第十七章 ギルド出張所

 世の中には冒険者ギルドというものがある。

 その名のとおり冒険者の活動を支援する団体で、主な業務として魔物退治や素材納品、護衛や配達といった冒険者向けの仕事の斡旋やパーティメンバーの仲介、冒険者向けの情報提供を行なっている。

 魔物退治などの仕事の依頼はその地の自治体が出してくることが主だが、素材納品や護衛といった依頼は民間から出ているものが多数であり、冒険者にかぎらず一般市民にとってもなくてはならない組織である。

 とくにこのあたりは魔王領から比較的近いこともあり、少し人里を離れると魔物の活動も活発になってくる。

 ゴールジ村にはギルドの建物こそないが、週のうち何日かはノティラスのギルドから派遣員がやってきて依頼の受付と仕事の斡旋を行ってくれていた。


 スキル確認のあとに流れで一戦交えてしまった俺たちは、『水蝶』で昼食を食べるついでに一度広場にある冒険者ギルド出張所に顔を出そうということになった。


「あんたのスキルって、あっちのほうも上手くなるわけ?」


 広場への道を歩く道中、ラシェルがとんでもないことを訊いてきたが、これは無視した。


「これ以上、犠牲者が出ないようにしなきゃ……」


 ラシェルはしばらく一人でブツブツと呟いていた。犠牲者って……。


 ゴールジ村の広場では今日も市場が開かれており、各々の家庭で採れた野菜であったり手製のアクセサリや衣料品などが賑やかに販売されている。

 そんな市場の一角に紛れて、冒険者ギルドの出張所もぽつんと建っていた。

 ギルドのマークがついたタープの下に移動式の掲示板と机が並べられ、丸い眼鏡をかけた女性の派遣員が分厚い本を読みながらのんびりと冒険者の来訪を待っている。


 ラシェルと同じく尖った長い耳をしたその女性は、どうやらエルフ族であるらしい。

 ――というか、よくよく見るとその女性の顔には見覚えがあった。


「あれ? あんた、ソフィアじゃない?」


 どうやらラシェルも気づいたようで、驚いたように声をかけている。

 ソフィアと呼ばれたこのエルフ族の女性は、俺が覚えているかぎりでは大陸の南方にあるジェイカートという街のギルドで受付をしていた職員だったはずだ。


「あらぁ? ひょっとして、ラシェルさん? それに、キョウスケさんもぉ」


 本から顔を上げながら、おっとりした口調でソフィアが言った。

 ゆるくウェーブのかかった金髪にエメラルドのような碧色の瞳という精巧な人形を思わせるような美しい面立ちで、それでいてエルフ族としては珍しく肉感の良いシルエットの体型をしている。

 綿地のスーツのようなギルド職員の制服もピチッと体のラインを強調しており、その見た目の美しさも相まって市場に買い出しにきた男性諸氏の視線を釘づけにしていた。


「鼻の下のばしてんじゃないわよ」


 ラシェルに肘で小突かれた。す、すみません……。


「お二人はどうしてこんなところにいらっしゃるんですかぁ? 確か北に向かうって旅立たれてましたよねぇ」

「それはこっちのセリフよ。あんたこそなんでこんな村なんかに?」


 二人は互いに不思議そうな顔をしながら疑問を呈し合っている。

 俺たちがまだアリオスたちと一緒にいたころ、南方の中継都市であるジェイカートを拠点に活動していたことがあり、そのときに世話になっていたのがこのソフィアだった。

 十分に実力がついたタイミングで大陸中央のシュワルツェーネ王領に活動拠点を移したのだが、彼女が言っているのはおそらくそのときのことだろう。

 俺たちはあれから王の認可を受けて勇者パーティとなり、魔王討伐に向けてさらに北の地へと渡ったが、そこでいろいろあってパーティを離脱することになり、今はこの村の世話になっていることをソフィアに伝えた。


「そうだったんですねぇ。まあ、パーティ解散なんてこの業界ではよくあることですよぉ」


 ソフィアはニッコリと笑顔でそう言った。

 フォローされてるのか嫌味を言われているのかいまいち分からんな。

 まあ、たぶん悪意がないことだけは間違いないと思うが……。


「わたしも皆さんと出会ってからいろんなところに行ってみたくなりましてぇ、異動申請を受理してもらって、最近は派遣職員として各地を転々としてるんですよぉ。ノティラスにはちょうど一月くらいまえから赴任してましてぇ、それからずっとこの村への派遣業務を担当させてもらってるんですぅ」


 そうだったのか。

 ギルドの受付員ともなれば無数の冒険者と交流を持つことになるだろうに、その中でも俺たちとの出会いをきっかけにしてくれたというのはなんだか嬉しいな。

 その上でこうやって再会できたことを思うと、なんだか運命的なものすら感じる。


「本当ですねぇ。ひょっとしたら、本当に運命なのかもしれませんよぉ?」


 ソフィアはこちらを見上げたままニコニコしている。

 しかし、その一方で隣に立つラシェルは表情をなくし、光すらなくなった瞳でじっと俺の横顔を見つめていた。


「運命? 偶然に決まってるでしょ?」


 あ、はい……そうですよね……。

 ラシェルにとってこの件はセンシティブな話題のようだ。

 あまり深く突っ込まないほうが良いだろう。

 ただのヤキモチで済んでるうちは可愛いものだが、刺されてからでは遅い。


《スキル派生の条件を達成しました。【絆・再会】を獲得しました》


 うわっ、このタイミングか……。

 このことはちょっとラシェルには内緒にしておこう。


「でも、こんな長閑な村だと仕事も少なくて暇じゃない? ノティラスからそんなに離れてるわけでもないし」


 ――と、俺の心配をよそにコロッと表情を変えてラシェルが訊く。

 変わり身早いやんけ……。


「そんなことないですよぉ。最近はわざわざノティラスからこちらのほうまで依頼を受けにきてくれる冒険者のかたもおられるくらいなんですぅ」

「……どういうこと?」

「どういうことなんでしょうねぇ? まあ、基本的にはよほど吃緊の依頼でないかぎりはノティラスのギルドと同じ依頼も取り扱ってはいるんですけどぉ」


 顔に疑問符を浮かべるラシェルに、同じような表情をしながらソフィアが応じる。

 曰く、ノティラスで受注できる依頼の中で緊急性が低いもの――たとえば素材納品などに関してはこちらの出張所でも受注が可能らしい。

 そういった依頼に関しては本部への報告に戻るタイミングで追加の依頼があればリストに追加し、逆に依頼が締め切られたものに関してはリストから抜くのだという。


「……もしかして、それって男の冒険者ばっかり?」

「あらぁ? どうしてご存知なんですかぁ?」


 なるほど。ソフィアの美貌はこの市場を訪れる男性客だけでなくノティラスの冒険者まで引き寄せてしまうレベルということか。

 言われてみれば、市場で買いものをしている客に混じって冒険者らしき装いの男たちの姿も散見されるような気がする。

 少なくとも、かつて俺がこの村で暮らしていたころはここまで冒険者が出入りするような場所ではなかったはずだ。


「変な男に騙されないようにだけは気をつけなさいよ」


 ラシェルが嘆息混じりに言って肩をすくめた。

 もっとも、ソフィアは目をパチクリさせているだけで、ラシェルの言葉の意味を理解できているのかどうかは少し疑問だったが……。


「ちなみに今はどんな依頼があるの?」


 改めてラシェルが訊くと、ソフィアが幾つかのリストの束を出してくれた。


「こちらが納品関係で、こちらが討伐関係ですねぇ。それと、護衛や配達関係のリストもあるんですけど、あくまでこちらは紹介だけなので、受注自体はノティラスの本部で行っていただく必要がありますぅ」


 なるほど。まあ、護衛や配達となるとさすがに出張所での受注は難しいものな。

 納品関係は主に北の岩山で取れそうな鉱石や東の森で取れそうな薬草がメインで、よくよく見てみるとグスタフやフィーが依頼主になっている依頼もあるようだった。

 魔物討伐に関してはそもそも依頼の数が少なく、その対象もここから少し離れた場所に生息している魔物のようだった。


「このあたりは東に行けばすぐにノティラスがありますし、西の海岸沿いを南下すれば港町もありますから、魔物の心配は少ないですねぇ」


 難しい顔で討伐依頼のリストを眺めるラシェルに、ソフィアが言った。

 実際、この近辺は比較的交通量も多いため、魔物が現れても数を増やす前に狩られてしまう。

 魔物なんかよりもヒトのほうが怖いくらいで、とくに西側は海岸線との間に見通しの悪い林道があるため、行商人がちょくちょく野盗の被害にあっている。


 ――と、討伐依頼リストから顔を上げたラシェルが、掲示板のほうに目を向けた。

 冒険者向けの情報やノティラスの情勢について書かれた壁新聞が貼られており、その中の一枚に『ノティラス・ゴールジ村間でダンジョン発生中』という記事があった。


「ぜんぜん気づかなかったわ。コレ、いつの話?」


 ラシェルが驚いたように訊く。

 ノティラスとゴールジ村の間といえばまさに先日通りがかったばかりで、もしその時点ですでにダンジョンが発生していたのだとしたらラシェルの【探知】スキルに反応がなかったはずはないと思うのだが……。


「実はコレ、ノティラスからきた冒険者さんが今朝方持ってきてくれたものなんですよぉ。たぶん、まだできたてホヤホヤのダンジョンなんだと思いますぅ」

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