第六章 それが彼らのイキる道
明けて翌日、夜明けとともに野営地を発った俺たちはそれからもうまく魔物との遭遇を避け続け、その日の昼頃には無事にサウスワーパウスの街へと辿り着くことができた。
大きな街は何処も例外なく高い城壁に囲まれていて、中に入るためには関門での手続きが必要になる。
この城壁は物理的に魔物の侵入を防ぐだけでなく結界の役割も果たしているそうで、人々の安全な生活圏を守るためにはなくてはならないものなのだそうだ。
俺たちは市門で入場の手続きを済ませると、まず最初に魔物の素材を買い取ってくれる業者のもとを訪れて、先の戦いで入手したものを売却した。
こういった買取業者の店はだいたい市門の近くにあるのが常なのだ。
それから俺たちは旅馬車の乗場に向かって西方に向かう馬車の有無を確認したが、残念ながら次の便は明日になるとのことで、本日はこの街で過ごすことになった。
「まあ、急ぐ旅でもないんだし、別に良いんじゃない?」
宿でゆっくり休めるとあって、ラシェルはむしろご機嫌である。
まあ、旅馬車に乗るとなれば当面は窮屈な荷台の上で過ごさなければならなくなるし、野宿の疲れを癒しておくためと考えればここで一泊しておくのも重畳だろう。
俺たちは荷物を置くためにその日の宿泊を決めると、これからの長旅に備えてゆっくりと英気を養う——つもりだったのだが、流れでアレなことをはじめてしまい、気づいたら陽もとっぷり暮れていた。ううむ……。
ともあれ、昼食もろくに食べぬままに夕刻を迎えてしまった俺たちは、ひとまず夕食を取ろうということで一階に向かった。
俺たちが宿泊先に選んだ宿は何処にでもある一階が酒場になっているタイプで、時間帯の関係もあってかすでにかなり賑やかな様相になっていた。
このサウスワーパウスは魔王領に最も近い都市ということで冒険者の出入りも多く、またそんな冒険者を相手に商売をする商人の数も多い。
酒場を訪れる面々にもそういった街の情勢が反映されているのか、酒を酌み交わす客たちのほとんどは冒険者かあるいは旅慣れた行商人といった装いの者たちばかりだった。
俺たちは適当に空いている席に座ると、給仕をしている女性に声をかけて適当に目についたメニューと麦酒を注文した。
「よぉ、おまえら『出戻り組』だろ?」
――と、俺たちが先に出された麦酒で乾杯をしようとしていた矢先、隣のテーブルに座る冒険者らしき男が声をかけてきた。
見やると、三十代ほどの髭面の男を筆頭に、同じテーブルに座っている四人組らしき冒険者パーティの面々がニヤニヤと口の端を歪めながらこちらを見ている。
『出戻り組』なんて言葉は初めて耳にしたが、どうにも嫌な予感がする。
「素材屋でよ、たまたまおまえらが北門から入ってくるところを見たんだよ。なぁ、どうなんだ? やっぱり北はキツいのか?」
「そんなこと訊いてきてどうしようってのよ」
ニヤニヤと話しかけてくる男に対して、ラシェルが不愉快さを隠そうともせずに応じた。
まあ、明らかに友好的な感じではないが、そこまで邪険にしなくても……。
「俺たちもこれから北に向かう予定なんだよ。なぁ、先輩冒険者として俺たちに北の恐ろしさを教えてくれねぇか? あまりに怖さにビビって戻ってきちまったんだろ?」
そう言う男の言葉に、同じテーブルに座っていた男たちがゲラゲラと笑い出した。
中には『おい、やめろよ』と笑いながらたしなめている者もいる。
明らかに俺たちのことを馬鹿にしているようだ。
どうやらこの男たちの言う『出戻り組』というのは北方から逃げ帰ってきた冒険者を揶揄する言葉らしい。
俺たちが若い男女の二人組ということもあって、からかい半分に因縁をつけてみたといったところだろうか。
面倒なことになる前に席を変えてもらおうかな――と、そんなことを考えながら俺が給仕の姿を探していると、ラシェルが麦酒の入ったジョッキを呷りながら鼻を鳴らした。
「はん。あんたたちなんてノースワーパウスに着くまでの道中でくたばるのがオチよ。大人しくこのあたりの魔物でも倒して小遣い稼ぎしてたらどう?」
おおう、売られた喧嘩は買っていくスタンスですか……?
これまであまりこういった連中に絡まれたことがなかったので知る由もなかったが、もともとラシェルは負けん気が強いタイプではあるし、一人旅をしていたころなどはこんな感じで絡まれるたびに相手をしていたのかもしれない。
女性――というか、端から見たら少女にしか見えない冒険者の一人旅なんて、良からぬことを考えて絡んでくる輩も多かったことだろうしな。
「なんだとォ……?」
——と、髭面の冒険者が殺気だった目つきで睨みつけてくる。
そんな安い挑発に引っかからないでくれよ……。
ラシェルの【探知】スキルには、あくまで彼女から見てではあるが、相手が強いか弱いかということを感じ取れる性質も持ち合わせている。
つまり、彼女が臆することなく挑発をしている時点で、この冒険者たちは取るに足らない者たちだということだ。
人数的な不利はあるかもしれないが、それでも喧嘩になればおそらく俺たちが負けることはないだろう。
「おまえら、俺たちが誰だか分かってんのか?」
髭面の冒険者が苛立たしそうにそう言って、急に自分のステータスを表示して見せた。
:STR 68
:VIT 63
:CON 25
:SEN 19
むう。平均値はともかく、物理ステータスは俺よりも遥かに高いな。
というか、ステータス表示はこうやって相手を威圧することにも使えるのか……。
「俺たちは泣く子も黙る『血濡れの戦鬼隊』だぜ? おまえらも俺たちがくびり殺してきた魔物たちみたいに、この場ですり潰してやったっていいんだぞ?」
髭面がそう言って椅子から立ち上がり、それに呼応するように同じテーブルに座っていた仲間らしき面々も立ち上がる。
中にはもう喧嘩になることが確定しているとばかりに肩を回す者や指の関節を鳴らしている者もいた。
『血濡れの戦鬼隊』だかなんだか知らないが、確かに血の気の多い連中だなぁ……。
この街の酒場ではこういったことが日常的に行われているのか、このような状況にも関わらず酒場の従業員に慌てた様子はなく、周りの客もやいのやいのと囃し立ててきている。
これはもう喧嘩になること自体は避けられなさそうな雰囲気だ。
ステゴロであればまだいいが、勢い余って武器を抜いてきたりはせんだろうな。
「悪いけどさ、その程度のステータスでイキらないでくれる?」
言いながら、今度はラシェルが自分のステータスを表示させた。
:STR 82
:VIT 75
:CON 96
:SEN 63
相変わらず集中力が飛び抜けている。
魔術師系ではないので感応力はそこまで高くないが、物理系のステータスも総じて高い。
もっとも、これらは決して絶対値ではなく、あくまでも本来の自分の能力に対してこれだけの補正がかかるというものだ。
単純な筋力でいえば、さすがに髭面の男のほうが強いだろう。
とはいえ、さすがにこの数値には髭面だけでなくその後ろに控えている男たちも驚きを隠せないようで、明らかに動揺が広がっている。
「おい、あんなステータス見たことあるか……?」
「『出戻り組』でアレって、北はそんなにヤバいのか……?」
遠巻きに眺めていた聴衆もラシェルのステータスが一般的な冒険者のものと比較して明らかに高いことくらいは理解できるらしく、ざわざわとどよめきが広がっていた。
うーん……とりあえず、うっかり俺のステータスは表示しないように注意しておこう。
「チッ……ステータスだけがすべてじゃねぇ! おい、この生意気なガキに俺たちの恐さを教えてやれ!」
痺れを切らしたのか、いよいよ男たちが腕を振り上げて殴りかかってきた。
自分のステータスを見せびらかして恫喝してきたくせに、宗旨替えするにしてもちょっと早すぎやしませんかね……。
――と、そのとき、俺の脳内に例の音声が響き渡った。
《スキル派生の条件を達成しました。【絆・一触即発】を獲得しました》
おいおい、このタイミングで新しいスキルですか。
確かにこの状況はまさに一触即発――というか、すでに発したあとのような気もするが、少なくともそういった状況であったことには変わりない。
なんとなく分かってきたことだが、どうやら【絆】スキルは俺と他者との『結びつき』というよりも俺と他者の『関わりかた』によってスキルが派生していくようだな。
であれば、この喧嘩を利用してさらに別のスキルを獲得することはできないだろうか。
たとえば――。
「死ねやオラァ!」
髭面の冒険者がラシェルに向かって大ぶりのテレフォンパンチを放っている。
あんな大振りなパンチがラシェルに当たるとも思えないが、俺は颯爽と彼女と男の間に躍り出ると、敢えてそのパンチを正面から顔面にもらった。
最初から当たると分かっていれば首の動きで勢いを殺すことができるし、ここ最近のスキル獲得によってステータスが底上げされているからか、思った以上に痛みも感じない。
「キョウスケ!?」
しかし、そんな俺の胸の内を知るはずもないラシェルは、その場に膝をつく俺に悲鳴にも似た声を上げた。
パンチの勢いを殺すために敢えて大きくのけぞっただけなのだが、少しその所作が大げさ過ぎたのかもしれない。
ラシェルが心配そうに俺の顔を覗き込んだあと、その顔を憤怒に染めながら髭面の冒険者たちを睨みつける。
「おお、男を見せたな、兄ちゃん! でもよォ、こんなパンチも受けとめられないようじゃ、この辺で冒険者なんてやってられねぇぜ!」
髭面たちはゲラゲラと笑っていた。
こうやって馬鹿にされることでもスキルが派生したりせんものかな……。
《スキル派生の条件を達成しました。【絆・犠牲】を獲得しました》
《スキル派生の条件を達成しました。【絆・憤怒】を獲得しました》
おお、どんどん増えるぞ。すごいぜ。
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