第三三章 魔物退治依頼

「さすがにお昼までには戻らへんとなァ……いや、分かってるねんけど……」


 ベッドの上でシーツにくるまりながら、シンシアがボソボソと一人で呟いている。

 そちらはもう放っておくことにして、俺はテーブルに移って器に入れられたジャガイモのポタージュに口をつけながらなんとはなしに窓の外を見やった。

 遠くに見える雑貨屋の窓辺で見知った顔がこちらを覗き見ているような気がしたが、俺の視線に気づいたのかすぐにカーテンが閉められてしまう。

 この家もできるだけ早急にカーテンを買ったほうがいいかもしれない。


「せっかく温めたのに冷めちゃったわね」


 ベッドの縁に座って下着を身につけながら、ラシェルが言った。

 同じベッドにはシエラも横になっていて、こちらは力なく天井を見上げたまま手足を投げ出し、大の字の格好で放心している。


「こんなにスゴいんだ……」


 ポツリとそれだけ言った。

 何がすごかったかのかは敢えて言及すまい。


「主を侮っておったわ。まさかあそこまでの技巧を持つとは、オトナのテクで魅了するなどと宣っておったワシが恥ずかしいくらいじゃ。この身の小ささが悔やまれてならぬ」


 俺の頭の上で尻尾をパタパタと振り回しながらサラが言った。

 さすがにこれ以上は勘弁してほしい。

 まだまだ体力に自信のある健全な男子だとは思っているが、さすがに限界はある。


「なんか、こんなふうになってくるとアイシャだけ除け者にするのも申し訳なくなってくるわね。今度、誘ってみようかしら……」


 しかし、俺の焦燥をよそにラシェルはそんなことを言っている。

 なんで急にガバガバになってんのよ……。


「だって、かわいそうじゃない? 確かにあんたを独占したい気持ちもあるけど、そのせいで悲しい想いをするヒトは出したくないの。むしろこの幸せな気持ちをみんなにも共有してもらいたいのよ。分かるでしょ?」


 いや、分からんが……。

 今更だけど、この世界の貞操観念って俺の認識とちょっとズレてるのかな。


「でも、あんたの一番はあたしなんだからね? そこだけは誰にも譲らないんだから」


 後ろからギュッと抱きついてきて、俺の頬に強引にキスしながらラシェルがそう告げた。

 そのまま隣の椅子に座り、不意打ちに狼狽える俺のことなど気にした様子もなく自分で用意した朝食を食べはじめる。

 うぬぬ……手玉に取られている感が……。

 俺は昨夜の残りである香草のサラダと茹でもどした干し肉を挟んだサンドイッチを食べながら、ふと視線を感じてベッドのほうを振り返る。

 そこでは、体を起こしたシンシアが何故か物欲しげな目でこちらを見ていた。


「なァ……今日も店が終わったらまた来てもええかな……?」


 す、好きにしたらいいんじゃないですかねぇ……。


「し、シエラはまだできるよ!」


 急にガバッとシエラもベッドから体を起こした。

 いや、そんなキラキラした目で見られても、ちょっと困っちゃうな……。

 

「ダメよ。ちょっとはキョウスケも休ませてあげないと、使いものにならなくなったらみんなが困るのよ? 食器片づけたいから、あんたもさっさとご飯食べちゃって」


 ラシェルが窘めてくれた。

 みんなが困るという点に関しては少し意味が分からなかったが……。

 ――いや、もう細かいことは気にしないでおこう。

 シエラは不貞腐れたように唇を尖らせていたが、それでもいちおう言われたとおりベッドからテーブルのほうに移ってきて用意された朝食を食べはじめた。

 見た目は完全にケモノ娘だが、従魔契約による知識の共有がうまく働いているのか、意外にもカトラリーの扱いについては問題ないようだった。

 

「シンシアさんも食べる? スープまだ残ってるから温めるけど」

「ん……ありがとう。スープだけもらおかな」


 シンシアがうっそりとベッドから起き上がり、散らばった自分の下着を探しはじめる。

 ラシェルが席を立って空になった自分の器と俺の器を取って炊事場のほうに歩いていき、空いた席に今度はしれっとシエラが移ってきた。


「えへへ……シエラ、マスターの獣魔になれてよかった」


 唐突にそんなことを言いながらこちらを見上げるシエラの笑顔は、控えめに言っても相当な破壊力を持っていた。

 くそっ……胸がキュンキュンするぜ……。

 しかし、言ってしまえば俺はそんな彼女の純真を利用するような形で勢いのままにその身を弄んでしまったのだ。

 それは決して良識ある大人のやっていいことではない。

 猛省せねば……。


「マスター、元気ない? シエラが元気にしてあげようか?」


 しかし、そんな俺の逡巡を知ってから知らずかシエラが覗き込んできて、その手をこちらの太腿に這わせてくる。

 いやいや、これで元気になっちゃうと本末転倒だからね……?


「うむ。さっそくワシの与えた叡智が役に立っておるようじゃのう!」


 頭の上でサラが得意げに言った。

 勝手にシエラをそっちの道に引きずり込まないでいただけますかね……。

 というか、いつの間にそんなやりとりしてたんだ?


「サラは、シエラに知識をくれるよ。なんかこう、ビビビって」

「主は知らなんだか。従魔間では知識や感覚の共有ができるのじゃよ」


 マジかよ。従魔って便利なんだな。


「うむ。つまり、シエラを通じてワシもまた快楽を享受できるというわけよ。まあ、どうせならワシも直接この身で主の性技を味わってみたかったがのう」


 もうその話はいいです。


「あれ……ウチのブラ、何処にいったか知らへん?」


 シンシアは脱ぎ散らかした下着がまだ見つからないらしく、パンツ一丁でベッドの周りを行ったり来たりしながら探し回っている。

 ベッドの隙間にでも落ちてるのでは――と、椅子から身を乗り出して振り返ろうとしたところで、不意に玄関の扉がノックされた。

 来客だろうか。また面倒なタイミングで来たものだ。

 実は俺もまだパンツ一丁なのだ。

 何も知らない者に今の俺やシンシアの格好を見られたら、どんな誤解をされるか分かったものではない。

 いや、どんなものであれ誤解ではないかもしれないが……うぬぬ……。


 慌てて服を着ようと動き出す俺とシンシアだったが、そこで問題が起こった。

 扉の向こうにいる客人が、なんとこちらの返答を待たずに扉を開けるタイプだったのだ。


「やっほー! こんにちは! 今日はこっちから遊びに来ちゃった!」


 ガチャッと勢いよく開いた扉の向こうにいたのは、アイシャだった。

 どのみち昼過ぎには稽古をしてもらうために出向くつもりだったのだが、まさか彼女のほうからこちらにやってくるとは。

 というか、いくらなんでも今はタイミングが悪すぎた。

 よりにもよってアイシャにこの状況を見られてしまうなんて……。


「……え? し、シンシア……? キョウスケくんも……な、なんで裸なの……?」


 玄関に立ちつくしたアイシャの顔がみるみるうちに赤く染まっていく。

 金色の瞳を丸く見開き、唇をアワアワと震わせて、それからゆっくりと俺とシンシアの姿を交互に見やった。


「ご、ごめん! 着替え終わるまで外で待ってるね!」


 バターン! ――と、勢いよく玄関の扉を閉めてアイシャが姿を消した。

 め、めちゃくちゃ気まずい……。

 俺は急いで着替えるようにシンシアに告げると、半眼でこちらを見やるラシェルの視線を感じながら慌てて自分の着替えを済ませ、改めて玄関の扉を開けた。

 扉の先では、借家の壁にもたれるようにしてアイシャがその場に座り込んでいた。


「ご、ごめんね……まさか……」


 こちらを見上げるアイシャは、まだ少し顔を赤くしていた。

 彼女はゆっくり立ち上がりながら、バツの悪そうな顔をして言った。


「ま、まさか……お風呂上がりだったなんて思わなくてさ!」


 ――う、うん? いや、まあ、うちにもシャワーくらいはあるが……。


「ホントにごめん! 次からはちゃんと確認してから開けるようにするから!」


 両手を合わせながら、可愛らしくウィンクをしてそう謝罪してくる。

 ひょっとして、何やら良い感じに誤解してくれているのか……?

 まあ、それならそれで適当に話を合わせておくか。

 だ、大丈夫、今度から気をつけてくれれば、ぜんぜん問題ないから……。


 ――というか、アイシャはどうしてここに?

 本当に遊びに来ただけなら、別にそれはそれでもちろんかまわないが……。


「あ、それなんだけどさ、実は裏山に魔物が住み着いちゃったみたいで、退治に行こうと思うんだけど、もし良かったら手伝ってもらえないかなーと思って」


 そう言って、アイシャは遠方に見える岩山を指さした。

 工房の近くにあるあの岩山である。

 なるほど。あんなところに魔物が住み着いたとあっては石材の調達で出入りするグスタフも不便を被るだろうし、何より村の治安という意味でも放置できるものではない。


 俺は二つ返事でその依頼を請け負うことに決めると、昼過ぎには工房に向かうからそこで改めて落ち合おうと提案した。


「分かった! ところで、ふと思ったんだけど……」


 アイシャはニッコリと笑って頷いたあと、何かを気にするように俺の肩越しに部屋の中を覗き込んだ。

 視線の先には、テーブルに座ってスープを啜っているシンシアの姿があった。


「なんでシンシアがキョウスケくんの家にいるの?」


 もっともな疑問を口にするアイシャのその一言に、シンシアの肩がビクッと震えた。

 あー、やっぱり、気になっちゃいますか……。

 ええと、その、実は昨日、うちで宴会があってですねぇ……。


「宴会!? なんだよー! それなら、アタシも呼んでくれればいいのに!」

「次はちゃんと呼ぶわよ。今夜なんてどう? 魔物退治が問題なく終わればだけど」


 ラシェルがニヤリと口の端に笑みを浮かべながら、口を挟んでくる。

 待て待て、今夜となると、シンシアがもうすっかりその気になっていてだな……。


「ホント!? やったね! 今夜が楽しみ!」


 俺の不安をよそに、アイシャは大喜びで破顔している。

 思わずラシェルを睨みつけたが、彼女は満足げに頷くだけで俺の都合など最初から気にもとめてていないようだった。


《スキル派生の条件を達成しました。【絆・宴】を獲得しました》


 ぬあっ!? 神まで宴を推奨していくスタンスってコト……!?


     ※


:絆・宴 【酒を酌み交わすことで見えてくるものもあります(飲食をともにした相手の信頼を得やすくなります)】

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