第二七章 アンデッドパニック
「シエラ! リュックにボルトの束があったはずだから用意しておいてくれるかい!?」
「分かった!」
シエラもしっかりサポートに回っているようだ。
案外、こちらはこの二人とヘカテーに無双してもらえばなんとかなるかもしれないな。
俺は長剣を抜きがら、改めて死霊術師のほうへ向き直る。
ラシェルは迫り来るゾンビやスケルトンを的確に狙い撃ってこちらへの侵攻を阻んではいるが、そちらに手一杯で死霊術師にまで攻撃が回っていない。
ここは俺たちのコンビネーションが試されるときだ。
「あたしがこのままザコを足どめするわ。頼りにしてるわよ」
オレイカルコスの弓を弾きながら、ラシェルが俺に目配せする。
古代遺物であるオレイカルコスの弓矢には、放たれた矢が矢筒に戻ってくるという帰還の術式がかけられている。
死霊術師は無駄撃ちを誘っているつもりかもしれないが、ラシェルの体力が尽きるまで矢弾の雨がやむことはない。
ラシェルにも俺の【装備適正】スキルのように【狩人】の装備に対応した【装備適性】スキルが備わっているので、たとえ剛弓であってもすぐに体力が尽きることはないはずだ。
一方、死霊術師の男も不死者たちの奥で悠然とこちらを眺めている。
男の喚び出す不死者の数にも底が見えず、みんながせっかく数を減らしてもすぐにまた新たな不死者が召喚されてしまっていた。
このまま消耗戦になったとき、先に膝をつくことになるのがどちらかは分からない。
「【エクスプロッシブ】!」
ひとまず俺は死霊術師の前に爆破魔術を放つ。
光の束が収束していくのを見て危険を察したのか、男が顔にはりつけていた薄ら笑いを消して、すっと爆破の範囲外に跳躍する。
まるで最初から俺の魔術の有効範囲を知っていたかのような動きだ。
「これは驚いた。魔術を使うのですね」
男が無表情に俺の顔を見据えてくる。
しくじったな。俺の戦法の基本は相手の不意をつくことにあるわけで、これは少し安易な魔術の使いかただったかもしれない。
乱戦に持ち込んだ上でないと、もう【エクスプロッシブ】は通用しないだろう。
【ライトクレイモア】の使いどころも、よく考えたほうが良さそうだ。
「この戦いの結果を決めるのは、どうやら貴方のようだ。貴方を始末することが、私の勝利につながるでしょう」
男の目が怪しく光る。
こいつ……油断のならない相手だな。
「大丈夫よ。あんたならやれるわ」
ラシェルがニヤリと口の端に笑みを浮かべ、矢筒から一度に無数の矢を引き抜いて弓につがえ、それを天に向かって一斉に放った。
「【アローレイン】!」
ラシェルが唱えると同時に、天より文字どおり雨の如く矢弾が降り注いでくる。
不死者たちが焦ったように踵を返して死霊術師のもとに戻り、その体の上に覆い被さるようにして天蓋を作りはじめた。
己の身を呈して矢弾の雨から主を護ろうというその働きはなかなかに健気だが、これはまたとない好機だ。
「【エクスプロッシブ】!」
俺は強く前方に踏み出しながら魔術を放つ。
男の前に光が収束していくが、それが起爆されるよりも先にスケルトンたちが間に入って壁を作っていた。
間もなく光が炸裂し、衝撃とともに壁となったスケルトンたちがその骨を撒き散らす。
「【ライトクレイモア】!」
俺は爆発の音に紛れ込ませるように、男の背後に地雷魔術を設置する。
男は俺が続けざまに魔術を使ったことには気づいたようだが、減った不死者の召喚のほうに気を取られているようで、いったんそちらは無視することにしたようだ。
狙いどおりだ。盗賊に使ったときの感触を見るに、至近距離での【ライトクレイモア】の破壊力はヒトの身で耐えきれるものではない。
どうにかして死霊術師の近くで炸裂させられれば、一撃必殺も不可能ではないはずだ。
――と、そのとき、奇妙な現象に気がついた。
視界の端で、スケルトン同士が互いの獲物で殴り合っていたのだ。
同士討ち――? いやでも、急に何故……?
「どうやら死霊術で召喚されたものに混じって、この土地の穢れたマナから生まれた不死者も出てきたみたいなんだ! そっちはヘカテーの力で言うことを聞かせられるよ!」
フィーがクロスボウをぶんぶんと振り回しながら、得意げに告げてくる。
そうか。もともと死霊術を用いずとも自然に不死者が出現しそうなほどにこの場所のマナは穢されているという話だったな。
死霊術師が万全を期すために行っていたことが、かえって裏目に出てしまったわけだ。
さらにフィーの傍らでは、シエラが鞭のようなものを振り回しながら果敢に不死者の群れへと立ち向かっている。
おそらくはリュックの中に入っていた結界用のロープを使っているのだろう。
従魔化しているからということもあるのだろうが、俺たちが普段使いしている程度の結界であればシエラであっても問題なく触れることができるようだ。
というか、結界用のロープにそんな使いかたがあるとは……。
なんにせよ、ここまでみんなが奮闘しているなら、俺だって良いところを見せなくては。
いよいよ焦りの表情を浮かべはじめた死霊術師に向き直りながら、俺は長剣を握る腕に力をこめて今一度地を蹴った。
「思っていたよりやり手な方たちのようだ」
男が苦々しげにそう告げながら、再び杖を掲げた。
杖の先端が赤黒く光ったかと思うと、今度は目の前の地面から濁った血の塊のようなものが噴き上がり、それが巨大なヒトの形を作り出す。
これは——フレッシュゴーレムか!?
身の丈3メートルはあろうかという、屍肉でその身を作られた巨人である。
何度か不死者の発生するダンジョンを攻略しているときに相対したことはあったが、まさか死霊術師がこんな凶悪な魔物まで使役するとは……。
「こんなの、的がデカいだけよ!」
ラシェルが勇ましく声を上げながらオレイカルコスの矢を撃ち込んでいくが、フレッシュゴーレムは体に突き刺さる矢のことなど意に返した様子もなく歩みを進めてくる。
このままラシェルに近づけさせるわけにはいかない。
俺は盾と剣を強く打ち鳴らしながら叫ぶ。
「【シールドタウント】!」
もちろん、結果的にフレッシュゴーレム以外の敵愾心も引き寄せてしまうが、ここまできたら俺もなりふりかまってはいられない。
フレッシュゴーレムはこちらに向き直り、その長い腕を振り上げると、俺に向けておもむろに叩きつけてきた。
俺は大地を踏みしめながらその一撃を盾で受けとめ、その足許に向けて魔術を放つ。
「【エクスプロッシブ】!」
たとえ爆発までに幾ばくかの猶予があるとはいえ、鈍重なフレッシュゴーレムが咄嗟の動きでこれお躱すことは不可能だ。
フレッシュゴーレムの足許に収束した光が閃光とともに炸裂し、地面に穴を穿ちながらその左脚をちぎり飛ばした。
片足を失ってバランスを崩したフレッシュゴーレムその身を支えるために両腕を地面につき、高い位置にあった頭部が手の届く位置まで下がってくる。
俺はフレッシュゴーレムの首の下に滑り込むと、素早く喉許に長剣を突き刺し、そのまま力いっぱい切り裂いた。
そこからさらに踏み込んで今度は胸部に切っ先を突き立て、不死者に対してどこまで意味があるかは分からないが、根本まで深く刺して心臓を抉る。
フレッシュゴーレムがその首と口蓋からおびただしいほどの血を撒き散らしながら苦悶の声を上げ、その体から力が失われていくのが分かった。
少なくとも一定のダメージが与えられているのは間違いなさそうだ。
俺は腐臭のする血に塗れながら、崩れ落ちてくるフレッシュゴーレムの体を掻い潜って死霊術師の前に飛び出していく。
男の顔にはいよいよ焦りが浮かんでおり、俺との距離をはかるように後じさっていた。
――その背後には、俺が仕込んでいた【ライトクレイモア】が待ちかまえている。
俺は長剣を握る腕に力を込めながら、頭の中でスイッチを押すように念じた。
刹那、死霊術師の背後で【ライトクレイモア】が音もなく炸裂し、無数の光刃がその背中を貫いていく。
そして、その衝撃で前に押し出されてきた男の体に俺は正面から長剣を突き立てた。
前後からほぼ同時に体を貫かれ、完全に不意を打たれた死霊術師は驚愕に瞳を開いたまま声も出せずに血反吐を吐いた。
俺は素早く剣を引き抜きながら盾を構えて男の体に当て身をし、力を失ったその体を前方に強く突き飛ばす。
死霊術師は受け身を取ることもできずに地面を転がり、その手に携えていた白い杖も茂みの中に飛んでいってしまう。
「やったわね!」
地面に倒れたまま動かなくなった死霊術師を見て、ラシェルが駆け寄ってきた。
それを合図にしたかのように数え切れないほどいた不死者たちの体からも一斉に力が失われていき、くずおれたスケルトンやゾンビたちの体が瞬く間に灰燼に帰していく。
振り返ると、フィーやシエラもなんとか難所を乗り切ったようで、まだ少し残っている自然発生した不死者たちをヘカテーに平伏させながら一息ついているようだった。
俺は長剣についた血糊を振り払うと、仰向けに倒れたまま動かなくなっている死霊術師の傍らに歩み寄った。
「これは……予想外です……ゴフッ……」
仰向けになって血を吐きながら、光のない瞳で男が言った。
血に濡れたその口許には、何故かうっすらと笑みが浮かんでいた。
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