第三五章 シエラの才能

 俺がギョッとして手を離そうとすると、アイシャが空いたほうの手で腕を掴んでくる。

 そして、そのまま目線だけこちらに向けて、熱い吐息を漏らしながら言った。


「なんでかな……? キョウスケくんの裸を見てから、ココがずっと熱いの……」


 そう告げるアイシャの目尻には薄っすらと涙の粒が浮かんでいるようにも見える。


「キョウスケくん、アタシのカラダ、変になっちゃった……このままじゃ、魔物退治に行けないよ……」


 そう言いながらも、モゾモゾともう片方の手が何かをまさぐっている。

 マズい……マズいですよ……コレはとんでもないことになってしまった……。

 ど、どうする……? ラシェルに相談するか……?

 俺がここで勝手なことをしたら、わりとマジで殺される可能性もあるよな……?


「……話は聞かせてもらったわ」


 な、なにやつッ――!?

 思わず声のしたほうを振り返ると、何故か扉の前にラシェルが立っていた。

 ど、どうしてラシェルがここに……!?


「どうやら、知らないうちにあたしの探知スキルも進化したみたいでね……」


 ラシェルがしたり顔でファサッと前髪を掻き上げた。

 そして、そのまま力強く俺に人差し指を突きつけながら告げる。


「エッチな雰囲気も察知できるようになったのよ!」


 ま、マジかよーっ!?


     ※


 ――暗い部屋の中、ベッドの上で影が蠢いている。


「こ、こんなのが本当に入るの……?」

「大丈夫よ。力を脱いて」


「どう? 自分でするのと比べて……」

「ん、あッ……だ、だめっ……頭がおかしくなっちゃう……ッ!」


「……ま、待って……もう一回……あと一回だけでいいから……」

「もう、魔物退治に行く時間がなくなっちゃうわよ?」


 ――ベッドを軋ませながら、影はなおも蠢き続けている。


《スキル派生の条件を達成しました。【絆・指導】を獲得しました》

《スキル派生の条件を達成しました。【絆・契り(多種族)】を獲得しました》

《【絆・契り】の派生条件を達成しました。【絆・契り(葉崩)】を獲得しました》


     ※


 三人で連れ立って一階まで戻ってくると、奇妙なことに売り場からシエラとグスタフの姿が消えていた。

 ラシェル曰く裏庭のほうに気配があるとのことだったので工房のほうに回って裏庭に抜けると、そこでは何故かシエラとグスタフが木剣を片手に打ち合い稽古を行っている。

 いったい俺たちが席を外している間に何があったのだろう。

 ——というか、ものすごい速度で打ち合っているのだが、シエラってこんなに剣の扱いうまかったのか……?


「おそらく主のスキルのせいじゃろう。あやつ、知らぬ間に剣技Sランクになっておるぞ」


 地面の上に置かれた鞄からニョキッと頭だけ出して、サラが言った。

 サラの姿を初めて見るアイシャが興味深そうに彼女を見つめていたので、いちおう軽く紹介もしておく。

 というか、俺と従魔の間で一部のスキルが共有されるというのは知っていたが、まさかその一部に技能スキルが含まれているとは……。


「ねえ、それってつまり、キョウスケの剣技スキルがSになってるってこと?」


 ハッとしたようにラシェルが言う。

 確かに、言われて気づいたが、そういうことになるな。

 もともとの俺の【剣技】スキルがAランクだから、そこから【契り】スキルで3段階の補正がかかってSランク——。

 いや、実際は【絆・契り(菊一文字)】でさらに補正されているはずだから、実質Sよりもさらに上か……?


「す、すごいじゃん! キョウスケくん、アタシたちも打ち合い稽古してみようよ!」


 何故かアイシャのほうが大喜びである。

 そうか。オーガ族は自分より強い異性を好む傾向にあるから、俺が強くあれば強くあるほど嬉しいのかな……。

 いやしかし、今はシエラとグスタフの様子も気になる。


 グスタフの技巧はやはりステータスやスキルだけで測れるものではなく、その巧みな剣捌きは経験の浅いシエラを鮮やかに翻弄しているように見えた。

 しかし、シエラは獣のような反応と身のこなしであらゆる方向から襲いくる剣戟を巧みに躱し、技術もへったくれもない野生味のある一撃をグスタフにお見舞いしている。

 そして、その一撃がどれも目で追えないレベルで早いのだ。

 熟練の勘があるグスタフだからこそ捌けていると言っても過言ではないだろう。

 実際、グスタフの顔にも明らかに焦りの色が見える。


「シエラ、ちょっと前までのキョウスケより強そうに見えるけど……」


 ラシェルも驚きを隠せないようだ。

 いや、実際に強いと思いますよ……。

 というか、シエラはそもそもまだステータスの恩恵を受けていないはずなのだ。

 それでいて【剣技】スキルの補正だけでこれだけ立ち回れると言うなら、魔族の持つ素のポテンシャルというのは本当に計り知れないものなのかもしれない。


「うむ。そもそも魔族は単体でも竜の王に匹敵するレベルの脅威じゃ。本来であればヒト族の勇者パーティが総力を結集してようやく渡り合えるレベルの存在じゃぞ」


 サラがまた鼻をニョキッと伸ばして天狗にしている。

 どういう身体構造だ……?


「へええ。あたしたち、レッサードラゴンみたいな下級の竜とは対峙したことあるけど、魔族だったりリンドブルムみたいな大物とは戦ったことないのよねぇ」


 腕組みをしながら、ラシェルが唸るように言った。

 レッサードラゴンというのは、鱗の色や翼や四肢の有無に関わらず小型の竜族を示す総称である。

 ラシェルの言うように、俺たちはアリオスと一緒に冒険をしていたころに実際にいくつかの種類のレッサードラゴンを討伐した経験もあった。

 一方、リンドブルムと呼ばれるような巨大な体躯を持つ上位の竜族はそもそもその個体数も少なく、討伐は愚か実際に目にしたことすらない。


「ちなみにワシの原型である紅き竜王はなんと六百年前の転生者ロトスによって討伐された曰くつきの竜の王なのじゃ! その骨が巡り廻ってあの男の手に渡り、さらに数奇な命運によってワシという形での転生に繋がったというわけじゃのう」


 何やら感慨深げに言っている。

 実はけっこうすごいやつだったりするのか……?

 そういえば、サラが生まれ出でる過程であの死霊術師の力もそれなりに取り込んでいるはずだが、何かその因子的なものも混ざっていたりはしないのだろうか。


「まあ、リッチという形で死霊術は引き継いでおるが、あいにくとあの男の残滓と言えばそれくらいじゃのう。ワシのベースはあくまで紅き竜王よ。主の支配下にあるのもシエラの従魔契約の残滓による影響に過ぎぬしのう」


 まあ、その点については申し訳ないとしか……。


「よいよい。おかげで、というか……ワシもよもやこの期に及んであのような快楽を知ることができようとは思うまいよ。まさに僥倖であった」


 ムフフッとサラが不適かつ艶めいた笑みを浮かべてほくそ笑んでいる。

 その笑みに何かを察したのか、アイシャが急に顔を赤らめながら耳許に囁いてきた。


「あ、あんな小さな子とも、その……シたの? キョウスケくんのアレ……は、入るの?」


 ち、違います! 色々と事情があって……いや、その事情を説明するのも色々と気が憚られるんだけども……。


 ——と、どうでも良いことで慌てる俺をよそに、いよいよシエラとグスタフの打ち合い稽古はその決着がついたようだ。

 乾いた音とともに、グスタフの手から弾かれた木剣がカランと床に転げ落ちる。

 どうやら最終的にシエラの勝利となったらしい。

 グスタフは息も絶え絶えと言った様子で、どうやら最終的にはスタミナがものをいう形となったようだ。


「いや、大したもんだ。俺がもう少し若けりゃ、まだ勝負になったかもしれねぇが……」


 その場にしゃがみ込みながら、グスタフは素直にシエラの勝利を褒め称えていた。

 シエラはペコリとグスタフに頭を下げて礼を言い、それから俺のほうに駆け寄ってくる。


「マスター、シエラ、剣が得意みたい!」


 うむ。どうやらそのようだ。

 シエラが何かを求めるように頭を突き出してきたので、ワシワシと強めに撫でてやった。

 しかし、なんだってこんな打ち合い稽古をすることになったんだ?


「なに、その娘っ子がえらく真剣に売りものの剣を見てるんで話を聞いてみたら、興味があるって言うんでな。じゃあ、ちょっと振るってみるかと相手をしてみたら、このとおりよ」


 グスタフがうっそりと立ち上がり、疲れたように笑いながら言った。

 勝負に負けはしたが、その顔は何処か嬉しそうだ。

 やはりオーガ族は強いものに対しては敬意を払う習性のようなものがあるのだろう。

 うっかりグスタフがシエラに求婚しなければ良いが……。


「だ、大丈夫! シエラはマスターだけのものだよ!」


 何を察したのか、シエラが慌てたように俺の腕を掴んできた。

 う、うん。ありがとう……という答えで良いのか……?


「ねえ! ほら、次はアタシたちだよ!」


 ——と、落ちている木剣を拾い上げながら、今度はアイシャが辛抱堪らんといった様子で訴えかけてきた。

 うーむ、これから魔物退治だというあまり無駄な体力は使いたくないのだが……。

 まあ、それでも軽くつき合うくらいは良いかと思い、シエラから木剣を受け取って構えたその瞬間――何やら、これまでとは明らかに違う感覚が俺の中に生まれた。

 まるで一瞬、すべての時がとまったかのような、そんな静謐な気配に包まれたのだ。


 気づいたとき、視界からアイシャの姿が消えていた。

 どうやら合図も何もないままに稽古がはじまってしまったらしい。

 しかし、不思議なことに、俺には次にアイシャが何処から打ち込んでくるかが手に取るように分かっていた。

 俺はその場で鋭く足を引き、左側面に向き直りながら嬉々とした表情で斬りかかってくるアイシャの一撃を受けとめ——。


 そのまま、勢いのままに吹き飛ばされた。

 そして、たまたま後方にあった石像に背中を強く打ちつけ、無様に地面に転がった。

 衝撃で肺の中の空気を一気に持っていかれ、ゲホゲホと噎せながらなんとかその場に立ち上がる。

 すでに目の前にはアイシャが詰めていて、俺の鼻先に木剣を突きつけていた。


 あ、あれー? カッコつけたわりに、すごい勢いでやられてしまったんだが……。


「な、なんか、信じられないくらいパワーが湧いてくる……」


 アイシャも自分で自分の力に驚いているようだった。


「キョウスケのスキルのせいじゃない? この前のときと違って今回はたぶんもう仲間認定されちゃってるから、ステータス補正がヤバいことになってんのよ」


 ――と、遠巻きに俺たちの様子を眺めていたラシェルが、苦笑気味に言う。

 なるほど。その可能性は高そうだ。

 もともと高いアイシャのステータスが俺のスキルでさらに強化され、そこにオーガ族としての身体能力が掛け合わされれるのだ。

 その膂力はきっと計り知れないものとなっていることだろう。

 そもそもまともに受けてはいけなかった。回避するか受け流すべきだったのだ。


「じ、じゃあ……」


 アイシャがカランとその場に木剣を落とし、何故か頬を紅潮させながら俺の手をとってきたと思うや、潤んだ瞳でじっとこちらの顔を見つめてきた。


「こ、今回はアタシが勝ったわけだし、キョウスケくんのお嫁さんにしてもらえるってコトで良いんだよね?」


 あ、その話ってまだ有効だったんだ……?


「だ、ダメに決まってんでしょ! お嫁さんはダメーッ!」


 ラシェルがものすごい剣幕で吠え散らかしていた。


     ※


:絆・指導 【誰かに教え伝えることで、新たな気づきを得ることもあります(自身と仲間の成長速度に補正)】

:絆・契り(多種族) 【ついにすべての人種と交わりましたね(特技【マルチウェイ】を獲得)】

:絆・契り(葉崩し) 【松の葉が崩れるとは上手く表現したものです(体技、特技等で相手の体制を崩しやすくなります)】

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