第三十章 竜は見ている
「さあさあ、主よ。ワシにも名前を授けるのじゃ。イカしてナウいやつを頼むぞ!」
小さき竜の女性は俺の頭の上に乗ってパタパタと足を振りながらそう言った。
呼び出しておきながらとくに何をするでもなかったスカルドラゴンはいつの間にか灰燼に帰しており、彼女は新たな居場所として俺の頭の上を選定したようだ。
しかし、またしても命名権を与えられるとは……。
ここは前回の面目躍如のためにも、彼女の琴線に刺さる名前を考えねばなるまい。
――竜……トカゲ……ゲッコー……そうだ! 月光はどうだろうか!?
「……ダメじゃ。月光という名だけ聞かされればまだ印象も違ったろうが、もはやトカゲにしか思えぬ。却下じゃ」
迂闊……!
「火の大精霊サラマンデルからあやかって、サラなんてどうかな?」
「おお、良いではないか! よし、ワシはこれからサラと名乗るとしよう!」
えー、サラマンデルだってトカゲのイメージあるじゃん……。
「うるさいうるさい! 実際のサラマンデルを見たこともないくせに! 大精霊はすべて美しい女性の姿をしてるのじゃぞ! これほどまでにワシに適した名前があろうか!」
小さな手でポカポカと俺の額を殴ってくる。
まあ、かつて俺がいた世界でもサラマンデルの姿には諸説あったし、その中には女性の姿も含まれていた気もするからそこまでおかしいことではないか。
しかし、四大精霊の概念も俺の世界との共通点があることには留意しておいたほうがいいかもしれないな。
もちろん、俺の世界では現実に存在していたわけではないが……。
《スキル派生の条件を達成しました。【絆・竜】を獲得しました》
おお、なんか久々だな。
今回は竜か。どうにも竜というものは魔物とは違って色々と特別な存在みたいだな。
「当たり前じゃ。この世界を統べる三柱の一つが竜ぞ」
またポカリと額を叩かれる。
こいつ、いちおうなしくずしとは言え俺の従魔なんだよな……?
というか、世界を統べる三柱とはなんだろう。
「太陽を統べる神、月を統べる魔王、大地を統べる竜の伝説でしょ。ソレくらいあたしだって知ってるわよ」
ラシェルに呆れたような目つきで見られてしまった。
どうやらこの世界では一般教養レベルの話であるらしい。
まあほら、俺、転生者だからさ……。
「……え? 待って、キョウスケ、今、なんて言ったの?」
——と、唐突にものすごい勢いでフィーが食いかかってきた。
うむ。どうせだしこのタイミングで話しておくか。
実は俺は神だかなんだかによって別の世界から転生した存在でウンタラカンタラ……。
「そ、そんな……キョウスケが転生だって……!? それじゃ、転生者の伝説もすべて真実だったってこと……!?」
「……転生者の伝説?」
それについてはラシェルも初耳のようで、半眼になりながら首を傾げている。
「うむ。直近で言えば、四百年ほど前のコンナードによる魔王討伐が最も新しい転生者の功績と言われておるな。世界に混迷が訪れると現れるという救世主の伝説じゃよ」
頭の上から女性——サラが教えてくれた。
俺は知らない話だから、これはサラ本来の持つ竜の叡智とやらからくる知識なのだろう。
「じゃあ、キョウスケにも実はもとから魔王を倒せるくらいの力があったってこと?」
「それはどうかのう。コンナードはこの世界に転生してから魔王を滅すのに20年の時間を要したとされておる。実際に魔王を討ったのがコンナード自身かどうかも不明らしいしの」
「なんで分かんないのよ」
「仕方なかろう。コンナードはその生涯において竜に関わることがほとんどなかった。そのせいで我々の共有知においても最低限の情報しかないのじゃ」
なんだかよく分からんが、つまり、俺の前にも転生者と呼ばれる者がいて、その転生者が四百年ほど前に魔王を倒したことがあるというのは事実のようだな。
ということは、今の魔王はその後になんらかの事情で復活したということなのだろうか。
「そうだね。何がトリガーになっているのかは未だに分からないけど、魔王は少なくとも死後数百年程度でまた復活してしまうみたいなんだ。確か、コンナードの時代のさらに二百年前にも転生者の伝説はあるんだよ」
「転生者ロトスじゃな。此奴は逆に竜と深い関わりがあった男ゆえ、竜の王であれば誰でも知るところよ。とはいえ、その最後はあまりに無惨じゃったがのう」
「どういうこと?」
「神と竜の力を得て無類の強さを得たロトスは圧倒的な力で魔王を討伐したが、その後、その力を恐れた人類によってあらぬ罪を着せられて殺されてしまったのじゃよ」
おいおい、マジかよ……。
ということは、仮に魔王を倒してこの世界に平穏を取り戻したとしても、決して俺自身は油断できないということか。
今のところあまり目立ってはいないと思うが、最近【絆】スキルのせいで強さだけは着々と成長してきているからな……。
「マスターは、シエラが守るよ」
一抹の不安に駆られる俺の心中を察してから、シエラがギュッと俺の手を握ってくれた。
か、可愛い。真に俺にとって必要だったのは、こうやって不安なときに安らぎを与えてくれる心の拠り所だったのかもしれない。
「ちょっ、あたしだって守るわよ! むしろ、あたしが守るの! この命に代えてもね!」
「……ボクはどうせだったら守って欲しいかな。ねえ、キョウスケはボクが危険な目に巻き込まれそうになったら守ってくれるよね?」
ええっ……!? そりゃまあ、危険な目に遭いそうなら守ろうとはするだろうけど……。
「それなら、危ない目に遭ってみるのも悪くないかな……えへへ」
「……キョウスケのバカっ!」
ぶふっ! な、殴らなくてもいいでしょう!?
《スキル派生の条件を達成しました。【絆・痴話喧嘩】を獲得しました》
な、なんか増えてるし……。
「モテる男は辛いのう。まあ、おぬしの場合はそれこそが強さに直結してくるのじゃから、腹を括ってどんどん女を誑し込んでいくが良いぞ」
サラが冷たい手で俺の額を撫でながら言う。
いやいや、そんな無責任なこと言うんじゃないよ……。
「……あれ?」
——と、不意にシエラが何かに気づいたようにぽつりと呟いた。
俺はそっぽを向いて唇を尖らせているラシェルの背中をさすってなだめながら、シエラがじっと見つめる先に視線を向ける。
そこには——何もなかった。ただ、ドス黒い血の跡があるだけだ。
——いや、おかしい。何もないはずがない。
そこにはあの死霊術師の亡骸があったはずではないか。
「なっ……ど、何処に消えたの!?」
状況に気づいたフィーが死体のあった血溜まりへと駆けていく。
俺とラシェルも慌てて周囲におかしな気配がないか意識を研ぎ澄ませるが、とくに異常らしい異常はみられない。
「まったく気づかなかった……あいつ、もともと探知スキルに引っかからないのよね」
ラシェルが悔しそうに歯噛みする。
確かにあの男は『水蝶』で出会ったころから気配の薄い人物だった。
しかし、さすがに死体が消えたこととは無関係だろう。
死体が勝手に動くはずなどないのだし、誰かが俺たちの目を盗んであの男の死体を持ち出したとしか……。
「……いや、違うよ。見て」
そう言って、フィーが血溜まりのそばの地面を指した。
そこには何かを引きずったようなあとがあり、さらにその先には茂みのほうへと続く足跡のようなものも残っている。
足跡の向きを見るに、茂みのほうから来たと言うよりは茂みのほうへ向かっていく足跡のように見えるが……。
「これはたぶん、自分で立ち上がって、自分の足で歩いていったあとだよ」
フィーはまるで最初からそう確信しているかのような口調で言った。
いやいや、だから死体が勝手に動き出すわけ……。
——いや、待て。死体は動くよな?
そうだ。そもそも死霊術師の最後の術が失敗しただけで、今この地は異常なほど不死者が発生しやすい状態なのだ。
だからこそ、先に冒険者風の男たちとやりあった際にも、その亡骸が不死者化しないようにわざわざ結界の外に運び出したのではないか。
確かに不死転生の術には失敗したかもしれないが、あの死霊術師がこの地の穢れたマナの力で超自然的に不死者化してしまった可能性は十分に考えられる。
「迂闊だったね……ここまでボクたちが隙だらけだったのに攻撃の気配を見せてないってことは、もう逃げちゃったのかな」
「でも、不死者なら結界の外には出られないでしょ? まだこの中にいるんじゃない?」
「それはそうだけど……探せそう?」
「うっ、それは……」
ラシェルが悔しそうに唇を噛み締める。
実際、この暗い森の中で【探知】スキルの通用しない相手を闇雲に探すのはあまり得策とは言えないだろう。
それに、俺たちはどれだけ戦闘力が強くても所詮はただのヒトだ。
このまま補給もなく探索を続けていれば、いずれ体力も尽きるし集中力も切れてくる。
不死者であれば結界のある村に入ってくることはできないだろうし、ひとまずこの場は一度村に引き上げるべきだろう。
「……そうね。なんかスッキリしないけど、目的は達せられたと思っておきましょうか」
闇に沈む森の奥を眺めながら、嘆息まじりにラシェルが言った。
うむ。もともと俺たちの目的は森におかしなところがないか確認することだったのだ。
そういう意味でいえば、間違いなく目的は達したといえるはずだ。
あとは牧場の牛たちがまた厩舎の外に出てくれるようになることを祈ろう。
――さすがにもうこれ以上の異変は起こらないよな……?
※
:絆・竜 【竜の王はあなたを認識しました】
:絆・痴話喧嘩 【愛ゆえに諍いが起こることもあります(特定の感情を持つ仲間と自身のステータスに1.1倍補正)】
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