第三一章 宴

 あれから俺たちは無事にロープの先端を見つけると、その結び目をほどくことで結界を無効化することに成功した。

 ただ、フィー曰く、このままだと森のマナのバランスが崩れて悪影響が出るかもしれないということだったので、手分けしてロープを完全に巻き取り、フィーが新たに召喚した森の女神とやらの力でマナを浄化することで対処してもらった。

 俺たちが外に出たあとにまた結界を閉じて不死者化した死霊術師を閉じ込めるという策も考えられたが、平時は村の住人も出入りすることもある森なだけに、このような不浄地帯をそのまま放置するわけにもいかなかった。

 もちろん、不死者化した死霊術師が何を企んでいたかは未だ判然としないので、当面の間は森に危険が潜んでいるということを周知しておく必要があるだろうが。


「さあ、冒険のあとは酒盛りよ!」


 そして、村に戻って借家に帰ってくるなり、荷物の片づけもそこそこにラシェルが酒をあけはじめた。

 どうやら森で対峙した冒険者の荷物の中に酒の入った革袋があったことには最初から気づいていたらしく、ずっとこのときを待ち侘びていたらしい。

 ラシェルはさっそく革袋の中の葡萄酒を自分のマグと俺のマグに注ぐと、一人で勝手に呑みはじめてしまった。


「んー、やっすい味ねぇ……でも、それがまた良し!」


 一人でご満悦である。


「シエラもお酒呑んでみたい!」

「いいんじゃない? 魔族ってお酒に強いのかしら」

「どうかのう。竜の王の中には酒に酔わされて首を取られた間抜けもおるから、ワシは節度を持って呑むぞ」


 そう言ってサラが俺のマグからスプーンで葡萄酒をすくい、まるで柄杓でも使って呑むかのようにグイッと勢いよく呷っている。

 節度とはいったい……。


 フィーはいったん自宅に戻るということだったので、ひとまず今は俺が一人で荷物の整理を行っていた。

 意外にも冒険者の一団が持っていた荷物がそれなりにバラエティ豊かだったので、面倒くさくなる前にある程度の分別だけでもしておきたかったのだ。

 しかし、酒を呑むなら呑むで先に何か夕食になるものでも買ってくれば良いものを……。

 昨日の夕食の残りがまだ少しあるにはあるが、腹を空かせたシエラの分のことも考えると少しもの足りない気もする。


「うわっ、もう呑みはじめてるのかい?」


 ——と、玄関の扉が開き、呆れたように言いながらフィーが室内に上がり込んできた。

 思ったより早い登場である。

 何を持ち込んできたのか、その肩にはやけにパンパンになった鞄を提げていた。


「随分と賑やかやねェ」


 さらにその奥からやってきたのは、なんと『水蝶』のシンシアだった。

 彼女も両手に荷物を抱え、背中にはリュックまで背負っている。


「コレはあの旅人さんの荷物やね。あんたたち、森で一悶着あったんやろ?」


 フィーから話を聞いたのか、シンシアが荷物の整理をしている俺を見下ろしながらそう言って、自分の持っていた荷物を床の上に次々に下ろしていった。

 これ、ひょっとして俺たちのほうで処分しろと……?


「ちょうどええやろ? このままウチの部屋に置かれてても迷惑やし、あんたたちなら何かの役に立てられるんとちゃうかなァ?」


 むう。確かに、死霊術師の荷物ともなれば役立つものもあるかもしれないが……。

 というか、むしろ俺たちよりもフィーのほうが適任なのではなかろうか。

 まあ、時間があるときに一緒に見てもらうとするか。


「ほら、食べものもいっぱい買ってきたよ。シエラもお腹が空いてただろう? 乾パンや干し肉だけじゃ味気ないからね」


 そう言ってフィーが鞄の中からお惣菜らしきものを取り出してテーブルに並べてくれる。

 なるほど、ここに来る前に『水蝶』でいろいろと買い込んできてくれたのか。

 その品々にシエラがパッと目を輝かせ、ラシェルやサラも能天気に歓声を上げていた。


「さっすがフィー! せっかくだからシンシアさんも一緒に呑みましょうよ!」


 すでにちょっと良い感じになっているラシェルが、ドタドタと駆け寄ってきてシンシアの手を取った。

 シンシアは驚いたように目を丸くして、困った顔で笑いながら俺を見る。

 まあ、シンシアのほうで都合が悪いのでなければ、少しくらいゆっくりしていっても良いのではなかろうか。


「んー……店の手伝いがあるんやけどねェ」

「マスターと奥さんは、ゆっくりしてこいと言っていたけど」


 フィーが半眼でシンシアを見つめながら言う。

 彼女の言うマスターと奥さんというのは、おそらく『水蝶』を経営しているシンシアのご両親のことだろう。

 だというのにシンシアが難色を示しているということは、何かここに居づらい理由でもあるのだろうか。


「いや、別にそういうワケではないんやけど……」

「いいじゃない! イヤなことがあっても呑んだら気にならなくなりますよ!」


 ラシェルがケラケラと言って、返事を待たずにシンシアをテーブルのほうに連れて行ってしまう。

 そして、勝手に俺のマグにぶどう酒を注ぎ足してそれをシンシアに手渡すと、そのまま乾杯をして勢いのままに酒を酌み交わしはじめてしまった。

 なんかゴメンな、シンシア……。

 というか、こんなふうに今後も何かあるたびに宴会をするのであれば、来客用の食器も多めに用意しておいたほうがいいかもしれないな……。


「キョウスケも荷物の整理なんてあとにして呑みましょうよ!」

「マスター、お酒おいしいよ!」

「うぃ~早く新しい酒を持ってくるのじゃぁ~」


 先に楽しんでいる連中がテーブルのほうでガヤガヤと騒いでいる。

 というか、口ぶりのわりにサラのやつめっちゃ酒に弱いやんけ……節度とは……。


 ともあれ、それから俺たちの宴は夜更けまで続いた。


     ※


「こうやって誰かと遅くまで呑むなんて久々やねェ」


 チビチビと俺のマグに口をつけながら、隣に座るシンシアがポツリと言った。

 すでにぶどう酒は呑みきってしまい、今はフィーが持ってきてくれた蒸留酒の残りを二人で呑み交わしている。

 俺たち以外の面々はすでに酔い潰れており、ラシェルとフィーは向かいの席で互いにもたれあいながら居眠りをしているし、シエラとサラはベッドに移って熟睡モードである。

 まあ、シエラについては疲れも溜まっていただろうし、今はゆっくり休ませてやりたい。


 というか、何も知らないシンシアにとって、シエラやサラの存在はかなり奇異に見えたことだと思う。

 しかし、そんな彼女たちを目の当たりにしてもシンシアは決して騒ぎ立てるようなことはせず、俺たちが事情を説明したらすぐに納得もしてくれた。

 それだけでなく、今後はそれとなく宿で村の住人にも説明をしてくれるという。

 やはり、持つべき者は信頼できる友人ということか。


「友人……なァ……」


 ——と、何故か少し自嘲気味に笑って、シンシアがテーブルの上のしなびたポテトフライに手を伸ばした。


「なァ、キョウスケ……」


 ポテトフライを口に運びながら、テーブルの上に視線を落としたまま続ける。


「フィーとヨリを戻したってホンマなん?」


 ぶふっ! ――い、いや、ホントっていうか……なんというか……。

 というか、何処でそんな話を聞いたんだ……?

 まさか、フィー本人がそんな話を吹聴しているわけではないよな……。


「フィーが言うわけないやん。アイシャやね。ついさっき聞いたんよ。あの親子、よくウチにご飯を食べにくるから」


 なるほど、そういうことか……。

 アイシャが俺とフィーの関係を知っていたことについて、最初はグスタフが何か話したのかと思っていたが、この口ぶりだとシンシア経由の可能性のほうが高そうだな。

 シンシアはポテトフライを蒸留酒で流し込みながら、横目で俺の顔を見つめてくる。


「ラシェルはどう思うとるん? あんたたち、夫婦なんやろ?」


 うむ。それはもっともな疑問だと思う。

 俺だってこんな不健全な関係が許されて良いのかという疑念くらいは抱いていた。

 ただ、そもそもフィーとの復縁を認めたのは他ならぬラシェル自身なのだ。

 さらに言うと俺たちは夫婦と言ってはいるものの何か儀礼的であったり書類的な手続きをしたわけではないので、そのあたりも曖昧模糊としているというか……。


「ふーん……変わった子なんやね」


 シンシアはそう言いながら、口を半開きにして居眠りをするラシェルを見つめた。

 そして、また目だけで俺の顔をじっと見つめてくる。


「……あんた、やっぱこういう幼い感じの子が好きなん?」


 ぶっ――! いや、だからさァ、そうやってヒトをロリコンみたいに……。


「だって、そうでもなきゃフィーのことを抱こうだなんて思わへんやろ?」


 ち、違うんです。あのときはなんかそういう雰囲気になっちゃって、俺もまあ一人の男としてどうしても己の欲望に抗えずですね……。


「女でがあれば誰でもよかったってこと?」


 い、いやいや、そういう言いかたはよくないですよ!

 まあ、そこまで強く否定できるわけではないのがまた悲しいところだが……。


「……じゃあ、あのとき、ウチのほうが先にあんたを誘うてたら……あんたはウチのことを抱いてくれたんかな……」


 ――え?

 ギィッと椅子をこちらに動かしてきながら、シンシアが俺の体にもたれかかってくる。


「……歳上は嫌い?」


 耳許に囁いてくるように、そっとシンシアが訊いてくる。

 いやいや、待て待て、どういう状況だコレは……?


「あんたとフィーがそういうことしてるって知ったとき、やっぱりウチみたいな生き遅れじゃアカンのかなってショックやった。でも、別に女なら誰でもええって言うんなら……」


 シンシアの手が俺の脚に伸びてきて、震える指がそっと太腿を撫でた。


「……ウチの体で、遊んでみぃひん?」


 ——えっ? ……ぅぇえーっ!?


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