第三四章 熱いカラダ
店に戻るというシンシアを送り出し、改めて魔物退治の準備をすると、俺たちはいったん雑貨屋に寄ってフィーに魔物退治のことを伝えた。
「うーん……ボクも手伝いたいところだけど、さすがに昼前にお店を閉めちゃうわけにもいかないからね。こう見えて、それなりにお客さんも来るんだよ」
フィーはそう言いながら、店内にいる何人かの冒険者風の客を指し示す。
曰く、この店では薬草やポーション類の他に魔導具や古代遺物の売買も行っているとのことで、それを目当てに訪れる冒険者も少なくないらしい。
ノティラスにも同様の商店はあるはずだが、それでもわざわざこの村まで足を運ぶ客がいるするということは、それだけこの店ならではの魅力があるということなのだろう。
「あら、今日はカーテン閉めてるのね。日差しがキツかったとか?」
不意にラシェルがそんなことを指摘してきて、カウンターの奥に座るフィーがビクッと肩を震わせた。
確かに、いつもなら開け放たれているカーテンが今日にかぎって締め切られているようだが――そうか、あの瞬間は俺しか見ていなかったのか。
「ま、まあ、そんなところだよ。キミたちも早めにカーテンを買ったほうがいいんじゃないかな。もし仕立て屋さんの場所が分からなかったら、今度また案内するよ」
「あら、ありがと。実はそろそろ服とかも新しいものが欲しかったところなのよ。シエラの分も買わないとだしね」
ラシェルは手を叩きながら素直に喜んでいる。
そして、そのままカウンターの上に視線を落とすと、そこに置かれている双眼鏡を手に取りながらニッコリと笑った。
「ところで、今日も双眼鏡のチェックをしていたの?」
「あ、あはは、念には念をと思ってね……」
こ、コイツ、本当は気づいてるんじゃないだろうな……?
※
フィーの雑貨屋を出たあと、俺たちは昨夜の森の一件があってから牧場の様子に何か変化があったかを確認しに行くことにした。
ちなみにラシェルの口からも少し出ていたが、今日はシエラにラシェルのチュニックを着てもらっている。
シエラは手足をはじめ、胸などの本来であれば下着で隠すような部位については獣毛で覆われているのだが、それでも裸で村の中を歩けば悪目立ちは避けられない。
それに加え、もう一人の目立つ存在であるサラについては、少なくとも村人の目につく場所にいる間はシエラの担ぐバッグの中に入っていてもらうことにした。
どれだけ隠そうとも時間が経てば少しずつ二人の噂は広まっていくだろうし、この村の人たちであればいずれ問題なく受け入れてくれることと思う。
ただ、だからといって当面は無用な混乱を避けたいというのが俺の思いだった。
「そうは言うが、こんなところに押し込められるのはさすがに無礼がすぎるというものぞ」
バッグの隙間から頭だけ出して、サラが不満そうに唇を尖らせている。
まあでも、そうやって顔だけチョコンと出してる姿はけっこう可愛いと思いますよ。
「む、そうか? ならば、今回は特別に許してしんぜよう」
俺の言葉にサラは一瞬だけ目を丸くすると、ニョキッと天狗のように鼻を伸ばしながら満足そうに頷いた。
こいつもわりとチョロいな……まあ、変に偏屈であるよりは御しやすくあるが。
「あ、ほら! 牛が外に出てるわよ!」
——と、視界の奥に牧場の牛舎が見えてきたところで、何かに気づいたラシェルが牧草地のほうを指差しながら声を上げた。
まだ俺の目には牧草地までは見えていないが、彼女の【探知】スキルが外に出た牛の気配を察知したのかもしれない。
ラシェルがテンション高めに牧場のほうへと駆け出していき、つられたようにシエラもそのあとを追っていく。
「待ってよ、ラシェル」
「ほら! 牛よ! うわぁ、くさいわねー!」
牧草地が一望できるところまで辿り着くなり、ラシェルが言った。
ただ、その口ぶりに対して実にご機嫌な様子である。
ウッドエルフとのハーフであることが影響しているのかどうかは分からないが、ラシェルは昔から動物好きなところがあった。
「ホントだ! おいしそう!」
「うむ! これはなかなか壮観じゃのう!」
シエラとサラも牧草地で悠々と牧草を食んでいる牛を見ながら目を輝かせていた。
うん、乳牛だからね……食べたらダメだよ……。
「キョウスケ! よく来てくれた!」
牧草地の柵に身を乗り出して牛を眺めている二人と一匹を遠巻きに眺めていると、通りを挟んで反対側にある農場のほうから声をかけられた。
見やると、マリーベルが泥まみれの軍手を外しながら駆け寄ってくる姿が見える。
彼女はそのまま俺の前までやってくると、両手を取ってギュッと握ってきた。
「ありがとな! 今朝から牛たちの機嫌が直って、またオモテに出てくれるようになったんだ! 乳の出もよくなった気がするし、ホントに助かったよ!」
「気にしないでよ。あたしたちもさっそく村の役に立てて良かったわ」
マリーベルに気づいたラシェルが柵から身を離し、こちらに歩いてきながら言う。
「ラシェルもありがとな! キョウスケはホントに良い嫁さんをもらったなぁ!」
今度はラシェルのほうに駆け寄り、彼女にも同様に感謝の握手を交わしている。
ラシェルも『良い嫁さん』と言われたのが嬉しかったのか、とてもご満悦そうだ。
「うちの牛乳が欲しいときはいつでも言ってくれな! 生乳でよければいくらでも分けてやるぞ! さすがに加工品までタダってわけにはいかないけどなー!」
ワハハと豪快に笑いながらマリーベルが言う。
牛乳だけでも十分にありがたい。
もし加工品を作る過程で余った乳清なども譲ってもらえれば、さらに嬉しいのだが……。
「おお、どうせ捨てるだけだからいくらでもやるぞ? でも、乳清なんか何に使うんだ?」
いや、乳清は筋肉にとって非常に栄養価の高い飲料だからな。
もうすっかりボディビルから遠ざかってしまった俺だが、できることなら筋肉も労わってやりたい。
こちらの世界のほうが、かつて俺がいた世界より筋肉の重要度も高いだろうしな。
「ふーん? まあ、欲しかったらいつでも言ってくれ!」
マリーベルはニカッと笑い、それからまた俺の手を取ってブンブンと振り回してから農場のほうへと戻っていった。
「マスター、乳清って何?」
牧場の柵に寄りかかったまま、顔だけこちらを振り返ってシエラが訊いてくる。
うむ。乳清というのは、牛乳からチーズを作る過程で分離される水分――とでもいえば伝わりやすいだろうか。
豊富なタンパク質を含んでいる液体なのだが、商品になるようなものではないので、大抵の牧場ではそのまま廃棄されると聞いたことがあったのだ。
「おいしいの?」
目を輝かせながらシエラが訊いてくる。
どうかな? 果汁を入れたり蜂蜜を混ぜたりしたら美味しいとは思うけど……。
「そうなんだ。シエラも飲んでみたいな。飲んだらマッチョになれるかな?」
ぶふっ……! マッチョは分かるの……!?
※
牧場への訪問のあと、俺たちは予定どおりグスタフの工房に向かった。
予定より少し早く着いてしまったのでまだ準備ができていない可能性もあったが、ひとまず声だけはかけてみようと中に入ってみることにする。
「ん……おまえたちか」
店頭にはアイシャではなくグスタフが立っていた。
店内にはちょうど売り物の家具を見に来た客の姿もあるようで、グスタフはその客にいくつかある木製の棚についてそれぞれの違いを説明している最中のようだった。
「アイシャなら部屋で準備をしているはずだ。俺は接客中なんでな。もし急ぐようなら自分で呼びに行ってくれ」
グスタフはそれだけ言って接客に戻ってしまう。
俺はどうするか相談すべくラシェルに声をかけようとして、彼女はおろかシエラたちの姿までもがいつの間に消えていることに気がついた。
店内をぐるりを見渡すと、家具コーナーとは反対側の壁に設えられたショーケースの前にシエラが立っており、その横でラシェルも一緒にケースの中を眺めている。
ショーケースにはガストンが造った刀剣類が飾られているようで、どうやらシエラはそれらに興味津々のようだった。
「あたしはここでシエラを見ておくから、アイシャに声をかけてきたら?」
ラシェルがそう言うので、俺はいちおうグスタフに一言声をかけてから二人の居住エリアとなっているニ階に上がらせてもらうことにした。
階段を上ってすぐのところはリビングになっているようで、その奥にアイシャとグスタフの私室があるという構造のようだ。
扉が二つならんでいて、どちらがアイシャの部屋かは分からなかったが、とりあえず手近なほうからノックして声をかけてみた。
――しかし、応答がない。
こちらはグスタフの部屋だったのかも知れないと思い、もう片方の部屋もノックして声をかけてみたが、やはりアイシャからの返答はなかった。
うっかり昼寝でもしてしまったのだろうか。
そんな可能性を思いつき、俺はもう一度だけノックをして声をかけ、反応がないのを確認してから恐る恐るゆっくりと扉を開いてみた。
扉の向こうは薄暗く、カーテンは閉め切られており、明かりもついていないようだった。
ただ、入ってすぐの壁側にドレッサーのようなものが置かれているので、どうやらこちらがアイシャの部屋で間違いなさそうではある。
この様子だと、本当に昼寝をしている可能性もあるな……そう思い、奥にあるベッドのほうを見やると、明らかに寝具が人の形に盛り上がっていた。
俺は思わず苦笑してしまいながら、今一度その場でアイシャに声をかける。
しかし、相変わらず応答はなかった。
ひょっとしたら、完全に熟睡してしまっているのかもしれない。
仕方ないので、俺はいちおう断りを入れてから部屋の中に入り、そのままベッドの側まで歩み寄って行った。
アイシャは頭まですっぽりと寝具を被って完全に寝入っているようだった。
俺はもう一度アイシャに声をかけてみたが、やはり反応がなかったので、今度は寝具の上から彼女の体を揺すってみることにした。
――と、そこで、俺はあることに気づく。
寝具の上から触っただけでも分かるほど、アイシャの体が熱くなっていたのだ。
耳を澄ませてみると、その息遣いも荒くなっていることが分かる。
ひょっとしたら、急に体調を崩してしまったのかもしれない。
いきなり失礼かもと思いつつも、心配のあまり俺は寝具をめくってしまった。
「キョウスケくん……」
アイシャは俺に背を向ける形で横向きに寝そべったたまま、体を小さく丸めていた。
どうやら寝ていたわけではなく、単に反応できなかっただけのようだ。
それほどまでに急速に体調が悪化してしまったのだろうか。
暗褐色であるアイシャの肌の色は暗い部屋の中だと紅潮しているのかどうかの判断はつかないが、気になってその額に手の甲で触れてみると、明らかに熱を持っている。
「んっ……! だ、ダメだよっ……!」
何故か妙に色っぽい声を出されてしまった。
なんだなんだ……?
ふと視界に入ったアイシャの腕を見ると、その手が伸びる先は――。
えっ……ま、待って……まさか、そんなことって……。
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