第十八章 ダンジョンは生えるもの

 この世界において、ダンジョンとは自然発生するものである。

 原理的なことはよく分かっていないが、魔王の持つ強い魔力が影響して空間を捻じ曲げているのではないか――という見方が一般的だ。

 見た目としては空間に空いた穴のような形をしており、その中には例外なく魔物たちの徘徊する亜空間のような場所が広がっている。

 そして、こういったダンジョンは放置しているといずれ必ず中の魔物が外に出てきてしまうため、発生を確認したらできるだけ速やかに消滅させる必要があった。

 といっても、ダンジョン自体は最奥のコアを破壊することで自壊するため、消滅させること自体に何か特別な力が必要とされるわけではない。

 ただ、徘徊する魔物を倒しながら最奥を目指す必要があるため、知識と経験を持った冒険者でなければおいそれと攻略できないのもまた事実である。

 ダンジョンの攻略は冒険者の花形でもあるが、同時に最も危険な行為でもあった。


 しかし、それでも冒険者にとってダンジョン攻略は外せないものである。

 というのも、このダンジョンと呼ばれる亜空間の中では、この世界で普通に生活していたのではまず手に入らないような不思議なものが手に入るからだ。

 たとえばラシェルの愛弓である『オレイカルコスの弓』などもそうである。

 一見すると普通の弓だが、『オレイカルコスの弓』に付属した矢弾には帰還の術が付与されており、射放たれた矢も時間が経てば矢筒の中に戻ってくるという特殊な性質がある。


 こういった不思議な力を持つ装備品や道具は一般に古代遺物と呼ばれ、商人の間では高値で取引されていた。

 それ以外にも現在では失われてしまったような高度な技術で作られたものが何故か安置されていたりなど、とにかくダンジョンの中では不思議な遭遇が起こるのだ。

 どうしてこのようなヒトにとって有利な事象が起こるのかは分からないが、これについては今もなお学者の間で研究が進められている最中なのだという。

 いずれにせよ、ダンジョンは確かに危険ではあるが、腕に自信のある冒険者ならば足を踏み入れられずにはいられない場所――そんな存在だった。


「このあたりのダンジョンってことは、ランクもそれなりよねぇ……」


 もっとも、当のラシェルは難しい顔をしている。

 実際、この近辺は間違いなく平和ではあるのだが、魔王領からの距離を考えると発生するダンジョンの脅威度は決して低いものではないはずだ。

 基本的に魔物やダンジョンの脅威度は魔王領に近ければ近いほど高くなり、その逆に遠くなれば遠くなるほど低くなる――というか、そもそも発生率も下がる。


「スキルでの強化があるにしても、二人で行くのはさすがにちょっと不安ね」


 ラシェルは嘆息混じりに肩をすくめると、掲示板から視線を外して今度は素材納品依頼のリストに目を通しはじめた。

 まあ、人数的な不安もあるのだろうが、何より心配なのはまともな回復法術を使える者がいないことだろう。

 【絆】スキルによっていちおう回復法術っぽいものを覚えはしたが、戦士である俺の法術にどれほどの効果が見込めるかなんて分からないし、あてにするのは危険だろう。


 しかし、たとえば今の俺たちにフィーやアイシャを加えればあるいは――と、思わなくもないが、そんな提案をしたらまたラシェルが闇を纏いそうな気もするのでやめておこう。


「これなんて良いんじゃない? フィーからの依頼ですって」


 ラシェルがニヤリとしながら依頼リストの中の一枚を見せてくる。

 どうやら東にある森で採れる薬草を採取してきてほしいというもので、リストには採取してほしい薬草の種類と重量あたりの単価が記載されている。

 フィーの雑貨屋では薬品やポーションの類も取り扱っていたから、単に薬草としての販売分だけでなくそれらの材料として用いる分も調達しなければならないのかもしれないな。


「そちらは常時納品を受けつけている依頼になりますから、該当の薬草をお持ちいただければいつでも報酬とお引換いたしますよぉ。ただ、お店で買ったものを持ってこられても損するだけなので気をつけてくださいねぇ」


 ご丁寧にソフィアが教えてくれる。

 まあ、それはそうだろうな。

 どうせなら森に行くついでに食料として使える野草や木のみ、茸類の採取をしてもいいかもしれない。


 ――と、そんな感じで依頼のチェックを済ませ、ぼちぼち『水蝶』に昼食を食べに行こうかと思いはじめた矢先のことである。


「あれ? キョウスケか? 何か依頼でも探してるのか?」


 なんの目的か、ふらっと姿を現したマリーベルと鉢合わせた。

 マリーベルこそ、こんなところに一人でどうしたというのだろう。


「いやー、実はちょっとギルドに依頼したいことができちゃってな。報酬のこととかよく分からないから、とりあえず相談に来てみたんだ」

「あら、何か困りごと?」


 ラシェルが依頼リストの束をソフィアに返しながらマリーベルに訊く。

 こんなところで出会ったのも何かの縁だし、もし俺たちで力になれることなら協力してやりたいところだが……。


「おお、本当か? 実はちょっと前から東の森に何か住み着いたらしくて、牛や山羊たちが怖がって厩舎から出てこなくなっちゃったんだ。魔物だったら危ないから、冒険者のヒトに見てきてもらえないかと思ってな」


 ほう。そういえば、俺たちがこの村に戻ってきた直後に見た牧草地も家畜の姿がまったく見られなかったな。

 てっきり放牧を行っていないだけと思っていたが、そういった事情があったのか。

 森の調査くらいならいくらでも請け負うが、この場合、いったん冒険者ギルドに依頼として出してもらったほうがいいのだろうか。


「いえいえ、ギルドに依頼として出していただく場合は仲介料をいただく必要がありますので、村の皆さんで解決できるならそうしていただいたほうがいいですよぉ」


 ソフィアが親切に教えてくれる。

 なるほど。そういうことなら、ここで俺たちと出会えたことはマリーベルにとっても幸運だったのかもしれないな。


「でも、東の森ってことは、この村に来るときに横を通ったあの森よね? わたしは何も感じなかったけどなぁ……」


 ラシェルは少し複雑そうな顔をしている。

 確かに、彼女の【探知】スキルであれば、森の中に魔物が住んでいればすぐに気づきそうではあるか。

 となると、何か他に家畜が怖がるような原因があるということだろうか。


「まあ、お昼を食べたら一度行ってみる?」


 そうしてみるか。

 村の外に出ることになるし、いちおうフィーにも一声かけておくかな。


「助かるよ! 家畜たちがまた表に出てくれるようになったらちゃんとお礼もさせてもらうから、よろしく頼むな!」


 マリーベルが破顔して俺とラシェルの手を交互に握り、意気揚々と帰っていった。

 はてさて、期待に答えられるとよいのだが……。


     ※


:絆・再会 【偶然も重なれば立派な運命です(運命力が向上)】

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