第十六章 キズナ総括そのいち

「ねぇ、いいでしょ? ちゃんと家事とかも手伝うから、アタシもキョウスケくんのお嫁さんにしてよ」

「ダメよ! もうあたしっていう妻がいるんだから! それにフィーだって……」


 腕試しを終えた俺たちは、そのまま裏庭で新たな攻防をはじめていた。

 今回はラシェル対アイシャである。

 いちおう俺も当事者ではあるのだが、今はグスタフと一緒に横倒しになった石像の上に座って観戦を決め込んでいる。


「フィーちゃん? フィーちゃんってキョウスケくんの元カノだよね? ヨリを戻したの?」

「うっ……まあ、そういうことになるのかしらね……」

「じゃあ、今さらアタシが一人くらい増えても問題なくない?」

「ダメよ! フィーはなんか本気でキョウスケのこと好きで好きでたまらなそうだったから特別!」

「アタシだって本気だよ!」


 いやいや、さすがにアイシャのこれはラシェルやフィーの気持ちとはベクトルが違う気もするが……。

 グスタフとしては、娘がこんな感じで勢い任せに結婚を決めようとしていることについてはどう思っているのだろう。


「まあ、オーガってのは強ければ良しみたいなところがあるのは事実だからな。一夫多妻も一妻多夫もどっちも珍しくはねえ」


 おお、そうなのか……。

 しかし、そのわりにはグスタフには奥さんらしきヒトの影はまるで見当たらないが……。


「俺はそういうのが面倒で里を逃げ出してきた身だからな。なんかオマケがついてきちまったが……」

「親父も故郷に三人の奥さんがいるんだよ! 本当はもう一人増える予定だったんだけど、結婚するとかしないとかって話をしてる途中で親父が逃げ出しちゃったんだよね! アタシはなんか面白そうだったからこっちについてきたんだ!」


 マジかよ。意外と悪い男だな。


「まあ、アタシを含めて子どももいっぱいいたし、おふくろたちは全然気にしてなかったよ!」


 おお、なんかよく分からんが、逞しいヒトたちなんだな。

 子どもさえできれば問題ないという感じなのだろうか。

 オーガ族の慣習というのは俺には分からないが、そもそもの結婚観というものが俺の思い描いているものと大きく異なることだけは間違いなさそうだ。

 しかし、グスタフだって娘が急に俺と結婚するなんてことになったらあまり良い気分はしないのではなかろうか。


「いや、俺はかまわねえ。アイシャがおまえの嫁に行ったあともここの店番をしてくれるならなお良しだ。そもそもおまえはアイシャに勝った。それはつまり、もう俺を超えてるってことだからな」


 そ、そんな馬鹿な……。

 剣の腕だけなら、俺はまだアイシャにもグスタフにも遠く及ばないと思うのだが……。


「まあ、剣の腕だけならな。だが、剣の腕だけで戦う状況なんて、実戦ではまず起こらねえ。俺たちオーガが求める強さってのは、生き残るための強さだ。むしろ今はおまえのその強さをアイシャに教えてやってほしいとさえ思ってる」


 ま、マジかよ。俺のなりふりかまわない戦いかたがむしろ認められようとは……。


「ねえ、それじゃ結婚はいったん諦めるから、子どもだけでも作らせてよ! アタシとキョウスケくんの子どもならきっと強い子に育つよ!」

「だ、ダメに決まってんでしょ! そっちのほうがダメ!」


 アイシャとラシェルの押し問答は、それからもしばらく続いた。


     ※


「しっかし、まさか本当に勝っちゃうなんてね……」


 借家までの帰り道を歩きながら、疲れたようにラシェルが言った。

 あれからもしばらくラシェルとアイシャの問答は続いたが、ひとまず今後もお互いの技能を教え合うという約束だけ取りつけてその場は解散となった。

 アイシャはどうやら本気で俺と結婚するつもりでいるようで、別れ際に『次の勝負でアタシが勝ったら今度こそ結婚してもらうから!』などと意味不明なことを言っていた。

 強さが逆転してしまったら結婚する意味もなくなるのではと思いもするのだが、そのあたりはオーガ族特有の考えかたがあったりするのだろうか。


「イヤな予感はしてたのよ。最近、目に見えてキョウスケのオーラが強くなってるから」


 オーラとな。【探知】スキルがあるからこそ感じる強さの指標か何かだろうか。


「そんな感じよ。あたしたちみたいな探知スキル持ちは、自分を基準にした相手の強さがなんとなく分かるの」


 それはもちろん知っているが——ということは、俺とアイシャではどちらが強いか分からないくらいそのオーラに差がなかったということか……?


「そうね。それに、グスタフさんのオーラはあんたやアイシャと比べたら確かに少し弱く感じたわ。別に謙遜してるわけじゃなかったのよ」


 ま、マジか。となると、本当に俺はこの一年の冒険と最近の絆スキル祭によって師を超えてしまったことになるのか。


「この調子だと、あたしもそのうち追い抜かれちゃうかも……でも、不思議よね。あんたとあたしの差は縮まってる気がしないのよ」


 ふむ。まあでもそれは、【絆】スキルに仲間を強化するスキルも含まれているからではないかな。


「あ、なるほど。そういうものもあるわけね」


 腕組みをしながら、得心したというようにラシェルが頷く。

 そして、何か思いついたように手を打つと、まるで宝の地図でも見つけたかのようなキラキラした瞳で俺の顔を覗き込みながら言った。


「ねえ、一度、あんたのその絆スキルがどれだけ増えたのかチェックしてみない?」


     ※


 自宅に戻った俺たちは、さっそくこれまでに獲得した【絆】スキルを総ざらいしてみることにした。

 ひとまず同じ系統のものをまとめた上でリスト化してみると、現状では概ね次のような感じだった。


・ステータス強化系(自分)


:絆・別離 全ステータスに1.2倍補正

:絆・真の仲間 全ステータスに1.2倍補正

:絆・修羅場 【絆・恋の鞘当て】発動時、自身の全ステータスに1.1倍補正


・スキル強化/追加系


:絆・契り(2) 技能スキルのランク上昇

:絆・犠牲 タウント発動中、および他者を庇った際のダメージを抑える

:絆・一触即発 魔術【エクスプロッシブ】を獲得

:絆・地雷 魔術【ライトクレイモア】を獲得

:絆・郷愁 法術【リフレッシュ】を獲得

:絆・復縁 法術【キュア】を獲得


・ステータス強化系(仲間)


:絆・嫉妬 自身に対して特定の感情を抱く仲間の全ステータスに1.2倍補正

:絆・独占欲 自身に対して特定の感情を強く抱く仲間の全ステータスに1.5倍補正(本スキルの発動条件を満たした場合【絆・嫉妬】は発動しない)

:絆・ヤミ 自身に対して特定の感情を抱く仲間の全ステータスに1.2倍補正

:絆・恋の鞘当て 自身に対して特定の感情を持つ仲間が二人以上いた場合、それぞれの全ステータスに1.1倍補正

:絆・憤怒 自身がダメージを受けた際、一時的に仲間の全ステータスに1.2倍補正


・その他強化系


:絆・契り(屋外) 精神異常耐性を獲得

:絆・一期一会 運命力が向上

:絆・お人好し 運命力が向上

:絆・オベーション 功績に対する周囲の評価が高まりやすくなる

:絆・屈服 果たし合い等で勝利を納めたとき、より相手の信頼を得られやすくなる

:絆・拳での語らい 誰かと諍いになっても嫌悪感を抱かれることがなくなる。また、激しい諍いのあとは強い信頼を得られるようになる

:絆・プライド 自身に特定の感情を持つ仲間が複数いた場合、協力関係を結びやすくなる(本スキルは【絆・嫉妬】【絆・独占欲】および【絆・恋の鞘当て】【絆・修羅場】の効果を抑制しない)


 列挙してみるとなかなかに壮観だな……。


「ざっと計算してみると、キョウスケのステータスはだいたい1.5倍、あたしなんかは最大で2倍以上になるみたいね。そりゃ差が縮まらないわけだわ……」


 ううむ……ただでさえ高いラシェルのステータスがさらに二倍以上も強化されているとなると、もはやアリオスでさえ敵わないレベルに到達しているのではなかろうか。

 

「ひょっとしたら、あたしたちだけで魔王を倒せちゃったり?」


 ラシェルがニヤリとしながら俺の脇腹を小突いてくる。

 さすがにそこまで簡単な話ではないとは思うが、例えばラシェルと同じだけの強化をアイシャにも付与することができたなら、ひょっとしたらいよいよ現実味のある話になってきたりするのかもしれない。


「はあ!? なんでここでアイシャの名前が出てくるのよ!? あんた、そうやって絆スキルにかこつけてオンナをはべらそうってんじゃないでしょうね!?」


 うわっ!? いきなりキレた!?

 ご、誤解です! 今のはただの例え話で……!


「もういいわ! 他のオンナのことなんか考えられないくらい、あたし一色にしてやるんだから!」


 ぐおあっ!? つ、強い!

 こ、これがステータス補正の差なのか……!?


 ・

 ・

 ・


「ダメ……あたし、もうあんたなしじゃ生きてけない……」


 なんか勝ってしまった……のか?


《スキル派生の条件を達成しました。【絆・攻守逆転】を獲得しました》


     ※


:絆・攻守逆転 【自分が優位だと思っていたのに、気づいたら沼にハマっていたなんてことはよくあることです(相手が自分より強ければ強いほどステータスに上方補正)】

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