第二五章 ペット系従魔

「まったく、本当に油断も隙もない……それより、急いで死体を結界の外に出そう。このままだと、新鮮なゾンビになってしまうかもしれないよ」


 呆れたように嘆息しながら、フィーが魔術師の亡骸の傍らにしゃがみ込む。

 新鮮なゾンビとな。

 ――そうか。このまま彼らの亡骸を放置しておいたら、この地の不浄なマナの影響で不死者化してしまう可能性があるのか。

 ふと思い出して放置していた剣士のほうを見やると、シエラがその亡骸の脚を掴んで引き摺りながらこちらへ運んでくる姿が見えた。

 俺は慌ててシエラのもとへと駆け寄り、彼女に代わって剣士の死体を担ぎ上げる。


「マスター、ありがと」


 いやいや、こちらこそ、疲れているのに無理をさせて申し訳ない。

 それに、シエラは結界を越えられないのだから、どのみち死体を外に運び出すのは俺たちの仕事になるのだ。

 結界の境目はすぐそこだし、さっさと運び出してしまおう。


「シエラも、何かマスターの役に立ちたいな」


 ――と、真っ直ぐに俺の顔を見上げてきながら、シエラが言う。

 ふむ、何か役に……か。

 それなら、この男たちが使っていた武器などを拾い集めておいてもらおうかな。

 とくにあのクロスボウは何かあったときに役に立つかもしれない。


「分かった!」


 シエラは目を輝かせながら頷くと、そのまま踵を返して剣士の亡骸が放置されていたあたりに向かって行った。

 何やらペット的な可愛さがあるな。めっちゃ尻尾振ってるし……。


 それから俺たちは大急ぎで男たちの死体を結界の外に放り出すと、改めて彼らの荷物の中から役に立ちそうなものがないかを物色した。

 あいにくと俺が屠った剣士については使っていた大剣も大したものではなさそうで、身につけていた革鎧にもすでに穴が空いてしまっている。

 やはり、狙い目となってくるのは盗賊の男が使っていたクロスボウだろうか。


「コレ、よく見たら連装式じゃない! 買うとなると意外と高いのよねぇ」


 ラシェルが拾い上げたクロスボウを眺めながら喜びの声をあげている。

 どうやら盗賊が用いていたのは連弩と呼ばれるものだったらしい。

 あらかじめ複数のボルトを装填しておくことができる弾倉を持ち、連続でボルトを射出できる機構を搭載している特殊なクロスボウだ。


「こっちの魔術師は荷物持ちもしていたみたいだね」


 一方、フィーは魔術師の亡骸をひっくり返しながらその背に背負われていたリュックを外している。

 大きめのリュックの中には回復ポーションや食糧の他、結界用のロープに杭、人数分の寝袋などが収納されていた。

 これらは役に立つものであれば俺たちがそのまま使っても良いし、不要なものは行商人が来たときに売却して金に換えることもできる。

 ノティラスに行けば行商人を待たずとも換金はできるが、この男たちの知り合いがいる可能性を考慮すると、ほとぼりが冷めるまでは避けたほうが無難かもしれない。


 ひとまず食糧についてはシエラに与えることにした。

 干し肉や乾パン、ドライフルーツなどの食糧を目にした瞬間、シエラのお腹がギュルルと鳴ったのだ。

 ひょっとしたら、ここしばらくまともな食事をとっていなかったのかもしれない。


「ここを出られたら好きなだけ食べれるんだし、今は空腹を紛らわせられる程度にしておくんだよ。下手に食べすぎて眠くなってしまってはいけないしね」


 そう言ってフィーが最低限の量しか貰えないことにシエラは少し不満そうだったが、それでも食事をとったあとの彼女の表情には見違えるほど活力が戻っていた。


「早くここを出よう!」


 すっかり食べる気満々になってしまったシエラが俺の手を引きながら急かしてくる。

 その背には魔術師のリュックを背負っており、これは「役に立ちたい」というシエラの厚意に甘えて荷物持ちをお願いしたことに由来する。

 半獣少女が体のサイズに見合わない大きなリュックを背負っている姿は、控えめに言ってもなかなかに愛らしかった。


「……あんた、やっぱちょっとロリコンの気があるんじゃないの?」


 ラシェルが腰のあたりを肘で小突いてくる。

 そ、そんなことはない――と、申し開きをしたいところではあるが、すでに前科があるようなものだから言い逃れしにくいな……。


「今さら気づいたのかい? キミだってもう少し大人びていたら相手をしてもらえなかったかもしれないよ」


 何故か得意げにフィーが鼻を鳴らしている。

 その手には盗賊が使っていた連装式のクロスボウを携えており、また何かあったときには後方からサポートをしてくれるつもりらしい。

 というか、誤解の元凶にこういう態度を取られるとますます疑惑が加速するので、できれば自重していただきたいのだが……。


「それじゃ今度、宿屋のシンシアさんにキョウスケがどう反応するか見てみましょうよ」


 ——と、何故かラシェルが奇妙なことを言い出した。


「……どうしてここでシンシアの名前が出るんだい?」


 フィーが露骨に訝しむような目つきでラシェルを見やる。

 いちおうフィーもかつては『水蝶』で寝泊まりをしていた身だから、シンシアとは交友があったはずだ。

 とはいえ、俺もこの話の流れからシンシアの名前が出てくる理由は分からないが……。


「今度、シンシアさんもうちに呼んでみんなで呑みましょ。どんな夜になるか楽しみだわ」

「だ、ダメだよ。シンシアには個人的にちょっと負い目が……」


 スタスタと先を歩きはじめるラシェルのあとを慌てて追いかけながら、露骨に焦った様子でフィーが訴えている。

 特段、フィーとシンシアの仲が悪かったというような耳にした覚えはないが、彼女的には何か都合の悪いことでもあるのだろうか。


「マスター、ロリコンってなに?」


 くいくいっと俺の服を引っ張りながら、シエラが訊いてくる。

 ぬう……彼女とは従魔契約の過程で知識の共有がなされているとのことだが、だからといってなんでもかんでも共有されるわけではないらしい。

 そういえば、俺の耳には『ロリコン』と変換されて伝わっているが、この世界の言葉ではどのような表現がされているんだろうな……。


「マスターは、フィーみたいにおっぱいが小さな子が好きなの?」


 ぶふっ!? ほ、ホントに理解してないんだよねェ!?


「ラシェルはおっぱい大きいもんね……ねえ、シエラもおっぱい大きいかな? マスター、シエラのことはキライ?」


 無邪気な瞳でこちらを見上げながら、シエラがそんなことを訊いてくる。

 いかん、また別の角度から俺を攻めてくるタイプだ。

 ここは笑顔でお茶を濁しつつ、先を行くラシェルたちを追いかける振りをして、うまく誤魔化してしまおう。


 ——と、少し先を歩いていたはずのフィーとラシェルがいつの間にか足をとめ、何故かものすごい顔つきでこちらをじっと見つめていた。


「やっぱり、キョウスケに従魔契約をさせたのは間違いだったかな……」

「あたしは最初から反対だったわよ……?」


 ボソリとそう告げる二人の体からは、闇色のオーラが立ち込めているように見えた。

 こ、このヒトたち、不死者なんかよりよっぽど怖いんですけど……。

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