第二三章 バンディット

 それから俺たちはロープの先端を求めて森の中を北東へと進んでいった。

 ヒトの手で持ち運べるロープの重量なんて知れているからそこまで広い範囲ではないと思うのだが、あいにくと数分歩いた程度ではまったく結び目らしきものは見えてこなかった。


「結界自体の広さでいうと、感覚的には100メートル四方くらいかしらね。シエラはいつからこの中に閉じ込められてるの?」


 歩きながらラシェルがシエラに訊く。

 この世界でメートル法が採用されているかどうかは不明だが、俺には【言語理解】の関係かそのように置換されて聞こえるようになっていた。


「一昨日の夜くらいから。最初はもっと北の森にいたんだけど、そこでヒトに襲われて、この森に逃げてきたら今度は外に出られなくなったの」

「もともと狙いをつけられてて、この森に追い込まれたって感じかしらね」

「キミのことを襲ってきたヒトについては、何か覚えてないかな? 見た目とかどんなことをしてきたかとか」


 今度はフィーが訊いてくる。

 まあ、場合によってはシエラを狙う狩猟者と鉢合わせてしまう可能性もあるわけだし、話し合いで解決できない可能性も想定して対策は考えておいたほうが良いか。


「北の森で襲ってきたのは、ヒトとかケモノのガイコツを操る不気味なやつだった。でも、昨日の晩に襲ってきたやつは剣とか弓を持った男たちだった」


 む……? 複数の人物に狙われているのか……?


「どういうこと? これまでの話から考えて、ガイコツを操ってたほうはたぶんこの結界を準備したヤツよね?」

「うーん、そう考えるのが妥当だろうね。剣や弓を持った男たちというのが、その男の仲間なのか、あるいは全く関係ない部外者なのか……」


 ——と、フィーがそこまで言いかけたところでラシェルがサッと手をかざし、声を抑えるように合図をしてきた。

 そのままラシェルに促され、四人で近くの茂みに身を隠す。


「ど、どうしたんだい?」


 バッグの肩紐を不安そうに握りしめながら、フィーが訊く。


「東のほうから何かくる。おそらくヒト。ほとんどすぐそこだわ。結界のせいでこの距離までまったく気がつかなかった」


 ラシェルが背中に担いでいた弓を構えながら答える。

 この雰囲気から察するに、あまり友好的な相手ではないということだろうか。


「分からない。でも、気配はひとつじゃないし、ひょっとしたら昨日の晩にシエラを襲ったって連中なのかも……」


 そう言ってラシェルが茂みの外に首を伸ばしかけた――そのときだ。

 気づいたとき、俺は盾を構えながら彼女の前に飛び出していた。

 瞬間、構えた盾に衝撃が走り、矢弾のようなものが火花とともに弾き飛んでいく。

 あ、危なかった——先制攻撃を仕掛けられたのだ。

 咄嗟に体が動いていなかったら、ラシェルを危険に晒していたかもしれない。


「ウソ!? バレてる!? 向こうにも探知スキル持ちがいるってこと……!?」

「うわわ! シエラ、ボクたちは後ろに退こう!」

「う、うん!」


 バタバタとフィーたちが後方に逃げていき、俺たちは茂みを飛び出して攻撃を仕掛けてきた襲撃者たちを見やる。

 まだ少し距離はあるが、薄暗くなってきた木立の向こうから冒険者らしき風体の男たちが迫ってきていた。

 人数は三人——軽装の剣士風の男と、クロスボウを携えた男、そして、杖を持った魔術師風の男たちだ。

 ものは試しにと頭で念じてみると、それぞれの人物に被さるようにして俺の視界に半透明の四角いボードが表示された。


:職業 剣士

:状態 敵対

:危険度 中


:職業 盗賊

:状態 敵対

:危険度 中


:職業 魔術師

:状態 敵対

:危険度 中


 なるほど。この【観察】スキル、仲間でない相手のステータスまで見れるほど万能ではないみたいだな。

 ただ、ざっくりと相手の腹の内と危険度が分かるだけでも十分すぎるほど有益であることには違いない。

 俺が腰の長剣を抜くと、それに気づいたらしい向こうの剣士が声をかけてきた。


「すまんすまん! 魔物かと思って仲間がうっかり撃ち込んじまったみたいだ! 剣を納めてくれねえか!」


 ハチマキを巻いたその剣士は、黄色い歯を見せて笑いながらそんなことを言ってきた。

 ラシェルが怪訝そうな顔で俺に目線を送ってくるが、俺は武器を下ろさないように手振りで伝える。

 男は困ったように肩をすくめると、まばらに生えた無精髭を擦りながら言葉を続けた。


「実はこの森で珍しい魔物を見つけてな。昨夜はあいにくと見逃しちまったんだが、今日こそは引っ捕まえてやろうとわざわざノティラスから出直してきたのさ」

「それって、ケモノの姿をした女の子の魔物だったりする?」


 ラシェルが訊くと、それまで穏健な態度を見せていた男の表情に影が差す。


「ほう? 知ってるのかい、嬢ちゃん」

「その魔物なら、ついさっき彼が従魔にしたところよ」


 おぅ、包み隠さず話していくスタイルですか……。


「なにぃ……?」


 男が訝しむように俺の顔を睨みつけ、その後ろで盗賊と魔術師が何やらコソコソと話をはじめている。

 この男は気づいていないようだが、おそらく後ろに控えた【探知】スキル持ちの仲間なら俺たちの背後に身を隠している者がいること自体は察していることだろう。

 少しでも頭が回るなら、それがどういう意味を持っているのかすぐに理解できるはずだ。


 最初に動いたのは盗賊の男だった。

 手にしたクロスボウを俺たちの背後にある茂みに向け、躊躇いなくその引き金を引いた。

 俺はすぐにそちらに身を捩り、盾でボルトを弾き飛ばす。

 なるほど。そんな気はしていたが、やはりこの盗賊が【探知】スキル持ちか。


 今度はラシェルが弓に矢をつがえて弦を引き絞る。

 狙いは盗賊だったが、しかし、ラシェルが矢を放つより先に魔術師の声が木霊した。


「【アロープロテクション】!」


 瞬間、男たちの前に薄い光の膜のようなものが現れ、ラシェルの放った矢をあっさりと弾き飛ばしてしまう。

 【アロープロテクション】——矢弾や投石といった軽量の投擲物に特化した防御魔術だ。

 たとえラシェルの持つオレイカルコスの弓のような剛弓であっても、この魔術の障壁を突破することは難しい。


「チッ……大人しくしてりゃ死なずに済んだかもしれねぇのによォ!」


 剣士の男が吐き捨てるように言い、背中に背負っていた大剣を構えた。

 大人しくしてりゃ――などと言ってはいるが、むしろそれはこちら側のセリフだ。

 二度も不意打ちのような真似をしてきて、もはや対話の余地などあるものか。


 俺は大剣を振りかぶろうとする剣士の前に飛び出すと、ラシェルにはいったん引いて隠れているフィーたちを後方に逃すよう指示した。

 おそらくフィー自身は召喚術で己の身を守ることくらいはできるだろうが、シエラがどうかまではまだ未知数だ。

 盗賊が【探知】スキルとクロスボウで遠隔攻撃を容赦なく行ってくることから鑑みても、まずはシエラを戦域の外へ離脱させたほうがいいだろう。


「どきなァ!」


 剣士が俺に向かって力任せに大剣を叩きつけてくる。

 なんの飾り気も感じないその一撃は、逆に何か別の狙いでもあるのではないかと思うほど真っ正直に振り下ろされてきた。

 俺はしっかりと体の前に盾を構えると、渾身の力でその剣戟を弾き飛ばす。

 鋼同士が打ち合う鈍い音が響くとともに火花が散り、渾身の一撃を弾き返された剣士は盛大にバランスを崩して無様に隙を晒した。


 俺は長剣を握る腕に力を込めると、剣士の胴体に向けて真っ直ぐに突きつけた。

 この男に恨みはないが、武装して襲いかかってくる相手に遠慮などしていられない。

 俺もこの一年で、良くも悪くもヒトを殺めることには慣れてしまっていた。


 分厚い革鎧を貫いて、長剣が深々と剣士の胴体に突き刺さる。

 剣士が血反吐を吐きながら何かを呻いていたが、俺はすぐに長剣を引き抜くと、そのまま力を失って倒れてくる男の体を蹴り飛ばしながら後方に飛び退いた。


 瞬間、俺の立っていた場所から石でできた棘のようなものが勢いよく突き出てくる。

 おそらくは後ろに控えていた魔術師の放った魔術によるものだろう。

 それならば――と、俺もなんとなく長剣の切先を魔術師のほうに突きつけながら叫ぶ。


「【エクスプロッシブ】!」


 刹那、魔術師の前に光の粒子が収束していったかと思うと、それが爆弾のように破裂して魔術師どころか近くにいた盗賊をも巻き込みながら辺り一体を爆砕した。

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