第七章 負けたやつが悪い

 しかし、こんな形でスキルをポコポコと派生させてしまって良いのだろうか。

 このようにスキルのために他者との関わりかたを模索するという行いは、絆という観点からすると本末転倒な気がしなくもないのだ。

 とはいえ、こんな仕組みにした神さまにも多少の責任はある。

 理屈が分かってしまったら、こんなの楽しくなってしまうに決まっているではないか。


「あんた、キョウスケにケガさせて、ただで済むと思うんじゃないわよ!」


 ラシェルが怒声を上げながら髭面の冒険者を睨みつけた。

 すまん、ラシェル。別に怪我はしてないんだ……。


「だったらどうだってンだ!? テメェがそこの情けない兄ちゃんの仇を討つか!?」


 髭面はラシェルに対して圧倒的な優位に立っているという謎の自信があるらしく、下卑た笑みを口の端に浮かべながら挑発めいたことを言ってくる。

 他の仲間たちも逃げ場を奪うように俺たちを取り囲みはじめており、店内の酔っぱらいたちは無責任な歓声を上げている。

 こんな見た目にもかぼそいエルフの少女が暴漢に囲まれているというのに誰も助けに入らないなんて、この街の治安はお世辞にも良いとは言えないみたいだな……。


 まあいい。すべてをラシェルに任せるのも情けないし、俺もちゃんと男を見せよう。

 そう思って立ち上がると――次の瞬間、傍らからラシェルの姿が消えていた。

 何が起こったのかと目を丸くしていると、俺と同じように呆けたような顔をしている髭面の背後にラシェルの影が見える。


「ふんっ!」


 火薬の破裂するような音が響く。

 それがラシェルの床を踏み抜く音だと理解したのは、彼女のボディブローが髭面の脇腹に突き刺さっていることに気づいたときだった。

 髭面が目玉をひん剥きながら唾液を撒き散らし、声もなくその場にくずおれる。


「て、テメェ!」


 焦ったように髭面の仲間たちが動き出し、そのうちの一人はすぐさまラシェルに殴りかかっていったが、残る二人は手近なところにいた俺のほうに狙いを定めたようだ。

 ステゴロはあまり経験がないが、ラシェルにあんな格好良い姿を見せられて俺だけ情けない姿を晒すわけにもいくまい。


「ぶっ殺してやる!」


 俺に向かってきたのは頬に傷痕のある男と坊主頭の男で、先に傷痕の男が低い姿勢をとって飛びかかってきた。

 大ぶりのパンチをしてこないだけで、先ほどの髭面の男よりもいくらか喧嘩慣れしているように感じる。

 このまま勢いに任せてマウントでも取られたら、もう一人の坊主頭と合わせて袋叩きにされてしまう可能性もありそうだ。

 最初から連携を考慮しての戦法だとしたら、油断のならない男である。


 俺は敢えて男の体を正面から受けとめると、押し倒してこようとする男の力に抗いながら両腕を振り上げ、そのまま男のうなじを目がけて鋭く両肘を落とした。


「ガッ――!?」


 頸部を打ち据えられて、傷痕の男が白目を剥きながら昏倒する。

 そのまま男の体を蹴り飛ばし、焦ったように横から殴りかかってきた坊主頭の一撃を両腕でブロックすると、テーブルから麦酒の入ったマグを取ってその顔に中身をぶちまける。


「ぐおっ!? 卑怯だぞ!」


 多勢に無勢で卑怯もクソもあるか。

 俺はすぐさま坊主頭の側面に回り込むと、視界を潰されてあらぬ方向を見たままガードをしているその横っ面に向かって思いっきり拳を叩き込んだ。

 こめかみを思い切り打ち抜かれた坊主頭は、そのまま床に倒れ伏して動かなくなる。


 観客を決め込んでいた周りの酔っぱらいたちが歓声を上げた。

 ありがとう、ありがとう――思わず観衆に向かって手を上げかける俺だったが、どうやらその歓声はこちらに向けられたものではなかったらしい。

 客たちの視線の先を追うと、そこには顔を腫らしたモジャモジャ頭の男と軽快なフットワークでそんな男をボコボコにしているラシェルの姿があった。


「どうしたのよ!? キョウスケの痛みはこんなもんじゃないわよ!?」


 どうやら俺のために怒ってくれているらしい。

 でも、ゴメン……さっきも言ったけど、俺は別に怪我はしてないし、それにもうこっちのほうは片づいてるよ……。


「あれっ!? キョウスケ!?」


 ――と、どうやらラシェルもピンピンしている俺の様子に気づいたらしい。

 驚いたようにこちらに顔を向けて目を丸くしている。

 そして、それを反撃のチャンスと見て取ったモジャモジャ頭の男がラシェルに向かって飛びかかっていくが――ラシェルは軽い身のこなしで男の攻撃を躱しつつ側面に回ると、脇腹に向かって鋭い膝蹴りをお見舞いした。

 男は唾液を撒き散らしながら地面に倒れ伏し、ぴくりとも動かなくなる。


 再び観客たちが歓声があがった。


「あんたたちやるねえ! ウチでは喧嘩に強いやつが正義さ!」


 観客の中から一人の男が歩み出てきて、俺たちに向けて拍手をしながらそう言った。

 何処かで見たことのある顔だな――と思ったら、この宿屋の主人だった。

 俺が驚きのあまり言葉を失っていると、主人が何やら手振りで合図をし、それに呼応して観客の中から何人かの大柄な男が歩み出てくる。

 そして、男たちはそのまま『血濡れの戦鬼隊』の面々を担ぎ上げて店の外に放りだしてしまった。


「ご、ごめんなさい、お店の中で暴れちゃって……」


 ラシェルが慌てたように宿の主人に頭を下げている。

 確かに、喧嘩を吹っかけてきたのは『血濡れの戦鬼隊』の連中だが、挑発に乗って喧嘩を買ってしまったのは俺たちだし、こうなってしまった責任の一端はある。

 というか、もし何か壊してしまったものがあるなら弁償したほうが良いのかな。


「良い良い、かまわんよ。喧嘩は負けたほうが悪い。代金は奴らに払わせるさ」


 そう言って主人が顔を向けた先を見やると、『血濡れの戦鬼隊』を外に放り出しに行った男たちが戻ってきて、その手に持っていた金貨袋を掲げて見せてくれた。

 おお、ただ追い出すだけではないんだな……。


「場所柄、この街は荒くれ者も多いからね。いちいち喧嘩を仲裁してたんじゃ警備隊が何人いても足りゃしないから、もうやりたいようにやらせるようにしてるんだよ」


 宿の主人は男から金貨袋を受け取ると、そう言って笑った。

 やはり魔王領も近い北部地方ともなると、その地で生活する人々も豪胆になるということなのだろうか。


 ――と、そのとき、場が落ち着いたタイミングを見計らったかのようにまた脳内にあの音声が響く。


《スキル派生の条件を達成しました。【絆・拳での語り合い】を獲得しました》

《スキル派生の条件を達成しました。【絆・オベーション】を獲得しました》


 マジでどんどん増えていくのな……。


     ※


 ――その言い訳は、はたして誰に向けてのものなのか。


「ねえ、あたしのこと、エッチな女の子だと思わないでよ? どっちかっていうと、あんたが悪いんだからね? あたしは別に、本当はこんなことしたくないんだから……」


 シーツに包まりながら一人でモゴモゴと言うラシェルは間違いなく最高に可愛いが、さすがにそろそろキツくなってきたかもしれない。主に下半身が……。


 あれから俺たちは改めて夕食と酒を堪能し、良い感じにほろ酔い気分で部屋に戻ってきたわけだが、その流れでまたしても行為に及んでしまった。

 思い返すまでもなく、ラシェルとは二人で行動をするようになってからここまで、隙あらばというくらいの頻度でいたしている状態である。

 さすがに俺もこの状況にはそろそろ不健全さを感じてきていた。

 しかし、やはり俺は健康な男子であり、良い雰囲気になってしまえばうっかり行為に及んでしまうのも仕方なきことなのだ。

 せめてラシェルがもう少し性に消極的であれば――いや、それは寂しい! ダメっ!


 まあいい。それよりも新たに増えたスキルを確認しよう。

 今回も予想外にたくさん増えてしまった。


:絆・一触即発 【ときには触れれば爆発しそうな状況に見舞われることもあります(魔術【エクスプロッシブ】を獲得)】

:絆・犠牲 【大切なものを護りたいという想いが力となります(タウント発動中、および他者を庇った際のダメージを抑えます)】

:絆・憤怒 【仲間は貴方を傷つける者を許しません(自身がダメージを受けた際、一時的に仲間の全ステータスに1.2倍補正)】

:絆・オベーション 【観衆はいつも貴方の活躍を期待しています(功績に対する周囲の評価が高まりやすくなります)】

:絆・拳での語らい 【ときにはぶつかり合うことも大切です(誰かと諍いになっても嫌悪感を抱かれることがなくなります。また、激しい諍いのあとは強い信頼感を抱かれるようになります)】


 おお、ついに魔術まで使えるようになったか。

 どんな感じになるのか、いつか機会があれば試してみよう。


「すごい数じゃない!」


 ベッドの縁に座る俺に後ろから乗りかかりながら、ラシェルがステータスボードを覗き込んでくる。

 ほ、豊満な胸が背中に直で当たっとる……。


「こんだけスキルをたくさん覚えたキョウスケを見たら、アイツらも追い出したことを後悔するかもね!」


 ラシェルは俺の進化を素直に喜んでくれているようだ。

 とはいえ、基礎ステータスやそもそもの技量で考えたとき、俺の実力はまだアリオスにもラシェルにも遠く及ばないのではないかと思う。

 やはり、まずはしっかり身の丈に合ったところで俺自身の地力を向上させていく必要があるだろう。


「……ねえ、あたしたち、けっこう回数こなしてると思うんだけど、なんでこのスキルはずっと(1)のまんまなの?」


 ——と、ラシェルが【絆・契り】の項を指差しながらそう言った。

 心なしかその声には静かな怒気が含まれているような気がする。

 な、なんでだろうねぇ……回数以外の何かをカウントしてるのかなぁ……あはは……。


「もしこのカウントが増えるようなことがあったら、ちゃんと報告しなさいよ? 黙ってたら、あたし、あんたを殺すかもしれないわ」


 そう言って、ラシェルが細い指で俺の首筋を優しく撫でてくる。

 わ、分かりました。ちゃんと報告します。

 というか、報告したらしたで殺されるようなことになったりせんだろうな……?


     ※


《スキル派生の条件を達成しました。【絆・ヤミ】を獲得しました》


:絆・ヤミ 【それは『闇』なのか『病み』なのか……(自身に特定の感情を抱く仲間の全ステータスに1.2倍補正)】

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