第四十章 ナマクラではありません
リンドブルムはいよいよその前脚を振り下ろし、あっさりとワイバーンの頭を踏み潰してしまった。
赤黒く変色した肉片が飛び散り、ドロリとした粘性のある体液が地面に広がる。
ただ、もともと不死化されたワイバーンだし、サラの言葉どおりなら頭くらい潰されても完全に機能を停止するわけではないのかもしれない。
――と、不意に視線を感じてそちらを見やると、何故かアイシャがその顔をこちらに向けていることに気がついた。
表情もなくただ目を見開いて硬直しているアイシャだが、ぼんやりと俺を見つめるその瞳の奥には何か秘められた意思のようなものが宿っているように感じられた。
——もしや、アイシャには何か策があるのか……?
「【リフレッシュ】!」
俺は自分の直感を信じて、アイシャに向けて治癒法術を放った。
瞬間、柔らかな燐光が彼女の体を包み込み、やがてその瞳に生気が蘇ってくる。
――と、即座にアイシャが鈴楽器を握り直し、何かの印でも結ぶかのように大きく腕を動かしながらシャンシャンと鈴の音を奏でた。
「【鎮神楽・和之風】!」
シャン! ――と、鈴の音が終わるととも穏やかな風が吹きつけ、その風を浴びた瞬間、それまで動きをとめていたドレイクが再び勢いよく駆け出しはじめた。
よく見るとアイシャの隣ではラシェルも意識を取り戻しており、二人が乗っていたドレイクもその脚を動かしはじめている。
《なに……!?》
こうなることはさすがに想定していなかったのか、リンドブルムの声に動揺の色が宿った。
その太く長い首がゆっくりとこちらに向かってもたげられ――その隙をついて首を失ったワイバーンの躰がバサリと飛翔する。
そのままワイバーンは上空からリンドブルムの体に飛び乗り、リンドブルムの強靭な鱗にその鈎爪を突き立てた。
《我ら竜の王に使われるだけの下僕が、せめて大人しく死しておれば良いものを!》
またしてもリンドブルムの背中の鱗が逆立っていき、その刃鱗が対空迎撃装置かのようにワイバーンの躰に向けて射出されていく。
至近距離で放たれたそれは勢いよくワイバーンの躰に突き刺さっていき、やがてその翼も胴体も形を保っていられないほどにズタズタに引き裂かれていった。
「貴様も最初はその下僕の一匹じゃったろうに、偉そうに言うでない!」
サラが怒声を上げながらシエラの頭の上で両手を掲げる。
――と、リンドブルムによってバラバラに引き裂かれたワイバーンの躰が弾け飛ぶように肉片を撒き散らし、その中から現れた骨が今度は再結集して新たな姿を造りはじめた。
「スカルワイバーン! あんた、マジでなんでもありなの!?」
ラシェルが驚嘆の声を上げている。
なるほど、ゾンビの次はスケルトンという二段構えか。
《小癪な……!》
リンドブルムがさらに鱗の刃を射出する。
しかし、スカルワイバーンはその脚部だけをリンドブルムの背中に残して飛翔すると、大きく顎を開いて闇色の波動を思わせる禍々しいブレスを放った。
触れるだけで呪われそうな不気味なそのブレスはリンドブルムの背中を焼き、初めてリンドブルムが苦悶の声を上げる。
これは……ついにダメージが通ったのか――!?
「キョウスケくん、あいつの背中!」
走り続けるドレイクの背中の上で器用に背伸びをしながら、アイシャがリンドブルムの背部を指さした。
見やると、鱗を射出したことで表皮が剥き出しになった部分を焼かれたたためか、なんと時間が経っても失われた鱗が再生されていないようだ。
《くだらぬ……くだらぬ! 下等種どもがァ!》
リンドブルムが怒りにその双眼を血走らせながら、天高く首をもたげて咆哮した。
大地が鳴動し、皮膚にビリビリと焼きつくような痛みが走る。
だが、今度は俺だけでなく、ラシェルやアイシャにシエラ、それにドレイクたちもその咆哮になんらその身を拘束されている様子はなさそうだった。
こ、これはいったい……?
「鎮神楽の力は浄化だけじゃないよ! この場に邪氣祓いの風があるかぎり、アタシたちにもう精神操作は効かない!」
「ほう、でかした! ラシェル、あの若造の背中を狙い撃て!」
「任せて! 【アローレイン】!」
ラシェルがオレイカルコスの弓にあらんかぎりの矢をつがえ、天に向かって斉射する。
放たれた矢は豪雨の如き勢いでリンドブルムの背中に降り注ぎ、剥き出しになった表皮に容赦なく突き刺さっていった。
どうやら、鱗の下の表皮はそこまで強靭というわけでもないらしい。
リンドブルムが苦悶の声を上げ、その口蓋から血を溢れさせながら怒り狂ったように尻尾を振り回しはじめる。
「良いぞ! シエラ、おぬしはここで降りて尻尾の相手でもしてやれ! 主よ、ワシたちは彼奴の正面に向かうぞ!」
サラがシエラの頭の上から俺の肩の上に飛び乗ってきて、そんな指示をしてくる。
ま、マジで? さすがにあんなのに齧られたらひとたまりもないと思うんだが……。
「何をビビっておるのじゃ! そんなものは気合で躱せ! それより、彼奴の首筋にある逆鱗を狙うのじゃ!」
サラが俺の頭の上によじ登ってきて、グイグイと髪を引っ張りながら怒鳴る。
くそっ、ハゲたらどうするんだ……分かった、俺も腹を括ろう。
「マスター、カッコいいところ見せてね!」
シエラがぴょんっとドレイクの背中を飛び降りて、ブロードソードを片手にリンドブルムの尻尾のほうへと疾駆する。
い、いやいや、別に自分から立ち向かっていく必要はないんだからね……!?
「【ハウンリングソード】!」
シエラが吠えながらブロードソードを振るい、その剣閃が巨大な獅子の幻影となって咆哮を上げながらリンドブルムの巨躯に向かって襲いかかる。
リンドブルムはその幻影を尾撃で払おうと尻尾を振るうが、幻影は触れるやいなや闘気の刃にその姿を変じ、獣が襲いかかるかの如く縦横無尽にその部位を引き裂いた。
なんか知らないうちにどんどん特技を習得しておる……。
《馬鹿な……下等種如きがっ……!》
リンドブルムが尻尾を振り回し、刃鱗を飛ばし、両脚を叩きつけて大地を刃の棘だらけにしてなお、そのすべての攻撃を俺たちは確実に捌いていく。
不死であるドレイクは多少の傷など気にせず駆け廻るし、スカルワイバーンはブレスでひたすらリンドブルムの背中を焼き続けている。
ラシェルは【アローレイン】でリンドブルムの背中を針の筵ならぬ矢の筵にし、シエラは明らかにヒトにはできない動きで尻尾の動きを完全に翻弄し、アイシャの【神楽】がそんな二人をサポートする。
「さあ、最後は主が男を見せるところじゃぞ!」
頭の上のサラがバシバシとおでこのあたりを叩いてくる。
大丈夫かな……俺、他のみんなほど強くないんだけどな……。
「逆鱗があるのは彼奴の顎の下じゃ。うまく喉許に潜り込めれば……」
しかし、サラは俺の危惧などはじめからまったく気にしていないようだった。
そのままドレイクを走らせると、剥き出しにした牙の間からドス黒い血を滴らせ、怒りにその眼を血走らせながらこちを睨みつけるリンドブルムの正面に回り込む。
《侮ったわ……これが神の力か!》
「今さら遅いわ。貴様の命運はここまでじゃ!」
煽るな煽るな。やるのは俺なんだから……。
――と、そんな俺に注視するリンドブルムの隙をついてか、スカルワイバーンがぐるっと低空で旋回しながらその頭部に突撃してきた。
いきなり横っ面に骨竜の体当たりを食らって、リンドブルムもたまらず体勢を崩す。
その瞬間をサラが見逃すはずもなく、ドレイクは姿勢を低くしながらリンドブルムの顎下に滑り込むように飛びかかっていく。
「見えるか!? あれじゃ!」
そう言ってサラが指差す先には、確かに一枚だけ奇妙な形の鱗があった。
俺はドレイクの背中の上で長剣を構えると、ドレイクの突進の勢いも乗せてその鱗に渾身の力で切っ先を突き立てた――が、強靭な鱗の前にその一刀はあっさりと弾かれてしまう。
か、堅いんだが……!?
「なんじゃそのナマクラは!」
サラが怒ったようにポカポカと俺の頭を叩いてくる。
そ、そんなこと言われてもさ……。
《ナマクラではありません》
うおっ!? 脳内音声さん!?
ふ、不肖の従魔が失礼なことを言ってすみません……。
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