつになく気高さを感じさせる口調でサラが告げる。
ザンッと床を強く踏みしめるような音がして、何やら決めポーズもとっているらしい。
つられてそちらを見やると――めっちゃガーリィなワンピースに身を包んだサラが鏡の前でピンナップに載っているアイドルみたいな可愛らしいポーズをとっていた。
おいおい……。
※
《スキル派生の条件を達成しました。【絆・因縁】を獲得しました》
:絆・因縁 【宿敵と書いて友と読む……かどうかは状況次第ですね(運命力が向上)】
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