第三七章 レッサードラゴン
それからやいのやいのと他愛のないやりとりをしつつ山道を登っていると、不意にラシェルが山頂のほうを見つめたまま足をとめた。
「……アイシャ、ホントに山頂にいる魔物ってヴァーチャーなの?」
そう言うラシェルの声は、これまでの雰囲気とは明らかに違う真剣なものだった。
彼女の【探知】スキルが何かおかしなものでも感知したのだろうか。
「え? 昨日見に行ったかぎりではヴァーチャーしかいなかったはずだけど……」
アイシャはキョトンとしている。
しかし、俺の隣でシエラも何やら不安そうな顔をしており、サラに至ってはシエラの頭の上に立ち上がって山頂方面を睨みつけている。
「明らかにヤバそうなやつがいる気配なんだけど……」
ゴクリと息を飲みながらそう言うラシェルに、サラが険しい面持ちで行った。
「……竜じゃな」
竜――だと……!?
もしそれが本当だとしたら、わりと一大事ではないか……?
下級のレッサードラゴンでさえ、あのアリオスたちと一緒に戦ってはじめて対応に渡り合えたほどの脅威なのだ。
まあ、仮に山頂にいるのがレッサードラゴン一匹くらいであれば、今の俺たちならなんとか撃退するくらいはできるかもしれないが……。
「それが、どうにも一匹ではなさそうなのよねぇ……」
ラシェルが顎の下の汗を拭っている。
おいおい、マジかよ……。
「ほ、ホントに? でも、昨日までは竜なんていなかったよ?」
アイシャが申し開きをするように慌てた様子で言う。
もちろん、誰もアイシャの言っていることを疑っているわけではない。
ただ、ラシェルの【探知】スキルが強敵の気配を感じ取ったというのであれば、それもまた間違いないことなのだと思う。
ましてや竜の王に所縁のあるサラがその脅威を竜だと確信を持って言うのであれば、もう山頂には竜がいるものと認識しておいたほうが無難だろう。
となれば、一度戻って腕に自信のある冒険者でも集めたほうが良いだろうか……。
「……いや、あたしたちだけでもきっとやれるはずだわ」
――と、ここにきてラシェルが背負っていたオレイカルコスの弓を構えながら言った。
ま、マジですか……?
あるいはいくら手強い相手と言えど、ラシェルの【探知】スキルで感じ取れるオーラの強さを見るかぎりでは俺たちとそこまで大きな差がないということなのだろうか。
「そんな感じね。数はいるけど……今のあたしたちなら勝てると思うわ」
「スゴ……探知スキルってそんなことまで分かるんだ?」
アイシャが驚きに目を丸くしている。
まあ、ラシェルの【探知】スキルが別格なだけのような気もするが……。
「シエラは無理してはならんぞ。おぬしは魔族とは言え幼体じゃし、何よりワシらと違ってまだステータスの恩恵を受けておらんからの」
「うん、分かった」
「とはいえ、ワシらが力を合わせれば無敵じゃ。存分に暴れるが良いぞ」
「ムテキ!」
なにやら従魔コンビは従魔コンビで互いを鼓舞し合っているようだ。
なんか俺も相手がいないと寂しいな。盾にでも話しかけておくか……。
いつも投げたり叩きつけたりしてスマンが、今回もよろしく頼むぜ、相棒――。
「あんたの相棒はあたしでしょっ!?」
ぐおっ!? な、殴るな! 蹴るな! そうやってすぐに暴力に訴えたらダメっ!
油断した……まさか盾にまで嫉妬されるとは。
まあ、相棒とは言うものの、俺はどちらかというと盾の扱いが雑なほうなので、実はこの盾もすでに三代目か四代目だったりする。
俺がこの世界に降り立ったときに携えていた長剣は頑丈なので今なお現役なのだが、盾に関しては投げたり殴りつけたりすることも多いので、すぐにダメになってしまうのだ。
そういう意味では、むしろ長剣のほうが相棒感があるかもしれないな。
俺自身が盾戦士ということもあって、剣が相棒というのも若干の違和感はあるが……。
「剣でも盾でもどうでもいいわよ! あんたのパートナーはあたし!」
ぐおお、首を締めるな! 死ぬから! 戦う前に死ぬから!
「ら、ラシェル……なんかスゴイね……強いオンナって感じで、カッコいいかも……」
何故かそんな俺たちを遠巻きに眺めるアイシャはその目をキラキラと輝かせていた。
いや、確かに強い女ではあるのだろうが、間違っても憧れたりはせんでくれよ……。
《スキル派生の条件を達成しました。【絆・愛器】を獲得しました》
ぬあっ!? ついに装備品とも絆を獲得したってコト!?
※
:絆・愛器 【武具もまたともに戦う仲間です(【装備適正】による補正の強化に加え、装備品の耐久性が向上します)】
※
いよいよ目的の山頂に辿り着いた俺たちは、少し離れた岩陰から魔物たちの群がる岩場の様子を窺った。
大方の予想どおり、そこには何頭かのレッサードラゴンの姿が見える。
一方で昨日までいたというヴァーチャーの姿は見えず、地面に血の跡が広がっているところから見るに、どうやらレッサードラゴンたちの餌となってしまったらしい。
レッサードラゴンの数は全部で三匹――翼を持たないドレイクと呼ばれる種類のものが二匹と、逆に前脚が翼になっているワイバーンと呼ばれる種類のものが一匹だ。
鱗の色はいずれもくすんだ暗灰色をしており、体長はドレイクが10メートルほど、ワイバーンはさらに大きく15メートルほどはあるだろうか。
念の為、俺は【観察】スキルでレッサードラゴンたちを確認してみることにする。
:種族 レッサードレイク
:状態 敵対(非認識)
:危険度 中
:職業 レッサードレイク
:状態 敵対(非認識)
:危険度 中
:職業 レッサーワイバーン
:状態 敵対
:危険度 強
――待て、どうしてドレイクは(非認識)となっているのに、ワイバーンにはそれがついていないんだ……?
俺が【観察】の結果に戦慄していると、それまで悠然とその場を歩いているだけだったワイバーンが突如として翼をはためかせ、勢いよく空へと舞い上がった。
ま、マズい――! 俺は大慌てでその場にいる全員を無理やり地面に伏せさせると、その上に覆いかぶさるようにして頭を抱えた。
瞬間、俺たちが身を隠していた岩の上部が爆裂したように吹き飛んでいき、頭上を熱線のような業火が貫いていく。
ワイバーンが空中から放ったブレスだ。
身を低くしていなければ、俺たちも体ごと焼き尽くされていたかもしれない。
「や、やっばぁ……! あんた、相変わらずよく気づくわね!」
ラシェルが冷や汗を拭いながら転げるように身を起こし、そのままオレイカルコスの弓を構えると、悠然と宙を舞うワイバーンに向けて矢を放つ。
しかし、ワイバーンは空中で器用に機動を変えてそれを躱し、そのままぐるりと旋回してこちらに向き直ると、今度は一直線に俺たちのいる場所目がけて滑空してきた。
さすがにそんな見え見えの突撃を食らうほど俺たちも間抜けではないが、このまま好きにさせていてはいつまでたっても相手のペースだ。
「【シールドスマイト】!」
俺は雄叫びを上げながら盾を構えると、巨大な顎を開いたまま飛来してくるワイバーンの鼻っ面に向けて、渾身の力でそれを叩きつけた。
ゴィンッ! ――という鈍い音とともにその首があらぬほうへと曲がり、そのまま着地に失敗したワイバーンが砂埃を撒き散らしながら岩場を転げていく。
一か八か、これまで獲得した【絆】スキルによって頑強さを増した俺の体ならワイバーンの突進にも耐えきれると信じてのカウンターだった。
やれるだろうと踏んではいたが、いざ実践してみるとなかなかに肝が冷えるな……。
というか、今ので盾がベッコリとヘコんでしまった。
この戦いが終わったらコイツも引退か……今までありがとう……。
「す、すごいよキョウスケくん! アタシもやるぞー!」
なにやら感銘を受けてくれたらしいアイシャが、その瞳に戦意の炎を滾らせている。
そのまま低く身構えて腰に佩いた段平を抜き放つと、反対の手に携えた鈴楽器を揺らしてシャンシャンと涼しげな音を奏でながら、その場で不思議な舞を踊りはじめた。
「【戦神楽・修羅】!」
シャン! ——と、鈴の音が終わり、その瞬間、アイシャを中心に不可視の波動のようなものが広がる。
その波動を浴びるや否や、体の奥底から力が湧き出してくるような不思議な感覚が体を包み込んだ。
――これは強化付与の力だ。
なるほど。どうやらアイシャの【戦巫女】という職業は、剣士でありながら強化付与を行うこともできるらしい。
「シエラ、剣を抜け! 彼奴が二度と舞い上がれぬように翼の根元を斬るのじゃ!」
「分かった!」
シエラもブロードソードを抜き、弾丸のような速度でワイバーンに向けて疾駆する。
一方のワイバーンはようやくその躰を起こそうとしているところだったが、完全に体勢を立て直すより早く、その足に向けてラシェルが矢を撃ち込んでいた。
銃弾のように立て続けに打ち込まれるオレイカルコスの矢弾に、ワイバーンが苦悶の声を上げながらラシェルを睨みつける。
その双眼は怒りに炯々と輝き、口の端から火の粉が噴き出しはじめていた。
――ブレスの予兆だ! だが、今ならまだ間に合う!
「【エクスプロッシブ】!」
ワイバーンが顎を開こうとする瞬間、その鼻先に俺が爆破魔術を放った。
光が収束していくと同時にワイバーンの口から業火の奔流が漏れはじめ、今まさにブレスが放たれようとするその瞬間――先に炸裂したのは【エクスプロッシブ】のほうだった。
爆裂する光熱波と襲いかかる衝撃にワイバーンが大きく首をのけぞらせ、その口蓋で行き場を失った業火が暴発する。
もっとも、ワイバーンの体——とくに口や頭部の周辺は熱に対して強い耐性を持っているはずなので、この程度で致命傷にはならないだろうが……。
「ナイスアシスト! 一気に畳みかけるわよ!」
ラシェルが鬨の声を上げ、さらにオレイカルコスの弓を射る。
放たれた矢はワイバーンの両眼に突き刺さり、絶叫にも似た咆哮がその口から放たれた。
さらに左右から挟み込むようにアイシャとシエラが距離を詰め、それぞれの手にした獲物で翼のつけ根をバッサリと斬りつける。
「さあ、これでもう空には逃げられないよ!」
「シエラ、そのまま此奴の首を刎ねてしまうのじゃ!」
「分かった!」
シエラは視界を潰されて暴れるワイバーンの首の下まで滑り込むと、そのままピョンと跳躍してその背に飛び乗り、そこから背中を蹴ってさらにもう一段高く跳ぶ。
そして、大上段に剣を構えると、そのまま丸鋸のように自身の体を高速回転させながらワイバーンの首に斬りかかった。
「【ウィンドミル】!」
シエラの雄叫びとともに鮮血が迸り、ワイバーンの苦悶の声が木霊する。
しかし、そんな渾身の一撃も首を両断するまでには至らず、ワイバーンは血反吐を吐きながらも己の脚で体勢を立て直し、躰を旋回させながら長い尻尾を打ち据えてきた。
と、とんでもない生命力だ……。
俺はすぐさまシエラの側に駆け寄ると、狙いも定めず滅多やたらに振り回される尻尾を長剣とヘコんだ盾でなんとか捌きつつ、シエラを後方に退避させる。
「ううう……シエラ、力が足りなかった……」
シエラはワイバーンを仕留めきれなかったことにショックを受けているようだった。
気にすることはない。むしろ、十分すぎるほどよくやってくれた。
ここまで手傷を負わせられたなら、あとはラシェルとアイシャがやってくれるはずだ。
「任せてよ!」
アイシャが二カッと笑って応じ、鈴楽器を腰に差し戻しながら両手で段平を握り直した。
※脚注 段平(だんびら)とは身幅の広い刀を指す言葉となります。
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