第四五章 大逆転!

「ま、まあ、まだ勝負は決したわけではないからのう。ほれ、もう一回、お主さまからサイコロを振ってくだされ」


 何故かちょっと敬語になりつつ、サラが器の中のサイコロと飛び出してしまったサイコロをそれぞれ拾い集め、俺に手渡してくる。

 ボードの上の駒はいよいよ自陣まであと一マスというところまで進められており、気づけば連敗に次ぐ連敗で一気に追い込まれてしまっていた。運命力とは……。


「ご、ごめんね、キョウスケ……」


 ラシェルは責任を感じているのかすっかり意気消沈といった様子だが――まあ、確かにまだ勝負が決したわけではない。

 俺に神の加護として【運命力】が授けられているのだとしたら、ここからが本当の勝負になってくるはずだ。

 強く念を込めるようにギュッと掌を握りしめると、俺は最後の大勝負とばかりに気合を入れてボウルの中にサイコロを投じる。

 出目は――1・2・3……う、ウソだろ……。


「ヒフミじゃの」


 先ほどまでの怖じ怖じとした様子は何処へやら、再びサラがニィッと口の端を歪めて見せた。


「これも何かの役なの?」


 キョトンとした顔でラシェルが訊いてくる。

 うむ、まあ、役といえば役だが……。


「ヒフミはシゴロの逆……つまり、ションベンと一緒で負け確定の役じゃよ」

「えっ!? じゃ、じゃあ、キョウスケは……」


 ズズッとボードの上で駒が動き、ついに最もこちら側に近いマスに到達した。

 サラが最初に言ったルールに則っとれば、これでこのゲームはサラの完全勝利ということになる。

 けっきょくただの一度も勝てないままに勝敗が決してしまった。

 おいおい、これが【運命力】の力なんですか、神さまァ……。


「むしろ、ぜんっぜん運悪いじゃない……」


 ラシェルもげんなりと肩を落としている。

 しかし、何故かサラはニヤニヤと口許に笑みを浮かべたままで、もう勝負はついているというにも関わらず器からサイコロを取り出すと、それを再び俺のほうへと差し出してくる。


「哀れなお主さまに最後のチャンスをやろう。賽を触れるのは一回だけ。ゾロ目かアラシを出せば大復活、もしもピンゾロを出せれば逆転大勝利じゃ」


 ――なんだと?

 いや、確かに、確率だけ考えれば決してこちら側に分のある勝負ではないが……。


「ピンゾロってなによ?」


 ラシェルが首を傾げながら訊いてくる。


「1のゾロ目じゃな。お金を賭けるときなどは、ピンゾロだけ特別に配当が高かったりすることもある最も強い役じゃよ」

「へええ。それだけ出にくいってこと?」


 いや、そんなことはない。確率的にはあくまで同率のはずだ。

 そして、何か特殊なイカサマでもしないかぎり、狙ってシゴロやアラシを出すことなんて不可能だ。

 ――いや、しかし、だからこそなのか。

 もしも俺に本当に神の加護があるのであれば、あるいは……。


「さあ、賽を投ぜよ」


 サラが口の端を歪めたまま、何処か深みのある声音でそう言った。

 あのとき、死戦を交えた竜の王を彷彿とさせるような、静かで厳かな声だった。


 不思議なことに、俺は首筋にじんわりと汗が浮かんでくるのを感じていた。

 これはもはや勝負ではない。

 アラシだとかシゴロだとか、そういう半端な役を狙う局面でもない。


 ――これはピンゾロが出るか出ないか、その一点のみが試される一投なのだ。


 サラの目は、すでに結果を予見しているようにも思えた。

 だが、本当にそんなことが起こり得るのか……?

 所詮、運は運だ。それ以上でも以下でもない。

 絶体絶命のピンチに大逆転が起こるのも、それまでの布石があってのことだ。

 運を手繰り寄せる力――そんな都合の良いものが、あるはずがない。


 だが、もしもこの一投が奇跡を起こすなら――。


 俺は自分自身が唾を飲み込む音に耳を澄ませながら、そっと器の中に賽を投じた。

 サイコロは器の中で跳ね回り――そして、そのすべてが赤い目を上に向けて静止した。


「えっ、ウソ……」

「ピンゾロだ!」


 ラシェルが信じられないと言った面持ちで息を飲み、シエラが歓声を上げる。

 サラは最初からこうなることは分かっていたとばかりに笑みを深め、ボードの上の駒がズズズッと一気にサラの陣へと進んでいく。

 もしや、最初からこうなることをすべて予見していたのか……?


「まさか。さすがにワシも未来までは読めぬよ。むしろ、お主さま自らここまで逆境を演出してくるなど、逆に感心させられたほどじゃ」


 肩をすくめながらサラが言う。

 確かに、序盤の展開に関してはむしろ運が悪いとすら感じるありさまだった。


「途中で親を変わったのも、最後のチャンスを与えたのもすべて思いつきよ。まあ、お主さまであればひっくり返してくるであろうという思いも多少はあったがのう」


 そう言ってサラが椅子から立ち上がり、何を思ったのかベッドのほうへと歩いていく。

 そして、こちらのほうを向きながらベッドの上に腰を下ろすと、そのまま股の間を見せつけるようにゆっくりと両脚を開いた。

 それと同時に、彼女の体を覆っていた真紅の鱗が皮膚の中に埋もれていくように消失していき、その下の素肌が露わになっていく。


「さぁ、お主さま……勝利の報酬を受け取ってくだされ……」


 しっとりと濡れて輝くソレを見せつけられて俺が言葉を失っていると、隣でラシェルが呆れたように溜息をついた。


「……終わったら、ちゃんとみんなで洗濯をするんだからね?」

「すごい! マスター、あんなにいっぱいシたのにまた元気になってる!」


 テーブルの上に身を乗り出しながら、シエラもそう言って目を輝かせていた。


     ※


「んンッ……! サラは、サラはお主さまの忠実な下僕にございますッ……!」

「ぁむ……んちゅ……ぇろれろ……」

「ねぇ、ラシェル、シエラもマスターとキスしたい」

「んっ……ぷぁ、ダメよ。昨日はずっとシンシアさんに独占されちゃってんたんだから」

「そんなのズルいよぉ。ねぇ、三人でしよ? ほら、マスター……ぇろれろれろ……」

「あっ、お主さまぁ……! んあッ……もっと激しく……!」


《スキル派生条件を達成しました。【絆・誘い受け】を獲得しました》


     ※


「へええ、あんたの炎って、服は燃やさないのね。めちゃくちゃ便利じゃない」


 物干し竿に吊るされた洗濯物に向かって、サラが指先から炎を迸らせている。

 その炎は本来のような赤々としたものではなく、不気味なドス黒い色をした黒炎だった。

 聞けば、以前に竜の王と対峙したとき、不死者化して使役したレッサードラゴンたちが吐き出していたブレスと同じ炎のようである。


「むうう、闇の炎は生あるものの肉体を焼き焦がす呪われた炎……であるが、まさかこのような利用価値を見出されるとは……」


 当のサラは複雑な表情をしている。

 実際、燃え盛る黒炎に近づくとめちゃくちゃ熱いのだが、不思議なもので、どれだけ近くで炙られても洗濯物にその火が引火することはなかった。

 つい先ほどまではしっとりと濡れていたラシェルのチュニックも、今やすっかり水気が飛んでいるように見える。


「でも、こんな炎でも耐えきるなんて、あの竜の王の鱗って相当ヤバかったのね」

「カチコチだったよね」


 シエラと二人で水桶で下着類を洗いながら、思い返したようにラシェルが言う。

 確かに、あの白銀の鱗の前にはレッサードラゴンのブレスもまったくダメージを与えられていなかった気がするな……。


 あの戦闘のあと、岩場のそこかしこに突き刺さっていた竜の王の鱗はすべて俺たちの手で回収し、今はグスタフのところに預けられている。

 鍛冶師でもあるグスタフはたいそう喜んでくれて、それらを材料に俺の新しい盾を用意してくれるとのことだった。

 完成が楽しみだ。


「まあ、黒炎は呪術的な炎ゆえ、魔力に抵抗を持つ護りに対しては弱いという欠点もあるからの。とはいえ、白竜の鱗の前ではあまり関係はなかろうが……」


 干されたチュニックから完全に水気が飛んだと判断してか、サラが炎の勢いをゆるめる。

 あまり熱しすぎても繊維が傷むと判断してのことかもしれない。

 今日は天気もいいし、水気さえ飛ばしてしまえば、あとはこのまま放置していても夜までにはしっかり乾き切るはずだ。


「マスターのパンツだ!」


 ――と、洗濯物の山の中からシエラが男者の木綿のパンツを引っ張り出して声を上げた。

 そのまま嬉しそうにパンツを自分の顔に押し当てて、くんくんと匂いを嗅ぎはじめる。


「んんん、良い匂い……これ、洗わないとダメ?」

「ダメに決まってるじゃない。おしっこの臭いとかもするでしょ?」

「マスターのおしっこは別に臭くないよ」

「怖いこと言ってんじゃないわよ」


 ラシェルが呆れたようにシエラから俺のパンツを奪い取り、そのまま泡まみれの水桶の中に突っ込んで洗濯板にゴシゴシと擦りつけはじめた。

 シエラは唇を尖らせ、鼻をスンスンとさせながら再び洗濯物の山に手を突っ込む。


「あった! こっちはマスターのシャツ!」

「……それも洗うわよ?」

「えー、シエラの宝物にしちゃダメかな?」

「ダメよ」


 またしてもラシェルがシエラの手からシャツを奪い取り、水桶の中に突っ込んでいく。

 シエラはすっかり機嫌を損ねてしまい、唇を尖らせながらプクッと頬を膨らませていた。


「そんなにキョウスケの匂いのついたものが欲しいなら、ハンカチでもスカーフでもプレゼントしたらいいんじゃない? それで、たっぷり匂いがついたら返してもらうとか」


 呆れたように溜息をつきながら、ラシェルがそんな提案をしている。

 いったい何を言っているのやら……と、思わず脱力する俺だが、そのシエラはその提案に感銘を受けたらしく、まんまるに見開いた瞳を輝かせながらこちらに顔を向けてくる。


「ねえ、マスター、洗濯が終わったらハンカチ買いに行こう!」


 そんなキラキラとした目で言われてもさァ……。

 まあ、もともと仕立て屋には行くつもりだったから、ついでにハンカチなりスカーフなり見繕ってみるくらいはしてみてもいいかもしれないが――。


「……というか、お主さまはいつまでそこでボーっとしておるのじゃ」


 いつの間にかラシェルのそばに移動していたサラが、半眼でこちらを見つめながら言う。

 彼女の前には綺麗な水の張られた別の桶が置かれており、ラシェルたちが洗い終えた衣類をそこに移して濯ぎ作業をしているようだ。

 洗濯の手順なんていったい何処で覚えたのかと不思議に思ったが、これもひょっとしたら竜の王が持つという『叡智』によるものだろうか。


「ほれ、ワシがどんどん濯いでゆくから、お主さまは竿に干す係じゃ! 働かざる者、食うべからずじゃぞ!」


 あ、はい……。


 ――と、そんなわけで、その日はお昼ごろまでひたすら洗濯に勤しむ俺たちであった。


     ※


:絆・誘い受け 【タウントの効果が向上し、タウント発動中は防御スキルのランクが一段階向上する】


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