第十章 このヒトはダメ

 それから俺たちはなだらかな坂道を登っていき、丘の上にある村長の村へとやってきた。

 村長はたまたま庭の手入れをしている最中だったようで、すぐに俺たちの来訪に気づいて出迎えてくれた。


「ほう、キョウスケか。久しいのう」


 大きな枝切りバサミを持ったまま、柔和な笑みを浮かべて村長が言った。

 ホビット族の老人で、歳は八十代の後半くらいだったはずだ。

 この世界にはさまざまな種族の者が暮らしているが、人間族以外の種族は総じて寿命が長い傾向にある。

 ホビット族もその例に漏れず、平均的な寿命は人間族の1.2倍ほどだ。

 また、ホビット族はその小柄な体躯以外にも加齢による見た目の変化が変則的という特徴があり、十代の半ばから七十歳くらいまでは見た目がほとんど変わらないのだという。

 聞いた話では、おおむね七十歳から八十歳くらいにかけての間に一気に老け込んでいくのだそうだ。

 村長の見た目が年相応なのはそういった特性によるもののようで、ホビット族特有の小柄な体躯もあって、童話に出てくる小人のような印象だった。


「風の噂で勇者パーティと呼ばれるほどにまでなったと聞いておったが、なんぞ近くに立ち寄ることでもあったかの」


 村長はどうやら俺がたまたま旅の途中でこの村に立ち寄ったものと思っているらしい。

 ううむ、こういう切り口で来られると説明するにも勇気がいるな……。

 とはいえ、誤魔化しても仕方がないので、俺は自分がパーティを除名されたことと、この村を拠点に一から一介の冒険者としてやり直すつもりであることを伝えた。


「なんと、かようなことがあったのか。そういうことであればしばらくこの村でゆっくりしていくと良いじゃろう。もう今日の宿はとってあるのか?」


 村長の問いに、俺は首を振る。

 この村には『水蝶』という旅人向けの宿があり、かつて俺がこの村に滞在していたときは長らく世話になっていた。

 ただ、今回はラシェルもいることだし、もしマリーベルが言っていたように空き家があるのであれば、そちらを使わせてもらえるとありがたいという旨を伝える。


「おお、そうじゃの。しばらく放置しておったから少しカビ臭いやもしれんが、家具もいくつか残っておるし、寝泊まりする程度ならすぐにでも使えるじゃろうて」


 快く承諾してくれた村長が鍵を取りに行くと家の中に入っていき、俺たちはしばし二人で庭先を眺めながら待つことにする。

 ほどなくして村長が古びた鍵を手に戻ってきて、それを俺に手渡しながら言った。


「空き家は雑貨屋のすぐ裏に建っておるぞ。そうじゃ、フィオレニアにはもう会ったかの?」


 ――と、村長は何の気なしにそう口にしたのだろうが……。

 その言葉に、俺は思わず硬直してしまった。

 フィオレニア――だと? 何故、ここでその名前が出てくるんだ……?


「あやつも半年ほど前にこの村に戻ってきてての。今は薬草やら魔法薬やらを扱っとる雑貨屋を営んでおるんじゃよ。おんしが戻ってきたと知れば、あやつも喜ぶじゃろうて」


 いやいや、待て待て……。

 今さらになって、俺はマリーベルが『雑貨屋には行かないほうがいい』と言っていたことの意味を理解した。


「ところで、そこにおるお嬢さんは旅の連れかの?」


 そのときになって、ようやく村長がラシェルの存在に興味を示したようだ。

 ラシェルはすでに俺の様子がおかしいことに気がついているようで、先ほどからずっと光を感じさせない暗い瞳で俺の横顔を見据えている。

 俺は喉が引き攣れるのを感じながら、ラシェルはただの旅の連れではなくパートナー的な存在であることを村長に伝えた。

 村長はしばし目を丸くして押し黙ったあと――ゆっくりと俺の顔から目を逸らした。


「い、今のワシの話、なかったことにはできんかの……?」


 なかったことにできるなら、俺だってそうしたいですよ……。


《スキル派生の条件を達成しました。【絆・地雷】を獲得しました》


 うお!? このタイミングで!?


     ※


「雑貨屋に行きましょ」


 ラシェルに腕を引っ張られながら、俺は来た道を戻って雑貨屋があるという場所まで強引に引きずられていった。

 いくら俺が難色を示してもラシェルはまったく聞き耳を持ってくれず、絶対に雑貨屋に行くという確固たる意思を固めているようだった。

 どのみち俺たちがこれから住まう予定の空き家は雑貨屋の近くにあるわけだし、どれだけ抵抗したっていずれ店主である人物と再会することは避けられないだろう。

 であれば、けっきょく早いか遅いかの違いでしかないわけだが……。


「ここみたいね」


 そう言ってラシェルが足をとめたのは、通りの分かれ道を進んだ先にあるこぢんまりとした建物の前だった。

 この村の一般的な建築である木造ではなく煉瓦造りのモダンな構えで、入口の扉の前に可愛らしい魔女の油絵が描かれた看板が立っている。

 『魔女のアトリエ』――と、書かれているが、それがこの店の名前なのだろうか。


「入りましょ」


 ぼんやりと看板を眺めている俺にそう言って、ラシェルが店の中に入ってしまった。

 このままラシェルだけ置いてこっそり空き家に向かおうかな――と、思わずそんなことを考えてしまう俺だったが、それはそれであとが怖い気もする。

 俺は諦めとともに深々と嘆息すると、覚悟を決めて店の扉に手をかけた。

 店内はアロマでも焚かれているのか何やら不思議な香りがして、さらに何処からともなく川のせせらぎのような音も聞こえてきている。

 窓は見当たらなかったが、間接照明による柔らかな光で何処の棚も影になることなく照らされており、その独特な雰囲気がただの雑貨屋でないことをなんとなく察せさせる。


「いらっしゃい。旅人さんかな」


 奥から店主の声が聞こえてきた。

 この声は——間違いない。

 俺は反射的に商品棚の陰に隠れてしまった。

 幸いにもラシェルはそんな俺の様子に気づいていないようで、声のするほうを見やりながら店の奥へと歩いていく。


「こんにちは。今日からこの近くに住むことになったラシェルよ。先に挨拶を済ませておこうと思ってお邪魔したの」


 声だけはにこやかにそう言うラシェルに、俺は背筋が凍りつくのを感じた。

 たぶん、この前の酒場の一件がなければきっとこのタイミングで【絆・一触即発】が派生していたことと思う。


「これはご丁寧にどうも。ボクはフィオレニア。呼びにくいと思うから、フィーと呼んでくれて構わないよ」

「ありがとう、フィー。ところで、少し聞きたいんだけど……」


 店主——フィーはとくに警戒した様子もなく気安い調子でラシェルに応じている。

 一方、ラシェルは最初からエンジン全開で行くようだ。


「キョウスケって男の名前に、聞き覚えはある?」


 空気がピーンと張り詰めていくのを感じた。


「……懐かしい名前だね」


 いくらかトーンを落とした声音で、フィーが答える。


「わたしのパートナー……ううん、ダンナの名前よ。昔、ちょっとだけこの村にお世話になってたらしくて、もしかしたらフィーも知ってるかなと思って」

「ふーん、なるほどね……」


 何がなるほどなのかは分からないが、フィーは少し笑っているようだった。

 といっても、決して楽しそうな笑いかたではなかったが……。


「それじゃ、キョウスケも一緒に村に来ているのかい?」


 フィーが訊いてくる。

 まずい。こうなることが分かっていたらさっさと退散していたものを……。


「一緒に来てるわよ。ほら、ここに」


 ラシェルが後ろ歩きで近くまで戻ってきて、棚の影に隠れてる俺に思い切りその視線を向けてくる。

 【探知】スキルを持つ彼女の目を欺くことなど最初から不可能なのは分かっていたが、しかし、これは面倒なことになったぞ……。


「キョウスケ……?」


 俺が恐る恐る棚の陰から顔を出して奥にあるカウンターのほうを見やると、首を伸ばしてこちらのほうを覗き込んでいるフィーと正面から目が合った。

 明るいベージュ色の髪を緩めの三つ編みにして、その上に紺色のベレー帽を被ったハーフエルフの女性である。

 見た目には十代半ば——いや、十代前半くらいにしか見えないが、それは彼女の特殊な血筋に由来するものであり、年齢自体は俺よりもずっと上だったはずだ。

 こちらを見つめるその瞳は灰色で、ただでさえ大きいにも関わらず、今はさらに丸く大きく見開かれている。


 ——と、その瞬間、ラシェルが思い切り俺の胸ぐらを掴んできた。


「ウソつき! やっぱり昔のオンナがいたじゃない!」


 ち、ちげえ! 誤解だ! 少なくとも俺は彼女がこの村にいるなんて知らなかったんだ!


《スキル派生の条件を達成しました。【絆・恋の鞘当て】を獲得しました》


 ぬあっ!? 脳内音声さんにはお見とおしってコト!?


     ※


:絆・地雷 【爆弾は思わぬところに潜んでいます(魔術【ライトクレイモア】を獲得)】

:絆・恋の鞘当て 【ときに恋は争いを生みます(自身に対して特定の感情を持つ仲間が二人以上いた場合、それぞれの全ステータスに1.1倍補正)】

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