第四三章 キズナ総括そのに

 目が覚めたとき、すでに窓の外からは燦々と陽光が差し込んできていた。

 昼過ぎくらいだろうか――日差しだけ見ると、少なくとも朝ということはなさそうだ。

 腕に重さを感じて視線を向けると、俺の腕を抱くようにしてサラが寝ていた。

 何度か覚醒と昏倒を繰り返していたので、最後がどういう状況で終わったのかはよく思い出せなかった。


 体を起こすと、炊事場で何かを作っているラシェルとテーブルに座っている食事をしているシエラの背中が見えた。

 フィーをはじめ客人の姿は見えないのは、もう各々の家に帰宅したからだろうか。


「マスター! もう起きるの?」


 俺の目覚めに気づいたシエラが、椅子に座ったままくるっと振り返ってきた。

 その体からは何故かこれまで胸許や下半身を覆っていた獣毛が消え失せており、ヒトの裸とほとんど変わらない見た目になっている。

 よく見ると俺の傍らで眠るサラも同様に体を覆っていた部分の鱗がなくなっており、非常に目に毒な様相だった。

 意外とシエラのほうが大きいのか……。


「あ、コレ? サラがコントロールの仕方を教えてくれたの。マスターもこっちほうが好きだよね?」


 シエラが胸の下で腕を組み、意外と豊満なそのサイズをアピールしてきながら言う。

 いや、まあ、好きか嫌いかで言えば確かに好きですけどもォ……。


「もう、これ以上はさすがにダメよ。キョウスケも着替えてご飯食べちゃって」


 ラシェルがフライパンを片手にテーブルのほうまで戻ってきて、並べられた皿の上にベーコンエッグを盛りつけていく。

 もう完全にこの家のお母さんと化しているな……。

 さすがに彼女はちゃんと服を着ていたが、何故かいつものチュニックではなく俺のシャツを着用しているようだった。


「仕方ないでしょ。今日はもう一日かけて洗濯よ」


 なるほど、着替えがなくなってしまったのか。

 シエラだけでなくサラまで増えてしまったから、一度本当に仕立て屋を見に行ったほうが良いかもしれないな。

 カーテンだってそろそろ買っておきたいし……。


「んんっ……」


 ――と、俺の傍らでサラが身じろぎをはじめ、瞼の下で眼球がピクピクと動きだす。

 なんとなく手が伸びてその艷やかな髪を撫でてやっていると、サラが薄く目を開きながらモゾモゾと動いて俺の手に指を絡めてきた。


「ん……お主さま……」


 ――は? な、なんて言った……?


「ああ……なんとお優しい手つき……そのように撫でられるだけでワシは……んッ……!」


 何故か俺の手を強く握りながらビクビクッと体を震わせはじめた。

 ま、マズい……あんまり記憶がないのだが、とんでもないやらかしをしたかもしれない。


「もう! サラも盛らない! キョウスケもさっさと服を着て!」


 子どもみたいに怒られてしまった。

 ひとまず俺は名残惜しそうにするサラを置いてベッドを降りると、衣装棚から服を出して手早く身につけた。

 先日の冒険者や死霊術師の荷物の中から使えそうな服を何着か拝借しているので、女性服と比較すると男性服はわりとレパートリーがある。

 というか、下半身がとにかくめちゃくちゃ重いんだが……。


「シエラもサラも、服を着ないならせめて前は隠しなさいよ」

「えー……でも、このほうがマスターはエッチな気分になるよ」

「バカねえ。ずっと見せびらかしてたら、逆になんとも思わなくなってくるのよ?」

「そ、そうなの!? じゃあ、隠す!」


 ラシェルの含蓄があるのかないのかよく分からない助言を聞き、シエラが愕然としている。

 そして、それを合図としたかのようにシエラの体をライトグレーの獣毛が覆っていき、瞬く間にワンピースの水着を着ているかのような装いに変貌した。

 魔族ってすげえな……。


「のう、お主さまはオヘソが出てるのと隠れてるの、どっちが好きなのじゃ? ハイレグとローレグの好みも教えてくれたら、そっちも調整可能じゃぞ」


 ――と、サラがベッドを飛び降りて俺のもとに駆け寄ってきながら訊いてくる。

 おいおい、キャラ変がすぎるんじゃないですかねェ……。


「やっぱりおヘソは見えてたほうがいいかのう……かといって、あまり肌を露出させて有象無象に軽い女だと思われても癪じゃ……いやでも、お主さまが望むなら……」


 何やら腕組みをしながら真剣に考え込んでおられる。

 どうしよう。ひょっとして【絆・屈服】がいろいろと悪さをしたのかな……。


「もう! キョウスケはヘソが出てても隠れても気にしないわよ! どうせおっぱいしか見てないんだから!」


 ぬあっ!? な、なんてことを言うんだ! 概ね事実ではあるが……。


「ふむ。それなら、胸だけはだけておけばよいのかの……」


 い、いや、それはちょっと特殊すぎるから遠慮しておきます……。

 というか、まず第一に胸を隠せ。


     ※


 昼食後、俺は久々に自分のステータス画面を開いていた。

 また【絆】スキルがたくさん増えてしまったから、以前のように一度自分の中で整理しておきたいと思ったのだ。

 それに、ここ最近は危険度の高い戦闘をいくつか経験することもあったので、ステータス自体が伸びているかどうかも確認しておきたかった。


「うーむ、思えばあの小さき体もお主さまを全身で感じることができる点だけは良かったのう……とはいえ、この体でなければご主人さまとまぐわることも叶わぬし……」


 椅子に座る俺に背後から抱きついたまま、サラがブツクサと呟いている。

 目が覚めてから明らかにスキンシップが激しいが、まあこれはもうこういうものだとして諦めてしまったほうが良さそうか。

 ラシェルの反応だけが怖かったが、俺が危惧するほど気にした様子はなさそうだった。


「もう従魔に嫉妬するのはやめたの。コイツらはケモノよ」


 半眼で溜息を吐きながら、向かいの席でラシェルがズズッと食後のお茶を啜っている。


「だって、マスターとエッチなことすると、気持ちいいだけじゃなくて元気も出るんだよ」

「うむ。もともとヒトの精には我ら魔の者の力となる性質があるが、お主さまの精には何かソレ以上に特別な力があるように感じるのう」


 従魔コンビがそれぞれに従魔ならではの意見を述べている。

 コイツら、サキュバスか何かか……?

 まあ、この件については言及したところでヤブヘビな気しかしなかったので、もう無視することにして俺は自分のステータスを確認する。


:STR 56 (+16)

:VIT 62 (+10)

:CON 53 (+14)

:SEN 55 (+15)


 む……? なにやら見慣れない補正値がついているな……。


「【絆・従魔】の力ではないかのう」


 後ろから俺のステータスを覗き込みながら、サラが言った。

 なるほど。そう言えば従魔が強いほど俺も強くなるとかそんな効果だったかな。


「なにそれ。そんなスキル増えてたの?」


 うむ。サラは【絆・従魔】を得たあとに従魔になったから知っていたのだろう。

 全体的な数字が伸びているが、精神系のステータスはとくによく伸びているみたいだな。

 これは最近の俺の戦いかたが魔術を利用したものになっている影響もありそうだ。

 さて、肝心のスキルのほうだが、以前に確認してから増えたものは……。


・ステータス強化系(自分)


:絆・攻守逆転 相手が自分より強ければ強いほどステータスに上方補正

:絆・従魔 従魔の強さに応じて自身のステータスを強化

:絆・痴話喧嘩 全ステータスに1.1倍補正

:絆・契り(絶) VITに1.5倍補正


・スキル強化/追加系


:絆・契り(3) 技能スキルのランク上昇 【剣技S】【防御AAA】

:絆・契り(菊一文字) 剣技スキルに補正 【剣技S+】

:絆・契り(絶) 技能スキルのランク上昇 【剣技SS+】【防御S】

:絆・契り(従魔) 盟主、従魔間で一部のスキルが共有可(技能スキル等)

:絆・契り(多種族) 特技【マルチウェイ】を獲得

:絆・契り(輪華) 特技【ラウンドフォース】を獲得

:絆・契り(燕返) 特技【スワローテイル】を獲得

:絆・契り(葉崩し) 体技、特技等で相手の体制を崩しやすくなる

:絆・からかい上手 タウントの効果が上昇


・ステータス強化系(仲間)


:絆・痴話喧嘩 特定の感情を持つ仲間のステータスに1.1倍補正

:絆・争奪戦 特定の感情を持つ仲間の全ステータスに1.1倍補正し、以下のスキルの発動条件を緩和 【絆・嫉妬】【絆・独占欲】【絆・ヤミ】【絆・恋の鞘当て】【絆・修羅場】


・その他の強化系


:絆・再会 運命力が向上

:絆・一目惚れ 運命力が向上

:絆・WSS 不意打ちに対して強くなる

:絆・指導 自身と仲間の成長速度に補正

:絆・愛器 【装備適正】による補正の強化に加え、装備品の耐久性が向上


・その他


:絆・契り(冒涜) 特性【穢れ】を獲得

:絆・竜 竜の王の共有知に存在を認識される


 ふむ、今回はスキルに関する強化系が多かったようだな。

 というか、ここにきて【契り】系が多すぎる……。


「マスターは、エッチすればするほど強くなるの?」

「お主さまが望むなら、ワシはどんなプレイでもかまわぬぞ? ワシの叡智でお主さまをさらなる狂乱の世界へ導いてしんぜよう」


 いや、大丈夫です。これ以上はちょっと俺の体がもたないんで……。


「あたしとしては複雑だけど、実際、こうして見るとあんたのスキルってホントに新しいオンナを抱けば抱くほど強くなっていくみたいね……」


 ラシェルがベーコンエッグにフォークを突き立てながら、半眼で言う。

 思い返せば、以前にフィーも似たようなことを言っていたな。

 まさかこんなことになってしまうなんて夢にも思わなかったが、しかし、これもまた俺に課せられた運命か何かなのだろうか……。


「そういえば気になってたんだけど、この運命力ってなんなの?」


 俺のステータスボードを眺めながら、思い出したようにラシェルが言う。

 確かに『運命力』なんて随分とフワッとした表現ではある。

 そんなステータスがあるわけでもないし、いったい何に影響してるのだろう。


「うむ。運命力とは自分の望む未来を手繰り寄せる力よ。たとえば……お主さま、ダイスのようなものは持っておらんかの?」


 ダイス……サイコロか。

 俺は持っていないが、そういえば以前に森で争った冒険者たちの荷物に賭博用のカードがあったから、もしかしたらダイスもあるかもしれないな。

 俺はテーブルを離れて棚のそばにおいてある冒険者たちの荷物をあさり、賭博用のカードがしまわれていたケースを取り出して中を覗いてみた。

 ケースの中には使い潰されてしわくちゃになったカードと一緒に小さな巾着のようなものが入れられており、口を開けて振ってみると、中から小さなダイスが3つほど飛び出してきた。


「チンチロリンでもしておったのかのう」


 俺が掌の上に取り出したダイスを覗き込みながら、サラが言う。

 言われてみれば3つのダイスはどれも角が取れて丸くなっており、賭博用のカードと一緒に入れられていたことから見ても、そういった用途で使われていた可能性は高そうだ。


「よし! では、これからお主さまにはワシとチンチロリンで勝負してもらうぞ!」


 ――と、サラは俺の掌からダイスを奪い取ると、その手を頭上に掲げながら、何故か唐突にそんなことを高らかに宣言した。

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