第三二章 悲願成就

 なんで!? なんで急に?

 あっ……酔ってる!? シンシアさん、実は酔ってますか!?

 だ、駄目ですよ。勢いでそんなことを言ったら……。


「……逆に勢い以外でどうやってこないなこと言えゆーねん!?」


 ギュッとシンシアが俺の太腿を強く握ってきた。い、いてえ。

 何か導火線に火をつけるような発言でもしてしまったのか、シンシアがものすごい形相で俺の顔を睨みつけてくる。


「今までしっかり考えて、しっかり迷って、足踏みして……そうやってマゴマゴしとったから横から掻っ攫われてもうたんよ! ウチにはもう勢いしか残されてへんねん!」


 そう言って食ってかかるシンシアの目許には、薄く涙が溜まっているように見えた。

 間違いなく悪酔いしているのだとは思うが、同時に彼女なりの切実さも感じる。

 シンシアは俺の肩に額を埋めるように身を寄せてくると、そのまま涙声で訴えてきた。


「一目惚れだったんよ……でも、ウチはもう二五の生き遅れで、あんたみたいな若い子はウチみたいなんに言い寄られても迷惑やろなって思うてもうて……」


 い、いや、二五歳で生き遅れだなんてまったく思わないが――でも、そうか。この世界では人間族の結婚適齢期がかつて俺のいた世界よりずっと早いのかもしれないな。

 実際、中世期などは十五歳くらいで結婚することも珍しくないはずだったし……。

 いやしかし、いくら寝ているとはいえ、目の前にラシェルもフィーもいる状況でそんなことを言われても……。

 ——ん? 待て、おかしい。なんだろう、何か違和感がある。

 ほら……よく見ると、ラシェルの瞼がピクピクと動いて……。


 あっ……こ、コイツ、分かったぞ!

 狸寝入りだ! 最初から寝たふりをしていやがった!


「……バレちゃったみたいね」

「キョウスケがどう応じるのか楽しみにしてたんだけどな」


 フィーもかよ!? おまえら、いったいなんの目的で……。


「シンシアさんの想いを成就させるためよ!」


 バンっとラシェルがテーブルの上を平手で叩いた。

 とくに事前の打ち合わせがあったわけではないらしく、シンシアもシンシアで俺の隣で目を白黒させている。

 というか、どう考えてもそれって大きなお世話なのでは……。


「そうかな? シンシアは遊びでも良いからキョウスケと関係を持ちたいって言ってるんだし、それってつまりボクたちがちゃんと背中を押してあげれたってことだよね?」


 ミニボトルの麦酒を直接グイッと煽りながら、したり顔でフィーが告げた。

 なかなかに男らしい呑みっぷりだ。

 どうやらこちらも完全にデキ上がってるようだ。


「あたしはね、キョウスケのことを愛してるヒトにはみんな幸せになってほしいの。みんなでこの幸せを分かち合いたいのよ。もちろん、一番愛されるべきはあたしなんだけど!」


 ドンッと自分の胸を拳で叩き、自分のマグに入った蒸留酒を勢いよく呷る。

 ヤバい。コイツらに酒を飲ませるとこうなることは分かっていたはずなのに、どうしてセーブさせることができなかったのだろう。

 いや、どうせ無駄な足掻きか。

 俺が気づいたときにはもうフルスロットルだったものな……。


「ど、どういうこと?」


 シンシアが何か恐ろしいものでも見るように目の前の二人を見つめながら、俺の腕を掴んで震えている。

 うん。申し訳ないけど、俺にもちょっと分からないかな……。


「いいからいいから! まずは呑み直しましょ! 夜はまだ長いんだから!」

「そうそう。まだお酒はいっぱいあるんだよ。呑もう呑もう」


 そう言いながらラシェルが誰にともなく乾杯の仕草をして、フィーは自分の鞄の中から新しい麦種のボトルを取り出している。

 きっともう抵抗するだけ無駄なのだろう。

 諦めにも似た境地に辿り着きながら、今日も宴の夜が更けていく。


     ※


「あァ……キョウスケ……キョウスケぇ……」

「もう、シンシアさん……独り占めはダメだって言ってるのに……」

「……んンッ……どうしてヒトがしてるとこを見るのってこんなに興奮するんだろ……」


     ※


 瞬く間に夜が明けた。


「ううう……痛い……」

「調子に乗って何度もするからだよ」

「あたしは別に最初から大丈夫だったけど」

「個人差なのかな? ボクは最初三日くらい痛んだけど」

「そ、そんなに続くん……?」

「フィーの場合は単にサイズが合ってなかっただけじゃないの」

「まあそうかも。最中は気持ち良かったんだけどね」


 女性陣がテーブルの近くで各々に着替えをしながら話に花を咲かせている。


 二つしかないベッドの片方はシエラとサラが先に使っていたので、俺たち四人は狭いベッドにひしめき合って夜を明かすこととなった。

 別に俺は床で寝ても構わなかったのだが、残念ながら一度ベッドに連れ込まれてからは二度と床に足をつくことは許されなかった。


「キョウスケ、なんか食べる?」


 サッと水洗いしたマグにお茶を淹れながら、ラシェルが訊いてくる。

 まあ、確かに腹は減ったな。

 昨夜の残りものでもあるなら、何か腹に入れるかな……。

 ラシェルがマグを持ってきてくれたのでそのままベッドの上で受け取り、熱いお茶をズズッと啜りながら隣を見やると、ちょうどシエラも目を覚ましたところのようだった。


「ふ、あぁ〜ぅ……アレ、ここ何処……?」


 まだ頭がぼんやりとしているのか、ググッと背伸びをしたシエラが寝ぼけ眼でぐるりと部屋の中を一望する。

 ——と、その目が俺を正面に捉えたところでとまった。


「マスター、なんでハダカなの?」


 な、なんでだろうねェ……?


「うぐぐ……頭が……」


 どうやらサラも目を覚ましたようだ。

 彼女はシエラの上で寝こけていたため、シエラが体を起こした際にベッドの上に転げ落ちてしまっていたらしい。

 もっとも、頭が痛いのはそれが理由ではないのだろうが。


「……はっ!? 首は!? ワシの首は無事か!?」


 焦ったように自分の首を触りながら目を見開いている。

 何か寝首をかかれる心当たりでもあるのだろうか。


「ふっ……まあ、ワシはこう見えてゾンビじゃから首を落とされた程度では死なぬがのう」


 そして、何故か急にドヤ顔に変わってニヤリとほくそ笑んだ。

 コイツ、まだしっかり酒が残ってるのかな……。

 というか、見た目が綺麗だから忘れていたが、考えてみればサラは不死者なのか。

 そういえば種族名もドラゴンリッチだったしな。


 ——と、そこでふとおかしな点があることに気がついた。

 シエラとサラのステータスの違いである。

 サラには最初から種族としてステータスが与えられているのに対して、シエラは種族としてのステータスはなく、代わりに職業欄が『なし』となっていた。

 俺としてもサラのように種族がそのままヒトでいう職業に該当するものという扱いであったほうが従魔のイメージとしてはしっくりくるのだが、シエラはどうして俺たちヒトと同じような形になってしまっているのだろう。


「うーん……それこそが魔族と魔物の違いなのかもしれないね」


 一足先に着替えを終えたフィーが、昨夜の残りであるトマトソースのピザをつまみながら言った。

 見た目によらず朝からガッツリいけるタイプなんだな……。


「サラは外見こそヒトに近いけど、魔王の力の影響を受けているわけではないからね。逆にシエラは幼体とは言え魔王の力の影響を受けて人化しているわけだから、この世界の理としてはボクたちヒトに近い扱いになるのかも」


 ふーむ、よく分からん。


「まあ、せっかくだから暇なときにリグ・デュードマ神殿で神託を受けてみてもいいんじゃないかな? もちろん、魔族だとバレないように多少の変装は必要だと思うけど」


 フィーがそう言いながらテキパキとピザを口の中に詰め込んでいき、ラシェルが用意してくれたお茶でそれをグイッと流し込んだ。

 そして、そのまま自分の鞄を担いだかと思うと、急ぎ足で玄関のほうへと駆けていく。


「それじゃ、ボクはお店があるから戻るよ。また何か用があったら遠慮なく声をかけてね」


 それだけ言い残して、フィーは颯爽と借家を飛び出して行った。

 そういえばシンシアもけっきょくこの家で一夜を明かしてしまったが、お店のほうは大丈夫なのだろうか。


「まァ、大丈夫とちゃうかな。もともとウチがおらんくても二人で十分回るし……なァ、それより、ウチ、ちょっと痛み引いてきたんやけど……」


 テーブルのほうからまたベッドの上に移ってきて、シンシアがそっと俺の肩に触れながらやんわりと体重をかけてくる。

 てっきりすでに着替えを済ませたものとばかり思っていたが、よく見ると肩の上にシャツを被せているだけで、その下にはまだ何も身につけていなかった。

 ちょ、ちょっと待ってくださいよ、シンシアさん……。


「マスター……え、エッチなことするの?」


 シエラが隣のベッドから興味深そうにこちらを覗き込んでいる。

 ま、マズイ。たぶん、シエラの目の前でいたしてしまうと、いよいよもってのっぴきならないことになる。


「もう、仕方ないわねぇ。あたしは朝ごはんの準備してるから、あんまり長引かないようにしてよ」


 助け舟を呼ぼうかと思ったが、肝心のラシェルは呆れたようにそう言うだけで、そのまま炊事場のほうに向かってしまった。

 な、何故だ。変なところでヤキモチを妬くくせにこういうのは逆に一切気にせず許容するあたり、ラシェルのボーダーラインがまったく分からない。


「なァ、ちゃんとウチのこと見てや。ラシェルもいいって言ってくれてるんやし……」


 シンシアに両手で顔を挟まれて、無理やりそちらのほうに向き直させられる。

 気づいたときには、琥珀色の瞳を潤ませて薄く開いた唇から熱い吐息を漏らす彼女の顔が鼻先も触れそうなほど近くにあった。


「き、キスだ! キスするんだよ!」

「分かった! 分かったから、ワシの尻尾を引っ張るでない!」


 隣で騒ぐ者たちなど気にした様子もなく、シンシアはゆっくりとその顔を近づけてきた。

 俺の周りの女って、こんなやつばっかりなのか……?


     ※


《スキル派生の条件を達成しました。【絆・一目惚れ】を獲得しました》

《スキル派生の条件を達成しました。【絆・契り(従魔)】を獲得しました》

《スキル強化の条件を達成しました。【絆・契り】が(3)に強化されました。強化上限に達したため、以降は派生スキルを獲得します》

《スキル【絆・契り】の派生条件を達成しました。スキル【絆・契り(菊一文字)】を獲得しました》


:絆・一目惚れ 【それは魂の導きかもしれません(運命力が向上)】

:絆・契り(従魔) 【従魔にも手を出しましたか……(盟主、従魔間で一部のスキルが共有されるようになります)】

:絆・契り(菊一文字) 【その形はまさに一文字です(【剣技】スキルをさらに補正)】

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