第十四章 戦巫女

「いやー、すぐに分かったよ! ホントにオーガみたいなカラダしてるんだね!」


 見た目の印象から勝手に理知的で物静かそうな印象を受けていたが、蓋を開けてみると女性はとにかく明朗快活な気質であるようだった。

 カウンターから出てくるなり俺の身体をぐるりと眺め回し、かつてボディビルで鍛え上げたその筋肉を惜しみになく称賛してくれた。

 まあ、そんな女性を見るラシェルの目つきは実に厳しいものではあったが……。


「アタシはアイシャっていうの。親父に言われてずっと冒険者をやってたんだけど、最近帰って来たんだ。キョウスケくんは親父からアタシのこと何か聞いてない?」


 上背のある女性――アイシャが軽く膝を折ってこちらに目線の高さを合わせながら、俺の顔を覗き込むようにして訊いてくる。

 ――と、ものすごい勢いで後ろから引っ張られた。

 もちろん、ラシェルである。

 恐る恐る肩越しにそちらのほうを振り返ってみると、般若のような形相でアイシャの顔を睨みつけている。


「あたしはラシェル。この男の妻よ。ダンナが変な気を起こすといけないから、距離感には配慮してもらえると助かるんだけど」


 つ、強い……しかし、フィーは別として、この女性については本当に面識もないし、そこまで敵意を剥き出しにする必要はないと思うのだが……。


「えーっ!? もう結婚してるの!? 人間って早いんだねぇ……あ、でも、ラシェルちゃんは見た感じエルフだよね? エルフと人間の夫婦ってこと!? うわー、アツいね!」


 アイシャがテンション高めに俺とラシェルを交互に見比べている。

 記憶の中の俺の師とは似ても似つかない性格だが、言われてみれば一度だけ年頃の娘さんがいると聞いたことがあったような気がする。

 そうか、あれがこの女性だったのか。

 師に言われて冒険者をやっていたということは、娘にも自分と同じように、若いうちに冒険者業を経験させておこうという教育方針なのだろうか。


「アイシャ……今、キョウスケと言ったか」


 ――と、奥にある扉が開き、工房のほうから大柄な男性が姿を現した。

 師である。名をグスタフという。

 かつて俺のいた世界でいう作務衣のような作業服を身につけ、作業中だったのか腰にノミや木槌を収めるためのバッグがついたベルトを巻いている。

 褐色よりは少し明るい小麦色の肌に、伸ばし放題になったボサボサの黒い髪、何処か気怠げな瞳の色は暗褐色で、あまりアイシャと外見的な特徴は似ていない。

 歳の頃は三十代後半といったところだが、オーガ族もご多聞に漏れず人間族より寿命が長いため、実際の年齢は概ね見た目プラス十歳くらいになる。

 さすがに血の繋がりがないということはなさそうだが、少なくともアイシャが父親似でないことだけは間違いなさそうだった。


 お久しぶりです——と、俺が挨拶をすると、グスタフは驚いたように目を見開き、それから薄く笑った。


「そうか。帰ってきていたのか。どうだ、魔王は倒せたか」


 嫌味なことを言ってくれる。

 まあ、グスタフのことだから、もとより俺に魔王を倒す力がないことくらいは分かっていたのかもしれない。

 俺はグスタフにこの村に戻ってくることになった経緯を説明すると、また以前のように稽古をつけてもらいたい旨も併せて伝えた。


「へええ! キョウスケくん、勇者パーティにいたんだね!」


 先に反応したのはアイシャのほうだった。

 冒険者をしていたものからすれば、やはり勇者パーティというだけで一目置かれるものらしい。

 アイシャは期待のこもったキラキラとした瞳で俺を見つめてくる。


「じゃあ、やっぱりキョウスケくんもすごく強いの!?」

「おまえ、ちゃんと話聞いてたか? 周りの強さについていけなかったから、キョウスケはパーティを追い出されたんだろうが」


 一方、グスタフは呆れたようにそう言って嘆息している。

 ——と、そんなグスタフの言い草が気に入らなかったのか、急にラシェルが前に進み出てきた。


「お言葉だけど、キョウスケは確かに戦う力こそみんなに及ばなかったかもしれないけど、パーティの活躍にはちゃんと貢献していたわ。あいつらがそのことをちゃんと理解できてなかっただけよ」


 むう。なんかこうやって庇ってもらえると、嬉しいけど気恥ずかしい部分もあるな。

 というか、こうやって俺のことをしっかり買ってくれるラシェルの信頼に応えられなかったことが何よりも歯痒い。


「ふむ……おまえさんは?」


 興味深そうにグスタフがラシェルの顔を見据えた。

 グスタフのことだから、ラシェルが凄腕の冒険者であることくらいはすぐに見抜くことだろう。


「あたしはラシェル。キョウスケの妻よ」


 先ほどと同じように告げ、ラシェルがグスタフの視線を正面から受けとめながら自分の胸をドンッと叩いた。

 だんだん男らしくなってくるな……。


「ふむ……キョウスケ、おまえは剣士としては半人前だったが、女を見る目は悪くねえようだな」


 グスタフがニヤッと笑う。

 その言葉の意味を理解したらしいラシェルの顔が、ぐるっと勢いよくこちらに向いた。

 うわあ、めっちゃ瞳がキラキラと輝いてる……。


「グスタフさん、良い人ね!」


 いくらなんでもそれはチョロすぎますよ。


「うるっさいわね! あんたも誉められてるんだから一緒に喜びなさいよ!」


 いてっ! ――尻を叩かれた。女を見る目だけ褒められてもなぁ……。


「キョウスケ、おまえの稽古だが……」


 ——と、グスタフが俺の顔を見て、それからアイシャのほうを指差しながら言った。


「まずはコイツと手合わせしてみろ。場合によっちゃ俺よりもアイシャのほうが適任かもしれん」

「えっ!? アタシ!?」


 いきなり話を振られてアイシャが目を丸くしている。

 俺も少し驚きだ。

 確かにアイシャが冒険者をしていたという話が事実なら戦闘経験だって相応にあるのだろうが、グスタフより適任というのはどういうことだろう。


「そりゃ、もう俺よりアイシャのほうが強いからな」


 な、なんだと?


「えーっ!? 親父、それはいくらなんでも買い被りすぎだよ!」

「別に買い被っちゃいねえ。アイシャ、おまえのステータスをキョウスケたちに見せてやれ」

「それは良いけど……」


 アイシャが戸惑うように言って、俺たちにも見えるようにステータスを表示してくれた。


:名前 アイシャ

:職業 戦巫女


:STR 87

:VIT 75

:CON 63

:SEN 69


 おお、めっちゃ強いやんけ……。

 【戦巫女】という職業を目にするのは初めてだが、剣士系と法術師系の複合職と考えるのが妥当だろうか。

 ラシェルの【狩人】も実は弓手系と盗賊系の複合職という話だから、こういった俺の知らない職業はまだまだたくさんあるのかもしれない。


 ちなみに最後に見たグスタフのステータスはこれよりも少し低いくらいだったと記憶している。

 つまり、ステータスだけで見ればアイシャは確かにグスタフを追い抜いているのだ。

 もちろん、あくまでステータスの話であって、技術的な面となれば話は変わってくると思うが……。


「アイシャは剣技スキルもAAAランクだ。もともと俺より強くなったら冒険者を辞めてもいいって約束だったからな」

「そうだったっけ?」

「そうだったろうが……じゃなきゃ、なんでおまえは冒険者辞めてこの村に戻ってきたんだよ」

「いやー、冒険者やってたらもっと強い人に出会えるかと思ったんだけど、みんな大したことないんだもん!」


 ケラケラと笑いながらアイシャが言った。

 まあ、これだけのステータスで【剣技】スキルもAAAランクとなれば、少なくとも俺にはアリオスくらいしか勝てそうな相手が思いつかなかった。

 あるいはいっそ今からアリオスたちのように魔王討伐に向かってみるというのはいかがだろうか。

 俺の役目は果たせなくなるかもしれないが、そもそもこの世界を混迷から救うことさえできれば神さまも満足してくれるだろうし……。


「いやいや、魔王討伐とか無理だよ! アタシはあくまで自分より強い人と出会いたかっただけだしね!」


 しかし、アイシャは謎に謙遜している。

 これだけ立派なステータスをしていれば、少なくともまったく通用しないなんてことはないと思うんだがなぁ……。


「自分より強い人を探してるの?」


 ——と、何か気になることでもあったのか、ラシェルがアイシャに訊き返していた。

 アイシャは腕組みをして頷きながら、困ったように溜息を吐く。


「そうなんだよ! オーガの女には昔っから自分より強い男と結婚しないと不幸になるってジンクスがあってさ! どうせ冒険者をやるなら、ついでにお婿さん探しもしようと思って!」

「……見つかったの?」

「ぜーんぜん! こんなことなら親父に修行なんてつけてもらわなきゃ良かったよ!」

「ふん。俺より弱い男に娘を任せられるか」


 グスタフがつまらなそうに鼻を鳴らしながら言った。

 実はちょっと子煩悩だったりするのかな……。


「ねえ、キョウスケ……」


 不意にラシェルが俺の腕を引っ張ってくる。

 見やると、何故か心配そうにこちらを見上げる彼女の顔が目に映った。


「うっかりあんたが勝っちゃったりしないわよね?」


 あ、そういう心配?

 いや、さすがに無理だと思うけど……。

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