第十三章 師匠
「やっぱり人数だったじゃない!」
翌朝、俺のステータスを後ろから覗き見ていたラシェルがさっそく激昂していた。
昨夜、宴会のあとにナニがあったか詳しい説明は控えさせてもらうが、大方の予想どおり【絆・契り】の横に記載されていた数字は人数が関係しているようだった。
「つまり、たくさんの女と寝れば寝るほどキョウスケは強くなっていくということだね。まさに英雄、色を好むといったところかな?」
「キョウスケは英雄なんかじゃないわよ!」
ベッドの上で解けた髪を結い直しているフィーは、少なくともラシェルよりは随分と余裕そうな態度をしている。
あまり独占欲の強いタイプではないのかもしれない。
ただ、だからといってあまりにだらしないことをしていると後ろから刺されるかもしれないので油断はできないが。
「分かってると思うけど、フィーだから許してるんだからね!? スキルのためとかいって何処の馬の骨とも知らない女と寝たら、あんたを殺してあたしも死ぬんだから!」
恐ろしいことを言いながら、ラシェルがボカボカと俺の背中を殴りつけてくる。
まあ、さすがに俺はそこまでフットワークの軽いタイプではないし、この村にいるかぎりそうそう新しい出会いもないとは思うから心配する必要はないと思うが……。
「どうかな。この村の女の子たちは、みんなキョウスケのことを気にかけているからね」
えっ!? そうなの!?
「鼻の下のばしてんじゃないわよォ!」
ラシェルが後ろから首を絞めてきた。
や、やめろ。死が見える……!
「とりあえずボクは店を開けなきゃいけないから、そろそろ戻るよ」
髪を結い終わったフィーが隣のベッドに飛び移り、その上に脱ぎ散らかされていた衣服をいそいそと身に纏って足早に玄関口のほうへと駆けていく。
「もし村の外へ出るなら一声かけておくれよ。勝手に何処かに行ったら許さないからね」
じっと俺の顔を見てそれだけ告げると、フィーは扉を開けて家の外へと出て行った。
一年前、自分は何も言わずに村を出て行ったくせに、俺にはしっかり釘を刺すのだから悪い女である。
「……はぁ。あたしたちはどうする?」
ひとまず怒りの矛先を納め、遅ればせながら着替えをはじめたラシェルが訊いてくる。
今日は浅草色のチュニックを着ているが、そもそも俺たちは旅暮らしの関係であまり衣服というものを所持していない。
今後の生活も考えると服のレパートリーは少し増やしても良いかも知れないな。
といっても、それは急ぐようなことではないし、それよりも俺にはこの村に来たら足を運んでおきたいところがあった。
「……また昔のオンナのところじゃないでしょうね?」
ち、ちげえ! それに、もうこれ以上はそういうつき合いのあった女性はいません!
「どうだか。フィーは他にもあんたのこと気にしてるオンナがいたって言ってたわよ」
うおお、だからやんわりと首を締めるなって……。
というか、この村はそもそも女性比率の高い村なので、女性の知人や友人が増えてしまうのは仕方がないのだ。
なんでもこの村の男性はある程度の年齢になったらノティラスに仕事を探しに行くのが慣例となっていて、そのままノティラスに居着いてしまう者も多いらしい。
それでも半分くらいは結婚や出産などを期にこちらに戻ってくるようで、村の人口自体は長い目で見ると維持されているのだとか。
それに、そもそもこれから会いに行こうとしている人物は男性である。
「ふうん……? どんなヒトなの?」
うむ。その人物というのは、俺に戦う方法を教えてくれたヒトのことだ。
まだ俺がこの世界に降り立って右も左も知らなかったころ、それでも俺なりに神だかなんだかに言われたことを遂行するために何をすべきかを考えていた。
そこで思い至ったのが、この世界に混迷をもたらす諸悪の根源――魔王の討伐だった。
実に単純明快である。
ただ、これには非常に大きな問題があった。
前生で平和な暮らしをしていた俺には、そもそも戦う技術がなかったのである。
もちろん、俺には【剣技】というスキルがあった。
ただ、だからといって剣を握るどころかその実物すら見たことのなかった俺がすぐに戦えるようになるはずもなく、まして魔王討伐など夢もまた夢であった。
そこで、俺は村の者に紹介され、北にある岩山の麓で大工職人をしているというオーガ族の男性に剣の使いかたを教わることになったのだ。
「へええ。あんたのお師匠さまってこと?」
概ねそんな感じである。
彼は今でこそ大工職人を生業としているが、AAAランクの【剣技】スキルを所持した紛うことなき剣の達人だった。
若いころには冒険者としてそれなりに名を馳せてもいたらしいのだが、今はこの村で建築や家具づくりに携わる職人をする傍ら、森で採れる木材や岩山で採れる石材を使って趣味である彫刻をしながら過ごしている。
「なるほどね。成長した自分の姿を見てもらおうって感じ?」
ラシェルがニヤリと笑いながら言ってくる。
まあ、そういった面もなくはないが、どちらかというとそれなりに経験を積んだ今の俺だからこそできる稽古をつけてもらいにいくといった感じだろうか。
そもそもアリオスにパーティを除名されたのも俺の実力不足が一番の要因だろうし、いつかまた魔王討伐を志す上でも、まずは今以上に戦える力を身につける必要がある。
「真面目ねぇ……少しくらいノンビリしてもいいんじゃない?」
ラシェルが昨日の夕食の残りであるベーコンをバゲットに挟んで食べながら言う。
そうは言っても、のんびりしていて体が鈍ってしまっては元も子もないからな。
それに、最近は【絆】スキルがどんどん増えていくこともあって自分の力量がどうなっているのかいまいち判別がつかなくなってきているところもある。
師に会いに行くのは、今の俺の力を客観的に判断してもらいたいという面もあった。
「分かったわよ。でも、まずは朝食にしましょ。スープ飲む? 温めてあげる」
そう言いながら、ラシェルが火口に火をつけて釜戸の中に投げ入れる。
すでにラシェルは食べはじめていたような気もしたが、せっかくだから俺もいただくことにしようか。
釜戸の鍋には昨日の夜に家事妖精が作ってくれたポトフがまだ少し残っている。
鍋を火にかけながらラシェルが俺にもベーコンのバゲットサンドを用意してくれて、俺はベッドの縁からテーブルに移りながらそれを受け取る。
「ねえ、なんだかこうしてると、ちゃんと夫婦みたいよね」
バゲットサンドを頬張る俺を見ながら、照れくさそうにラシェルが言った。
思わぬ不意打ちに面食らった俺は喉を詰まらせないようにすることに精一杯で、気の利いた一言すら返すことができなかった。
こういうのにも早く慣れないとな……。
※
ゴールジ村の北にある岩山では、古くから良質な石材や鉱石が採れるという話である。
まあ、そうは言ってもわざわざよそから採掘にくる者の話は聞いたことがないので、あくまでも地元の者のみが知る程度の知名度なのだろう。
とはいえ、俺の師であるオーガ族の男性がこの村に居を構えたのはこの岩山を気に入ってのことだったはずなので、少なくとも良質な素材が採れること自体は事実のはずである。
朝食後、俺たちは予定どおり岩山の麓にある工房を訪れていた。
入口には《グレンストスの大槌》と書かれた看板が立てかけられており、これはこの世界の伝承に出てくる巨人の鍛冶師グレンストスの名にあやかったものらしい。
この工房では刀剣の類も扱っているから、実はそちらのほうにこそ真に造詣が深いのかも知れない。
「へええ、面白い感じの建物ね」
表側のほうがログハウス風の二階建て、裏側のほうが煉瓦造りの平家になっているその独特な構造の建屋を眺めながら、ラシェルが感心したように言う。
とくに内装が変わっていなければ表側の一階部分が家具や小物、日曜大工に使える部材の販売所になっていて、その奥が工房になっていたはずだ。
俺たちは入口の扉に手をかけると、開閉に合わせて鳴り響く鐘の音を聞きながら建物の中へと入っていった。
入ってすぐ正面にカウンターがあり、俺はそこに立つ人物に挨拶しようとして――その人物がまったく見知らぬ若い女性だったことに気づき、思わず口をつぐんだ。
縁の豊かな漆黒の髪に暗褐色の肌、切れ長な瞳は月を思わせる金色で、額からはオーガ族の特徴である乳白色の二本の角が生えている。
作業着と思われる服の上に厚手のエプロンを着けて、少なくともこの工房の関係者であることは間違いなさそうだが、この一年で新しい従業員でも雇ったのだろうか。
女性もしばし呆けたようにじっと俺の顔を見つめたあと、それから急に何かに気づいたように手を叩き、顔立ちに似合わない快活そうな笑みを浮かべて口を開いた。
「キミ、ひょっとしてキョウスケくんじゃない!? 村に戻ってきたの!?」
え……? 俺のこと、知ってる……?
——と、その刹那、俺の隣でラシェルが爆発した。
「嘘つき! もうオンナはいないって言ってたじゃない!」
うおあっ!? ご、誤解ですーっ!
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