第八章 あんたはあたしのもの
翌日、俺たちは予定どおり西部行きの馬車に乗り、ゴールジ村へ向けての旅を再開した。
といっても、馬車で行けるのは手前のノティラスまでで、ゴールジ村にはそこから徒歩で向かうことになる。
そのノティラスまでの道中もサウスワーパウスからは馬車を乗り継いで一週間ほどかかるから、旅の終盤ではもう尻が痛くて痛くてたまらなかった。
「君たちはなんの目的でノティラスに?」
そう声をかけてきたのは、最後に乗ったノティラス行きの馬車でたまたま乗り合わせた冒険者風の男性だった。
明るめの茶髪に褐色の瞳をした人間族の男性で、歳は二十代の半ばくらいだろうか。
一見すると女性にも見えるほど美しい面立ちをしているが、身につけている鎧は重戦士のそれで、これだけ重そうな鎧を身につけて一人旅をする女性の冒険者というのは、少なくとも俺の常識では考え難かった。
「ノティラスじゃなくて、その先のゴールジ村に行く予定よ」
俺が答えるよりも早く、隣に座るラシェルが応じた。
その顔には何故か警戒心のようなものが浮かんでおり、男性からは見えない位置で俺の体に腕を回してきたかと思うと、ギュッと抱き寄せるように力を込めてくる。
少なくとも目の前の男性からは敵意のようなものは感じないが、【探知】スキルを持つ彼女のことだから俺には分からない何かを察しているのだろうか。
「そうなのか。もし君たちさえ良ければ、僕の仕事を少し手伝ってもらえないものかと思ったんだけれどね」
男性が残念そうにそう言って笑った。
「とくに、そちらのお嬢さんはかなりの手練のようだから」
どうやらラシェルの実力には早々に気づいていたらしい。
他にも乗合客の姿はあり、中には冒険者らしき者の姿もあったのだが、その中でも敢えて俺たちに声をかけてきたのは彼女の力を見込んでのことなのかもしれない。
「悪いけど、あたしたちはゴールジ村に行かなきゃいけないから」
ラシェルがギュッと腕に力を込めて身を寄せながらそう告げ、何かを察したらしい男性が困ったように笑って、それ以上はとくに俺たちを誘うようなことは言ってこなかった。
とはいえ、馬車の中では世間話くらいしか時間を潰せることもない。
俺たちはそれからなんとなく当たり障りのない話を続けながら、馬車がノティラスに着くまでの時間をのんびりと過ごした。
聞けば男性は名をセレストいい、魔物退治を生業とする冒険者なのだそうだ。
ノティラスに到着したあとは、そのまま今回のターゲットが棲息しているという南の山岳地帯に向かう予定とのことだった。
「当面はこのあたりを拠点にする予定なんだ。もし縁があればまた会おう」
ノティラスに着くとセレスはそれだけを告げ、重たそうな鎧に見合わぬ軽快な足取りで南門のほうへと去って行った。
巨大なクロスボウと大剣を背負ったその後ろ姿には、歴戦の猛者の風格が漂っている。
わざわざ俺たちに声をかけてくるくらいだし、標的としている魔物も相応に手強い相手なのだろう。
「あいつ、イケ好かない感じだったけど、男を見る目だけは確かなようね」
セレスの背中を見送りながら、ラシェルが何故か安堵したようにそっと溜息を吐いた。
それを言うなら女を見る目では……?
「なに言ってんのよ。あいつ、ずっとあんたに対して色目を使ってたじゃない。気づいてなかったの?」
——は? 色目?
いやいや、俺、そっちの趣味はないんだけど……。
「……あきれた。あんた、あいつのこと、男だと思ってたわけ?」
え? 違うの?
「どう見ても女だったじゃない! それに、名前も! なんでアレで男だって判断になるのよ! 信じらんない!」
怒られてしまった。
確かに、実際に女性かと見紛うほど美しい風貌をしていたし、セレスというのも一般的には女性に授けられる名前ではあるが……。
とはいえ、自分のことを『僕』と言っていたし、そもそも俺の目にはラシェルのほうに興味を示しているように見えていた。
「あたしはカモフラージュにされてただけよ。最初っからずっと本命はあんただった。あたしには分かるの」
何故か自信たっぷりにラシェルが告げ、そのまま俺の腕をギュッと抱きすくめてくる。
「あんた、自分では気づいてないかも知れないけど、変に体格が良いから目立つのよ。悪い女に騙されないようにあたしがしっかり見ててあげないと……」
何やらブツブツと言っている。
体格が良いのはおそらく前世でボディビルに傾倒していた名残だろう。
さすがにこの世界に降り立った直後のコンディションと比較すればそれなりに肉も乗ってしまったが、この世界での冒険の日々は結果的に体型の維持にも貢献してくれていた。
もともとこの世界の人間族は裕福層を除けば痩せた体型の者が多いし、今でも俺のカラダはこの世界の男性の中ではかなり逞しいほうだという自覚はある。
しかし、そのことで女性の注目を集めるなどということは考えたこともなかった。
肉体的な強さがそのままあらゆる可能性に繋がるこの世界では、見た目の逞しさの持つ訴求力というものが俺が思っているよりも高いのかもしれない。
つまり、この世界ではマッチョであるほどモテる可能性が高いということか……。
「もう! あんたにはあたしがいるでしょ!? 今さらモテる必要なんてないのよ!」
ラシェルが唇を尖らせながら俺の脇腹を肘で小突いてくる。
うむ。確かにそれはそうなのだが、どうせモテるならモテたいと思うのもまた男の性よ。
それにほら、そういうところからまたスキルが増える可能性もあるし……。
「そうやって軽く考えてると、すぐにコロッと騙されるんだからね? そうじゃなくたってあんたみたいなお人好しは足許すくわれやすいんだから……」
むう、お人好しか。
前生では他人に興味を持たなさすぎることを指摘されていた俺がそんなふうに言われるようになろうとは、世の中、何がどう変わるか分からないものだな……。
「いい? 今後はあたしがちゃんと認めた女以外にはホイホイついてっちゃダメだからね? 分かった?」
なんか母親みたいなこと言ってる。
いや、こんなこと言ってくる母親もそれはそれで嫌か。
まあ、ラシェルはラシェルなりに俺のことを心配してくれているのだろうし、今は素直に言うことを聞いておこう。
それから俺たちは道すがら見つけた雑貨屋で食糧を買い足すと、西門からノティラスを出ていよいよゴールジ村への最後の道中を歩き出した。
あとは二時間も歩けばゴールジ村だ。ようやくここまで帰ってきた。
一年ぶりに見るノティラス周辺の光景に懐かしさを感じていると、何を思ったのかラシェルが肩口に体当たりしてきた。
「ちゃんと村に着いたらあたしのことを紹介するのよ? 嫁を連れて帰ってきましたって」
よ、嫁ェ!? そ、それはなんていうか、一足飛びすぎやしませんかね……!?
「ダメよ、最初が肝心なんだから! 変な虫がつかないように先手を打っておかないと!」
ラシェルが見えない敵に向かってシュシュっとパンチを繰り出している。
うーむ、思ったより独占欲の強いタイプだったみたいだな。
まあ、別にやましいことがあるわけではないし、そこまで言うなら俺も腹を括るか。
いずれ力をつけたらまた再び魔王討伐の旅に出るつもりではあるが、それまで当面の間はゴールジ村の世話になるつもりだった。
もし空き家でもあるなら当面の活動拠点として借りることも考えているし、そうなれば俺とラシェルはいよいよ完全に生活をともにするパートナーということになる。
であれば、中途半端に『旅の仲間』と紹介するよりも、いっそ最初から『嫁』ということにしてしまったほうが余計な誤解も少ないか。
そもそもこの世界において、何処かに定住しているわけでもなければ婚姻自体が口約束程度のものでしかない。
——と、そんなことを考えていると、脳内にいつもの音声が響いてきた。
《スキル派生の条件を達成しました。【絆・お人好し】を獲得しました》
《スキル派生の条件を達成しました。【絆・独占欲】を獲得しました》
おお、また二つもスキルが増えてしまったぜ。
というか、特別に何かしなくてもどんどん増えていくんだな……。
※
:絆・お人好し 【貴方の行いは巡り廻って貴方自身を助けるでしょう(運命力が向上)】
:絆・独占欲 【嫉妬を超えた強い執着心はより強い力を与えるでしょう(自身に対して特定の感情を強く抱く仲間の全ステータスに1.5倍補正。本スキルの発動条件を満たした場合【絆・嫉妬】は発動しません)】
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