第四四章 チンチロデスマッチ
「これでいいかしら?」
そう言いながら、ラシェルがテーブルの上にサラダボウルを置いた。
「うむ、ちょうどいいサイズじゃ」
俺の向かいの席には掌の上に三つのサイコロを乗せたサラが座っており、ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべながら俺を見つめている。
チンチロリンというのは、茶碗くらいの器の中に三つのサイコロを投げ入れて、その出目によってできた役で勝敗を決する遊戯である。
主に賭博に使われるものだが、様々なローカルルールのようなものがあり、別に金銭を賭けずとも楽しむことができる。
まさかこの世界でもチンチロリンが遊ばれているとは思わなかったが、思い返せこれまでにも、かつて俺が生きていた世界と共通する事柄は散見されていた。
ひょっとしたら、二つの世界には誰も知らない何か密接な関係があるのかもしれない。
「今回は二人で楽しめるオリジナルルールでプレイするぞ!」
サラがふんぞり返りながらそう告げ、サイコロを持っていないほうの手をテーブルの上にかざした。
すると、下に向けられた掌からドロリと粘性を感じる赤黒い物体が染み出してきて、それがボタリとテーブルの上に落ちる。
そして、それが二つに分離しながらウネウネと変容して、細長いボードとチェスのポーンを思わせる形をした駒のようなものを形成した。
ボードには一列にマス目のようなものが区切られていて、駒はその真中に置かれている。
「チンチロリン……って、どういうゲームなの?」
俺の横に座りながら、空っぽのサラダボウルを覗き込んでラシェルが言う。
まあ、ラシェルのようなエルフの里の出身者であれば、チンチロリンなんて遊びに興じる機会などないのも当然か。
「うむ。チンチロリンというのは、こうやって……ホイッ!」
威勢よく吠えながら、サラがボウルの中にサイコロを投げ入れる。
サイコロは小気味よい音を立てながら互いにぶつかり合い、やがてボウルの中でその動きをとめた。
意外とこちらの予想外の動きをするため、投げ入れかたが悪いとサイコロが器の外に飛び出してしまうこともある。
そうなると『ションベン』という状態となり、強制的に負けとなる。
「6・6・2か……この場合、ひとまずワシの持ち目は2ということになるのじゃ」
「……どういうこと? 14とかじゃないの?」
「うむ。では、もう一回やってみせるぞ……ソォイ!」
サラがボウルの中からサイコロを取り出し、また同じように勢いよく投げ入れる。
そんなに勢いをつけて『ションベン』にならないかと見ていてヒヤヒヤするが、意外にもサイコロは器の中で大人しくコロコロと回っている。
「4・3・1か……この場合は目なしじゃな」
「目なし? 0点ってこと?」
「そうじゃ! 二つの賽の目が揃ったとき、残りの賽の目が持ち目になるわけじゃのう」
「シエラもやってみたい!」
「よし、では三回目はワシの代わりにおぬしが振ってみるとよい。そっとやるのじゃぞ」
そう言いながら、サラがボウルからサイコロを取り出して隣に座るシエラに手渡した。
どうやらシエラもサイコロを器の外に出したらいけないというくらいのルールは察しているようで、恐る恐るといった様子でボウルの上から落とすようにサイコロを投じる。
「4・5・6……おお! シゴロじゃの! やるではないか!」
「なんか特別な役ってこと?」
「うむ! バラバラの目の場合、本来は目なしになるのじゃが、456の場合にかぎってはシゴロという役になるのじゃ! この場合、これが出た時点で勝ち確定じゃな!」
「やったぁ!」
シエラがガッツポーズしながら破顔し、サラがその頭をワシワシと撫でる。
――と、ボウルの横に置かれていたボードの上で駒がズリズリっと動き出し、一マス分だけ俺のほうに近づいてきた。これってつまり……。
「うむ。察しのとおり、一勝するたびに駒を相手のほうに進められるわけじゃな! 最終的に相手の陣まで駒を進めきったほうが勝ちというのが今回のルールじゃ!」
なるほど。確かにこのルールなら何も賭けなくても楽しめる。
というか、すでに勝負がはじまってるということは、サラが親ということか……?
「もちろんじゃ。今回はお主さまの運命力を試すのじゃから、多少の不利は被ってもらわんとのう?」
サラがニヤリと口の端を歪める。
「ねえ、親ってなによ? なんか有利だったりするの?」
まだ少し理解できていないのか、ラシェルが眉間に首を傾げながら訊いてくる。
「親というのは、この場合は単に先行ということじゃな。ただ、チンチロリンはシゴロのように出た時点で勝敗が決まる役がいくつもあるゆえ、先行できる親はかなり有利になるのじゃ」
「えっ、じゃあ、今回はもうキョウスケの番はなしってこと?」
「そういうことじゃの。ゆえに、再びワシの番から第二ゲームのスタートじゃ! そーれィ!」
サラがボウルの中からサイコロを取り出し、再び盛大に放り投げる。
どうしてこんな投じかたで外に飛び出さないのか本当に不思議なのだが、サラの投じたサイコロはボウルの中に入った瞬間に勢いを殺し、渦を巻くように鮮やかに回転している。
「2・2・2……アラシじゃな! またまたワシの勝ちじゃ!」
おいおい、イカサマやってんじゃないだろうな……。
「アラシ? ゾロ目で勝ちってこと?」
「そのとおりじゃ! シゴロと一緒で、これが出た時点で勝ち確じゃなァ!」
ニヤニヤとサラが俺に流し目をくれて、ボードの上の駒がまた俺のほうに進んでくる。
自陣までの猶予は残りニマスで、まだまったく余裕がないというわけではないが、かなり不利な状況であることだけは間違いない。
「このまま一方的な勝負になってはあまりに可愛そうじゃから、ここは親を譲ってやろうかのう。ほれ、次はお主さまから振ってよいぞ」
サラがボウルの中からサイコロを取り出し、むふふとほくそ笑みながら手渡してくる。
ふん、今に見ていろ……ここから俺の【運命力】を見せてやるぜ。
俺は『ションベン』にならないように最新の注意を払いつつ、そっとボウルの上で掌を返してサイコロを投じる。
出目は――3・3・5か。なかなか悪くない目だな。
「ふむ。まあ順当じゃの」
「ねえ、これってつまり5が持ち目になるってことよね?」
「うむ、そうじゃの。もしこのような場合でも、6が持ち目になった場合はその時点で勝利となるぞ。それもまた親の特権というやつじゃ」
「ふーん。じゃあ、この場合はもう一回振ってもいいのよね?」
「そうなるのう。シゴロやアラシのような勝ち確の役が出ないかぎり、三回までは振らなければならんのじゃ。中には強制的に負けになる役もあるからの」
「えっ!? そんなのもあるの!?」
そうなのだ。だからこそ、出目としては悪くないが、余談は許さない。
俺はサイコロを取り出すと、再びそっと器の中に投じた。
出目は――2・3・4か。目なしだが、なかなかヒヤッとさせられるぜ……。
「これは目なしってことよね? ねぇ、キョウスケ、あたしにもやらせてよ」
徐々に興味がわいてきたようで、ラシェルがずいっと身を乗り出してくる。
おお……大きなお胸がテーブルの上にずっしりと……。
「マスター、おっぱいが気になるの?」
目ざとく俺の視線に気づいたシエラが、ラシェルの真似をしてテーブルの上にずしんとその胸をのせてきた。
毛並みの長い獣毛のせいで普段は目立たないが、こうやって段差を強調されると見た目の幼さに見合わない豊満な胸に思わずドキッとしてしまう。
「ドコ見てんのよォ!」
いでででっ! 耳を引っ張るな、耳をっ!
昭和のラブコメみたいなことになってしまった。
まあでも、俺だって男の子だしさ……。
「アレだけ激しい夜を過ごしたというのに、お主さまもお盛んじゃのう……」
何故か嬉しそうにそう呟いて、サラが怪しげな笑みを浮かべている。
いかん。隙を見せたら喰われるのは俺だ。気をつけよう。
「ふん! 見てなさい、おっぱいよりもすごいあたしの強運を見せてやるんだから!」
ラシェルが腕まくりをしながら身を乗り出し、ポイッと軽快にサイコロを投じる。
弧を描く三つのサイコロは綺麗にボウルに収まるが――そのまま勢いよく打ち合っているうちに、三つの中の一つが弾かれたように器の外に飛び出してしまった。
「あっ……えっ? コレってどうなるの?」
いちおうマズいことになったという自覚はあるらしく、青い顔をしながらラシェルが俺の顔を見つめてきた。
うむ、ついに起こってしまったか……『ションベン』が。
「むふふ……やってしまったのう、ラシェル。これはションベンじゃよ」
にんまりとサラが嫌味な笑みを浮かべる。
「おしっこってこと?」
シエラが無邪気な顔で訊いてくるが、サラはにまにまと笑ったまま首をふる。
「まあ、語源はそんなところじゃろうが、要するに負け確定ということじゃ。たとえそれまでの出た目がよくとも、すべて水の泡じゃな」
「う、うそ……きょ、キョウスケぇ……」
ラシェルが焦燥したように両手で口を覆い隠し、涙ぐんだ目で俺を見つめてくる。
いや、まあ、そこまで責任を感じなくてもさ……別にただのゲームだし……。
「ただのゲーム? 何を言っておるのじゃ。ちゃんと勝ったほうには賞品があるぞ」
――と、ラシェルの背中を擦って慰めている俺に向けて、サラが怪しげに目を輝かせた。
あれ……? そんな話、あったっけ……?
「ないわけがなかろう! チンチロリンはギャンブルじゃぞ! そして、このチンチロリンデスマッチで賭けるのは互いの体! つまり、勝ったほうが相手を自由にできるのじゃ!」
椅子の上に立ち、片足をドバーンッとテーブルの上に乗せながらサラが宣言する。
とりあえず、行儀が悪いからテーブルの上に脚を乗せるのはやめなさい。
「うむ……まあ、そんなわけで、ワシが勝ったらお主さまを好きにさせてもらうぞ」
椅子の上に座りなおしながら、サラが蠱惑的な表情でぺろりと舌なめずりする。
コイツ……マジで一度、しっかりと主従関係ってやつを分からせてやろうか……。
――と、そんなことを思いながらジト目気味に睨んでいたら、何故かサラが顔を赤らめてモジモジしはじめた。
「んぁっ……!? お、お主さま、大丈夫です……もしもワシが負けたら、ワシのことを存分に辱めていただいてよろしいですからァ……」
や、やべえ、なんか地雷でも踏んだか……?
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
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