第十五章 話が違う

 工房側の出入口の前には彫刻に失敗した石像が打ち捨てられている庭のような場所があり、そこが俺たちの稽古場でもあった。

 ときには人体を模した石像を相手に弱点部位を狙う稽古をすることなどもあって、思わぬ再利用法もあったものだなと感心させられたものだ。


「楽しみだなー! ねえ、キョウスケくん、とりあえずなんでも良いから打ち込んでみてよ!」


 木剣を手に俺の前に立つアイシャが、実に楽しそうにそう言った。

 エプロンこそ外しているが、その服装は先ほどと変わらず作業着のままで、防具らしい防具を身につけているわけではない。

 もちろんそれは俺も同じなのだが、木剣と言えど本気で打たれれば相応に痛いわけで、相手が自分より強いと分かっていても女性相手ではなかなか踏ん切りがつかなかった。


「もう! 来ないならこっちから行くよ!」


 一方、アイシャは堪え性のないタイプであるらしく、俺の逡巡など気にもせずに木剣の切先を突きつけてくる。

 しばしの睨み合い——そして、ラシェルとグスタフが思い思いの表情で見守る中、先に動いたのはアイシャだった。

 腰ダメに木剣を構えたままものすごい速度で踏み込んできたかと思うと、低い位置からの逆袈裟で脇腹を狙ってくる。

 ——は、疾い!

 もともとの能力の高さにAAAランクの【剣技】スキルによる補正がかかり、それこそ神速とも呼べる早さの一閃だった。


 しかし、何故だろう——不思議なことに、今の俺にはその太刀筋がはっきりと視えていた。

 【絆】スキルによって俺にもこれまで以上にさまざまな補正がかかっているからだろうか。

 咄嗟に構えた木剣がアイシャの一閃をいなし、返す刀で浴びせかけられた水平斬りも気づいたときには普通に受けとめられていた。


「ほう……」


 グスタフが感心したように声を漏らしている。

 俺もちょっと自分の反応の良さに驚いてしまった。

 少し前に魔物と一戦交えたときよりも、さらに体の動きが良くなっている気がする。

 自分が思い描くままに体が追従していくその感覚は、これまでに感じたことのない不思議なものだった。


「すごい! これが勇者パーティの力なんだね!」


 アイシャも何やら喜んでいる。

 ただ、これはあくまで最近の過剰な【絆】スキルの派生によるもので、俺の実力とは言い難いのが悲しいところだ。

 とくに強さを重んじるアイシャからしてみれば、今の俺なんて反則が服を着て歩いているようなものだろう。


「ど、どうしよう……キョウスケ、ぜんぜん強いじゃない……」


 ラシェルはラシェルで何やら焦っているようだ。

 俺が強かったら何か問題があるのだろうか。

 ——いや、今は余計なことを考えているときじゃない。

 俺はさらに追撃を放ってこようとするアイシャの側面に回り込むと、素早くその場にしゃがみ込んで足払いをする。

 しかし、それはさすがに読まれていたようで、アイシャは小さく跳ねてこれを躱すと、上段に構えた木剣をそのまま俺の頭に向けて振り下ろしてきた。

 俺はすぐさま横転してこれを躱し、地面の砂利を掴んでアイシャの顔に向かって投げつける。


「わぷっ!? ず、ズルくないっ!?」


 アイシャが文句を言ってくるが、実戦ではズルいもクソもないのだ。

 一年前、グスタフは自分から一本取れぬようでは外に出ても死ぬだけだと言ってなかなか旅立ちの許可をくれなかった。

 しかし、いろいろあって——というか、主にフィーとの別離で傷心していた俺は、すぐにでもこの村から旅立ちたいと思っていた。

 そんなド素人の俺がわずか一ヶ月で経験豊富なグスタフから一本取るために辿り着いた答えは、あらゆる環境を利用してでも足りない実力差を埋めることだった。


 アイシャは目に入った砂を拭いながら、それでも俺が死角に入らないよう必死にこちらを正面に捉えようとしている。

 俺はそんなアイシャに向けて、今度は思いっきり木剣を投げつけた。


「ええっ!?」


 さすがに予想外だったのか、アイシャは慌てて迫りくる木剣を切り払った。

 しかし、それこそが俺の作り出した最後の隙だ。

 完全ではない視界の中で木剣を注視したことで、アイシャは一瞬、完全に俺を見失った。

 焦ったように俺の姿を探すアイシャだが、それよりもこちらの動きのほうが早い。

 俺は地面すれすれの低い姿勢で側面からアイシャに組みつくと、その腕を掴みながら足を払い、思い切り彼女の体を引き摺り倒した。

 そのままアイシャの腕に絡みついて関節を極め、無理やり木剣を奪い取る。


「いたたたっ! 待って! タンマ、タンマ!」


 悲鳴を上げるアイシャの腕を解放すると、俺は涙目で自分の腕をさする彼女に奪い取った木剣の切先を突きつけた。

 だいぶ卑怯な手を使ってしまった気もするが、そもそも現時点ではただの腕試しだし、今の俺の実力を見てもらうという意味ではむしろ悪くない戦いだったのではなかろうか。


「か、勝っちゃったじゃない……」


 しかし、何故かラシェルが焦燥感たっぷりの表情でこちらを見ていた。

 うむ。まあ、勝ったと思うのだが、なんでそんなに焦った顔をしているんだ……?


「ま、負けちゃった……」


 一方のアイシャはアイシャで、ポカーンとした表情のまま俺の突きつけた木剣の切先を見つめている。

 ——と、思いきや、何故か急にその顔が真っ赤に染まりだし、熱っぽく潤んだ瞳が俺の顔をじっと捉えた。

 あれ……なんだか嫌な予感が……。


「あの、キョウスケくん……その……アタシのことも、お嫁さんにしてもらっていいかな……?」


 ものすごく唐突に求婚されてしまった。

 ラシェルが何やらすごい形相でこちらに歩み寄ってくる。


「ダメに決まってんでしょーっ!」


 ぶほあっ! な、なんで俺を殴るのォ!?


《スキル派生の条件を達成しました。【絆・屈服】を獲得しました》


 うおっ!? こっちもなんか言ってる!?


     ※


:絆・屈服 【ときにはどちらが上かはっきりさせておく必要もあります(果たし合い等で勝利を納めたとき、より相手の信頼を得られやすくなります)】

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