第二九章 ドラゴンリッチガール
「むう、ここは何処……ワシは誰なのじゃ……」
手の甲で目頭を擦りながら、ムニャムニャと寝言でも言うかのようにソレが呟く。
一気に緊迫感が喪失してしまったような気はするが、それについてはむしろ僥倖か。
しかし、ドラゴンリッチとはなんだろう。
状態がすでに従属になっていることも含めて、分からないことだらけだ。
「うーん……まあ、ひとつずつ整理して考えてみようか」
フィーも難しい顔をしてフヨフヨと浮かんでいる小人の女性を眺めている。
「ていうか、こんな生き物、魔物も含めて見たことないんだけど……」
ラシェルもぐるりと女性の周りをめぐりながら、訝しげな目でじっと観察していた。
まあ、ドラゴンリッチなんて種族は確かに初めて聞くな。
「うむ……ワシはドラゴン……なのか? 何やら死者を操る力を感じるのう……」
そう言いながら女性がゆらりと腕を動かすと、突如として地面に赤黒い光で描かれた巨大な陣が現れ、その中から――巨大な竜の骨が姿を現した。
「う、うおわぁーっ! スカルドラゴンだーっ!」
「な、な、なんでーっ!?」
唐突に召喚された強大な魔物の姿に、フィーとラシェルが目をひん剥いて驚愕している。
俺も思わず絶句した――が、不思議とこの魔物からは敵意を感じなかった。
自分の力を確認するために召喚しただけで、それ以上に何か特別な目的があったわけではないということなのかもしれない。
とはいえ、このままでは勢い余って二人のほうからスカルドラゴンに襲いかかってしまう可能性もあったので、ひとまず俺は【観察】で得た情報を二人に伝えることにした。
「ど、ドラゴン……リッチ? この子が?」
フィーが腕組みをしながら唸る。
どうやらドラゴンリッチという種族については何か心当たりがあるようだ。
一方、小さな女性はその背にある翼をバサリとはためかせながらスカルドラゴンの頭のところまで飛んでいくと、その上にチョコンと座ってまた一つアクビをする。
「……思うに、あの杖は竜の骨だったんじゃないかって気がするんだよね」
恐る恐るといった様子でスカルドラゴンのほうに歩み寄りながら、フィーが言った。
スカルドラゴンは召喚されたものの戦う意思を見せるわけでもなく、その場に丸くなって大人しくしている。
よくよく見やると、確かにあの杖はスカルドラゴンの前脚の骨とよく似ている気がした。
「本来、リッチというのは死霊術師が不死者に転生したもの……のはずなんだけど、たぶんキョウスケが途中で邪魔しちゃったせいでその術が変な形に発露しちゃったんだと思う」
「……だからって、なんでこんなちっちゃい女の子になっちゃったってワケ?」
フィーの言葉に、今度はラシェルが疑問を呈してくる。
それは俺も気になっていたところだが、ひょっとしてこの女性が現れた際に一緒にあったはずの杖が消失してしまったことと何か関係があるのだろうか。
「そうだね。おそらくだけど、もともとの予定では自分自身の亡骸と竜の骨である杖を媒介にリッチとして再生成される予定だったんじゃないかと思うんだ」
「でも、それをキョウスケが空気を読まずに邪魔しちゃったわけよね……」
「うん。そのせいで、中途半端に杖に蓄えられた死霊術師の力と足りない部分を補うためのキョウスケの力、それと竜の骨というかぎられた触媒を媒介に再生成された結果がこの子なんじゃないかなって思うんだよね」
ふむ……つまり、こんなに小さい姿なのは、本来であれば素材になる予定だった死霊術師の亡骸を使えなくなってしまったせいで、質量不足が起こったからということか。
だとしても、なんでこんな微妙に竜っぽい見た目の女性なのだろう。
「もともとリッチは死霊術師が不死化することでなるものだし、人型で生まれることも構造として術式に組み込まれてるんじゃないかな。ただ、今回は触媒のほとんどが竜の骨になってしまったから、結果的にそちらの因子に引っ張られてしまったのかもしれないね」
「たまたまメスの竜だったってこと?」
「うーん、そもそも竜に性別はないはずだけど……あ、そうか、これってつまり、竜は生物学上はすべて雌ってことになるのかな。だとしたら、実は大発見なのかも……」
フィーは真剣な面持ちで腕組みをしながら一人で頷き出している。
これはまた学者モードのスイッチが入ったかな。
「ふーむ、だんだん分かってきたぞ」
——と、不意に視線を感じてそちらを見やると、ドラゴンリッチなる小さな女性がじっとこちらを見つめていた。
「おぬしが我が盟主じゃな? なかなかのイケメンじゃのう。ワシがもう少し大きければ、オトナの色香で惑わしてやれるものを……」
蠱惑的な笑みを浮かべながらそんなことを言い、翼をはためかせながらフヨフヨとこちらに飛んでくる。
そして、そのまま俺の顔のほうへゆっくり手を伸ばしてきたかと思うと——横からその尻尾をラシェルに掴まれた。
「ぬあっ!? 何をする小娘!」
「ちっさい娘はどっちよ。勝手にヒトのダンナを誘惑しないでくれる?」
ラシェルが女性の尻尾を掴んで顔の前にぶら下げながら睨み合いを交わしている。
だ、大丈夫……? 火とか吐かれたりしない……?
「ラシェルよ、お主はまだ自分が良くなることばかりを考えて男に尽くす気持ちが足らぬ。ワシがそのあたりのテクをみっちり教えてやるゆえ、ひとまずこの尻尾を離すが良い」
「は、はぁ!? べ、別に、あたしはそんな、自分だけ……よ、良くなりたいとか、そんなこと考えてないし……!」
何やら急に場にそぐわない話をはじめたかと思うや否や、ラシェルがパッと女性を掴んでいた手を離し、耳の先まで真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。
まあ、話の内容については敢えて深くは言及すまい……。
というか、ラシェルの名を知っているということは、やはり記憶の共有——ひいては従魔契約そのものが為された状態だということなのだろうか。
「……そうか。シエラと従魔契約をしたときの血だ」
不意に何かを思い出したように、フィーが顔を上げた。
「ほら、従魔解約のときにシエラに血を舐めさせただろう? あの血は、もちろん本来ならそれだけで従魔契約が結ばれるような代物ではないけど……ひょっとしたらキミが杖に触れたときに血と魔力の残滓が一緒に取り込まれてしまったのかもしれないね」
なるほど、俺の手と杖がくっついてしまったあのときのことか。
確かに、あのあと特別に手を洗ったりしたわけではないから、血の跡くらい掌に残っていても不思議ではない。
しかし、そうなると、この女性は結果的に俺とシエラの従魔契約に巻き込まれてしまったことになってしまうのか……。
「うむ。シエラは言うなれば我が姉従魔よ。同じ主の血を与えられた者として、シエラもまたワシが導くとしよう。この身に宿る竜の叡智を持ってしてのう」
パタパタとその場で翼をはためかせながら、したり顔で女性が告げる。
「竜の叡智……!? ちょ、ちょっと待って! じゃあ、キミの触媒となったあの骨って、竜の王の骨だったってこと!?」
一方、フィーのほうはまたまた驚いた様子で目玉をひん剥いていた。
彼女的にはどうやら次から次へとトンデモ情報が開示されているらしいのだが、この世界の成り立ちにそこまで詳しくない俺にはいまひとつそのあたりのすごさが分からない。
「うむ。敬いたまえよ。この身に宿るは紅き竜王の力。ヒトの子を肉欲の虜にすることなど造作もないことよ」
「い、いや、そういうのは別にいらないんだけど……」
うむ。やっぱりなんかちょっとズレてんな。
「シエラ、まだエッチなことはしたことないよ」
何故か真面目な顔をしてシエラが答えてくれた。
そうだね。シエラはちょっと向こうでヘカテーと一緒に大人しくしてようね……。
というか、竜の王とはいったいなんなのだろう。
レッサードラゴンのような竜系の魔物自体は、アリオスたちと一緒にいたころに俺も何度か戦った経験があるが……。
「竜族の中でも特に力を持った個体のことだよ。五色の竜にそれぞれ最低でも一体はいるとされてるんだけど、実際のところはほとんど何も分かってないんだ」
「竜の王とは即ち共有知を得た竜のことよ。長く生きた竜は共有知への繋がりを持ってこの世界の理を知るのじゃ」
共有知……? 世界の理……?
なんかそれっぽいことを言われても、俺にはまったく理解が及ばないのだが……。
「まあつまり、シエラのようなウブな生娘でも、竜の叡智を持ってすればたちまちのうちに主を骨抜きにできるテクを身につけられるということじゃ!」
「な、なんでそっちのほうに話を持って行こうとするんだい……?」
「叡智にはエッチな情報もいっぱいじゃからのう」
「そんなのただのダジャレじゃん!」
コイツら仲良いな。
「あ、あたし……」
——と、それまでそっぽ向いていたラシェルの顔が急にこちらへと向き直ってきた。
相変わらずその顔は真っ赤だが、先ほどよりは幾分か真剣な面持ちで女性の顔を見つめている。
「む……なんじゃ?」
畏まった様子のラシェルに、女性が訝しむように首を傾げた。
ラシェルはもじもじと胸の前で指先を弄びながら、躊躇いがちにポツリと言った。
「その……あたしにも、キョウスケを骨抜きにできるくらいのテクを教えて欲しい」
う、うーん……?
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