第三八章 ドラゴン退治

 アイシャは地を這うような低い姿勢で駆け出すと、一気にワイバーンへと肉薄した。

 一方、ワイバーンもアイシャの気配を察知しているらしく、その場で地団駄を踏むように脚を踏み鳴らし、さらにはその翼を前脚のように地面に叩きつけはじめる。

 もちろん、狙いもろくに定まらないそんな攻撃をまともに食らうようなアイシャではないが、あまりの猛攻になかなか反撃の隙を見いだせないようだった。

 ならば、ここは俺が注意を引くしかあるまい。


「【シールドタウント】!」


 そう叫びながら、歪な形にヘコんだ盾と長剣を打ち鳴らす。

 ゴワンゴワン――と、いつもとは違った間抜けな音が響いたが、それでもワイバーンの注意を引くには十分だったようだ。

 ラシェルによってその眼は潰されているはずだが、音だけでも正確にこちらの位置を把握できるのか、ワイバーンの体がグルッと俺のほうへと廻ってくる。

 その足許で、こちらを見るアイシャが待ってましたとばかりにニヤリと笑うのが見えた。


「【神速迅雷・滝登り】!」


 アイシャが腰構えに段平を握ったまま低い姿勢を取り、そのまま大地が爆ぜるほどの爆発的な跳躍とともに神速の斬り上げを放つ。

 その一太刀はシエラが傷つけていた首をさらに深く抉り、傷口からドス黒い血しぶきが噴水の如く吹き出した。

 ——しかし、アイシャの舞はまだ終わらない。

 天高く飛び上がったアイシャはそのまま大上段に段平を構え直し、空中からさらにワイバーンを強襲する。


「【乾坤剣戟・雷落とし】!」


 まるで上方から見えない力で押し出されたかのように、アイシャの身体が急降下する。

 そして、文字どおり稲妻の如く襲いかかるアイシャの一刀は、そのあまりの疾さに大地すら鳴動させながら、ついにワイバーンの首を両断してみせた。


「キョウスケ!」


 ――と、ラシェルがこちらに向かって弓を構えながら声を上げる。

 その弓が狙う先を振り返ると、遅れてこちらに気づいた二匹のドレイクがのそりのそりとこちらへ距離を詰めてきている姿が見えた。

 どうやらこの二匹にも【シールドタウント】の効果が及んでいるようで、どちらの敵愾心も俺に向いているように思える。

 対ワイバーン戦では女性陣に頑張ってもらったことだし、俺も男を見せるとしよう。


「あたしもね! 【サイドワインダー】!」


 ラシェルが俺の背後で立て続けに矢を放つ。

 飛翔する矢弾はヘビが這うようにうねりながらドレイクに向けて空を裂くと、避けようと姿勢を低くするドレイクの動きを追うように、弧を描きながらその首筋に突き立っていく。

 苦悶の声を上げながらドレイクがその足をとめ、ラシェルはさらに追い打ちをかけるように怒涛の勢いで矢弾を撃ち込んでいく。

 と、とんでもない速度だ……ま、マシンガン……?


「力が溢れ出てくる……!」


 何やらラシェル自身も自分の力に驚きを隠せないでいるようだ。

 まあ、ステータス補正だけで考えてもたぶんすごいことになっているだろうしな……。

 このまま一匹はラシェルに任せてしまって、俺はもう一匹の相手をしよう。

 俺は無傷なほうのドレイクの正面に躍り出ると、その足許に向かって魔術を放つ。


「【ライトクレイモア】!」


 ドレイクの腹の下の地面に陣が描かれ、ふわりと光球が浮かび上がる。

 何はなくともとりあえずは地雷設置だ。

 しかし、ドレイクはすぐに【ライトクレイモア】の脅威を感じ取ったのか、その場を大きく飛び退いて距離を取った。

 なるほど。下級とはいえ、このあたりの感性はさすが竜族だな。


「【エクスプロッシブ】!」


 俺は牽制に爆破魔術を放ちながら、ドレイクに向けて地を蹴った。

 ドレイクの足許に光が収束していき、危険を察知したドレイクがその巨躯に見合わぬ身軽さで飛び跳ねながら爆風を避けると、そのままの勢いで俺のほうへと飛びかかってくる。

 俺は鈎爪によるその攻撃を盾で受け流しつつ腹の下に潜り込み、長剣を構えながら吠えた。


「【マルチウェイ】!」


 振り抜いた剣閃とともに無数の残像が現れ、それらが実体を伴った斬撃となってあらゆる方向からドレイクの体を斬り裂いていく。

 斬撃の痛みにドレイクがくぐもった雄叫びを上げ、腹の下の俺を押しつぶそうと怒り任せにのしかかってきた。

 俺は慌ててドレイクの下から転げ出ると、今度はそのドテッ腹に向かって魔術を放つ。


「【エクスプロッシブ】!」


 ドレイクはすぐに回避しようと体を起こすが、今回はこちらのほうが早い。

 ほとんど触れるほどの距離で炸裂した光熱波にはさすがのドレイクも耐えきれず、体勢を大きく崩してその躰を横倒させた。

 俺は素早く盾を構えると、そのままこちらに向けて無防備に曝け出された腹部を狙って突進する。


「【シールドスマイト】!」


 ドンッ! ――と、全身全霊で放ったその一撃は、俺の力が【絆】スキルで強化されていることもあってドレイクの巨躯すら吹き飛ばすほどの威力を持っていた。

 何度も腹部を狙い撃ちされてさすがに内蔵にもダメージを負ってきたのか、大地を転がりながらドレイクがドス黒い血を吐いている。


 ――さあ、仕上げの時間だ。


 乱戦になればソレへの注意が削がれるであろうことは分かっていた。

 俺は憤怒に燃え上がる双眼でこちらを睨むドレイクに向き直ると、頭の中で念じた。


 ドレイクが無様に転がっているその場所は、【ライトクレイモア】の真上だった。


 ドレイクの足許で光が弾け、放たれた無数の光刃がその腹部に巨大な穴を穿った。

 ドロリと腹から臓物をこぼれさせながら、ドレイクが低い声で呻き声を上げる。

 こちらを睨む双眼は未だ戦意を失っていないようにも見えたが、やがてその四肢から力が抜けていくとともに、瞳からも光が失われていった。

 よし、なんとかなったな……。


 ――そうだ! ラシェルのほうはどうなった!?


 見やると、少し離れたところでもう一匹のドレイクが全身に突き刺さったオレイカルコスの矢のせいでウニみたいになっていた。

 当然ながら、すでに絶命しているようだった。


「すごいわね! オレイカルコスの矢って、ほんとに無限に出てくるのよ!」


 いや、すごいのはおまえだよ……。


 放置していたワイバーンのほうがどうなったのかとそちらのほうを見やると、何やらサラがその亡骸に対しておかしな真似をしている最中のようだった。


「おかしな真似とはなんじゃ! ワシはドラゴンリッチなるぞ!」


 怒られてしまった。

 ドラゴンリッチがなんなのかは未だによく分からないが、地面に展開された巨大な陣を見るかぎり、どうやらワイバーンの亡骸に対して死霊術を行使しているところであるらしい。

 やがて首のないワイバーンの亡骸がビクビクと震えだしたかと思うと、生まれたての子鹿を想起させる頼りない足取りながらもゆっくりとその場に立ち上がりはじめる。

 さらに切断された首がふわりと持ち上がり、そのまま体のほうまで浮遊して傷口同士が近づいたかと思うと、何やらドロリとした液体が現れて切断面が修復されていった。


「き、気持ち悪いなー……」


 やたらギョロギョロと動くワイバーンの血走った双眼を見つめながら、アイシャが率直な感想を漏らしている。

 というか、これってワイバーンを不死化させたということなのかな。

 確かにワイバーンをこちらの味方にできたなら戦力としてかなり頼りになることは間違いないだろうが、とはいえ、もうドレイクは俺たちの手で討伐してしまったしな……。

 

「これで終わりのわけがあるまいよ」


 シエラの頭の上に立って俺の顔をじっと見つめながら、サラが言った。

 終わりではない……? どういう意味だ……?

 その表情は真剣そのもので、少なくとも冗談を言っているようには見えない。

 ただ、サラの下ではシエラもキョトンとした顔をしており、ラシェルのほうを見てもとくに何かを警戒しているようには見えなかった。

 少なくとも二人の探知能力には何も感知されていないということになるが……。


「シエラ、今度はドレイクを使役しにゆくぞ」

「え? あ、うん。分かった」


 サラとシエラはそのままドレイクの亡骸のほうに歩いていき、不死化されたワイバーンものそりのそりと忠実にその後ろをついていく。

 残された俺とアイシャはわけも分からず顔を見合わせることしかできない。


「これで終わりなんじゃないの?」


 いや、俺もそう思うのだが……。


 ラシェルのほうを見やると、どうやら彼女は倒したドレイクから金目になりそうな素材を剥ぎ取ろうとしていたらしく、横槍を入れてくるサラに文句を言っているようだった。


「牙とか爪とか、良い値で売れるのよ!」

「牙も爪もないドレイクでは戦力にならんじゃろうが!」


 やはりサラは戦力としてレッサードラゴンの亡骸を不死化しようとしているらしい。

 しかし、いったい何故……?


「あれ……?」


 ふと、何かに気づいたのか、アイシャが空を見上げながらポツリと言った。

 つられて見上げると、遥か上空に何やら米粒大の黒い影が浮かんでいるのが見える。


「何だろ、あれ」


 手で庇を作りながら、雲一つない空を見上げる。

 空に浮かんだその影は最初こそ米粒大だったが、よくよく見ていると少しずつそのサイズを大きくしているようにも思えた。

 もしや――何かが遥か上空から降りてきているのか……?


「……きたか」


 サラがポツリと呟いた。

 その瞬間――ゾワリと背筋が凍りつくような感覚に襲われる。

 それは他のみんなも同様だったようで、まるで急に周囲の温度が下がったかのようなその不気味な感覚に、誰しもが得体のしれない恐怖を感じているようだった。


「主よ、まずはワシに話をさせよ」


 ドレイクの亡骸に死霊術を施しながら、サラが言った。

 それがどういう意図を持って発された言葉なのかは分からなかったが、俺はもう返事を返すこともできずにただ空の浮かぶ影に視線を奪われていた。


 ――それは、巨大な竜だった。

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