第四六章 サイズがないんです

 昼過ぎ、洗濯物を終えた俺たちは連れ立ってフィーの雑貨屋を訪れていた。

 俺たちは仕立て屋が何処にあるかを知らなかったので、教えてもらおうと思ったのだ。


「そうか、いよいよキミたちカーテンを買う気になったんだね……」


 何故かフィーは安堵するようにそう言った。

 ひょっとしたら、先ほどの営みもこっそり覗いていたのかもしれない。

 最近になって気づいたことだが、彼女は他人の営みを見ることで強い興奮を覚えるという少し特殊な性癖を持っているようなのだ。


「助かるよ。これでボクもお店の仕事に集中できるようになる」

「あら、どういう意味かしら?」


 ――と、そこでラシェルが何故かニッコリと笑いながら、今日もカウンターの上に置かれている双眼鏡を意味ありげに見下ろして訊く。

 しかし、フィーはその質問には答えず、メモ用紙なものにサラサラッとペンで地図のようなものを描きはじめた。

 趣味で絵画をやっているだけあって、雑に描いているくせにかなり分かりやすい。


「ここがこの店で、ここが仕立て屋さんだよ。そんなに迷うことはないと思う」

「ありがとう、フィー」


 ラシェルはニコニコと笑みを浮かべたまま礼を言い、地図の描かれたメモを受け取った。

 そして、不気味なその笑顔をぺったりと顔面に貼りつけたまま、静かに呟く。


「でも、あたしたちがカーテンを買っちゃったら、フィーは寂しくならないかしら」

「な、なんのことかなぁ……」


 フィーはカウンターの上に視線を落としたまま、その小さな額に脂汗を浮かべていた。

 間違いなく気づいて言ってるやつじゃん、コレ……。


 それから俺たちはフィーの雑貨屋をあとにすると、メモに記されている道順を確認しながら仕立て屋に向かって歩きだした。


「なんかあの店、ちょっとエッチな匂いがしたね」


 雑貨屋を出てすぐにシエラがそんなことを言っていたが、俺は聞こえていないふりをすることにした。


《スキル派生の条件を達成しました。【絆・深淵】を獲得しました》


 ぬえっ!? ど、どういうことっ!?


     ※


「あらぁ、珍しいところでお会いしましたねぇ」


 フィーの地図を参照しながら無事に村の仕立て屋に辿り着いた俺たちは、そこで意外な人物と邂逅することになった。

 ギルドの派遣職員であるエルフの女性――ソフィアである。

 相変わらず人形のような美しい面立ちをしており、今日もピチッとしたギルドの制服に身を包んで、そのエルフらしからぬ肉感的な体型をまざまざと衆目の前に晒している。

 いや、もちろん本人に見せつけるような意図はないと思うが……。


 店内はそこかしこに設えられた棚に様々な色の生地が収められていて、それらとは別に仕立て済みの衣服や外套といった衣類のかけられたラックもいくつか見受けられた。

 仕立て屋と言うからにはメインは注文販売なのかもしれないが、既製品もそれなりの数が用意されていそうで、ひとまず俺たちの目的は果たせそうだ。


 しかし、ソフィアはその服装と時間帯から考えてまだ職務中だと思うのだが、昼の休憩中にたまたまここを訪れたのか、あるいは何か火急の用向きでもあったのか……。


「お恥ずかしながら、ブラジャーのホックが壊れてしまいましてぇ……」


 ソフィアはちょっと照れくさそうに事情を説明してくれた。

 お、おお、そうですか……。


「鼻の下のばしてんじゃないわよ!」


 ぶふっ!? す、すぐに殴るんじゃないよ! お店の人もびっくりしちゃうよ!


 というか、前にも似たようなことを言われた気がする。

 でも、仕方ないんです……。

 それくらい、ソフィアの体つきは男にとって理想的すぎて――。


「マスター、やっぱりおっぱい大きいほうが好きなんだ」

「まあ、男の本能というものじゃろうの。ほれ、こういうのが好きなのじゃろう?」


 ついついソフィアの美貌に見惚れる俺をシエラが半眼で睨み、その横でサラが何やら妖艶なポーズをとって見せる。

 今回は外出に際してシエラには男物の大きめのシャツを、サラには男物のシャツとズボンを着てもらっているが――なんと、そんな服の下でサラの体つきが変容しはじめたではないか。

 それまでどちらかと言うと薄かった胸がズズッと大きくなり、それに伴って腰のあたりはキュッとくびれ、おしりもドドンと大きくなっている。

 まさにそれは、俺――というか、全男子が間違いなく大歓喜する美ボディそのものだった。


 ま、マズいですよコレは……!


「あんだけ出すもの出しといて、なんでまだ欲情できるのよ!? あんたもサルなの!?」


 ぐおおおっ……首を締めるな、首をっ!


「あ、あの、そちらの方たちもお客さん……で、いいのよね?」


 ――と、暴れる俺たちに、ちょっと引き気味な様子で声をかけてくる女性がいた。

 小柄な体躯に少女のようなあどけない顔立ちをしたその女性は、どうやらこの仕立て屋の店主であるようだ。

 人間でいう十代半ばくらいの見た目ではあるが、それは単純にホビット族だからだろう。

 この村の住人は、半数以上がホビット族で占められている。

 残りはほとんどが人間族か人間族とホビット族のハーフで、オーガ族なんて俺が知るかぎりグスタフたちくらいだし、エルフ族にいたってはおそらく一人もいないのではないかと思う。


「あ、ごめんなさい……あたしたちも服を見にきたの。下着とかも置いてるのかしら?」


 慌てたように俺の首から手を離し、身なりを正しながらラシェルが訊く。

 すると、店主は困ったように微笑みながら、商品の並んでいる棚のほうを示した。


「こちらこそ、ごめんなさい。あるにはあるけど、うちは見てのとおりホビット向けの衣類がメインで、ご覧のとおりブラジャーはあまり取り揃えていないのよ」


 どうやら店主の示した棚にはブラジャーやショーツといった女性用の下着の他、男性用の下着類も一緒に並べられているらしい。

 ただ、彼女の言うようにブラジャーに関してはかなり種類が少ないようで、サイズもごくごく標準的なものしか置いていないように見受けられる。


「あら、Lまでしかないのね……」


 棚に並べられたブラジャーを手にとりながら、ラシェルが眉根を寄せる。

 この世界における衣類のサイズ表記が本当にS・M・Lかどうかは不明だが、俺の【言語理解】ではそのように翻訳されるので、まあ似たような感じではあるのだろう。

 しかし、Lサイズで難色を示しているということは、ラシェルのサイズはそれよりもさらに大きいということか……。


「それより大きなサイズとなると、ノティラスの服飾店で探してもらうしかないわねぇ。わたしたちホビット族は、そもそもブラジャーをつけないヒトも多いから……」


 なるほど……。

 確かに、身近なところで言えばフィーなどはブラジャーを着用しておらず、代わりに薄手のスリップを身についている。

 いちおう人間族のために標準的なサイズは取り揃えているが、大きすぎるものはノティラスのような大きな街で探せということなのだろう。


「むぅ……であれば、やはりいつもの体のほうがよいかの」


 何故か残念そうにサラが呟き、その体がもとのスマートな体型に戻っていく。

 というか、君ら従魔には下着とかいらんと思うのだが。

 そもそも鱗なり獣毛なりあるんだし……。


「分かってないなぁ、マスター。女の子はいつだってオシャレしたいんだよ」


 ――と、シエラが唇を尖らせながら咎めてくる。

 この子はいったい何処でそういう知識を身に着けてくるんだろう。

 あっ、もしや叡智か? 竜の叡智のせいなのか……?


「うむ。竜の叡智にかかれば昨今の女子のトレンドもばっちりよ。ちなみに最近はワイヤーとかいうものが入った胸の形を整えるブラが流行っておるとか……」


 やたら得意げにふんぞり返りながらサラが言う。

 死ぬほどどうでもいい情報ではあるが、それにしても、竜の叡智ってのは随分と俗っぽい知識まで取り扱ってるんだな……。


「古の盟約が結ばれて以降、竜の王もわりと暇を持て余しておるようだからのう。中にはヒトの身に化けて俗世に溶け込んでおる竜の王もいるという話よ」


 ま、マジかよ……まだまだ知らないことばっかりだな。


「でも、困りましたねぇ……わたし、ブラジャーで支えておかないと胸が重すぎて、業務に支障が出てしまうんですよぉ……」


 ラシェルと一緒にブラジャーの棚を眺めていたソフィアが、困ったようにそう呟く。

 彼女は先ほどからずっと胸の下で腕組みをしていて、どうやらそれも豊満すぎる自身の胸を支えるためであるらしい。

 確かに、このサイズの脂肪の塊が常に肩からぶら下がっていると考えると、その負担は計り知れないことだろう。


「お時間をいただければ、既製品を仕立て直すこともできるけど……」

「まぁ、そうなんですかぁ? それじゃ、お願いしようかしらぁ。実は、しばらく村から出ないようにって本部から通達がきていてぇ、ノティラスにもしばらく戻れないんですよぉ」

「……どういうこと?」


 ――と、ソフィアの言葉に、ラシェルが疑問符を浮かべながら口を挟んできた。

 確かに、少し気になる発言ではある。

 あくまでソフィアはノティラスにある冒険者ギルドから派遣されている職員であり、依頼リストの更新などのためにも定期的にノティラスには戻らなければならないはずだ。

 であるにも関わらず、当面の村への滞在を本部から通達されたということは、何か問題があったと考えるのが妥当だろう。


「えぇと、それは……」


 俺とラシェルの視線にさらされ、ソフィアは焦ったように目を白黒させている。

 ただ、それから少し悩むような仕草こそ見せたものの、すぐにうんうんと一人で頷いて手を叩き、相変わらずのおっとりとした調子で語りだした。


「まぁ、キョウスケさんたちなら大丈夫かなぁ……本当は混乱を招くといけないからみだりに口外することは禁止されてるんですけどぉ……」


 えっ、禁止されてるの……?

 そういうことだったら、別に無理に話してもらわなくても……と、少し焦る俺だったが、ソフィアはそんな俺に気づいた様子もなく、言葉を続けた。


「実を言うと、最近できたダンジョンがちょっと大変なことになってしまってぇ、ゴールジ村とノティラスの間の街道に、不死者が出るようになっちゃったんですよぉ」


     ※


:絆・深淵 【深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのです。(仲間以外の【探知】スキルに補足された際、そのことを知覚できるようになります)】

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