第五章 勇気か蛮行か
けっきょくその日は野宿をすることになってしまった。
俺は今いる場所がサウスワーパウスからどれくらいの位置に当たるのか分からないが、ラシェルの話ではまだ数時間ほど歩く必要があるだろうとのことだ。
日はもう完全に沈んでいて、【探知】スキルで魔物との遭遇を回避しながら進むにしてもこれ以上は危険だろうとの判断だった。
道中で見つけた巨木の根本をその日のキャンプ地にすることに決めると、俺は薪になりそうな枝を集めて火を起こし、ラシェルは結界を張るための準備をはじめた。
夜行性の魔物は野生の動物と同様に火を嫌う傾向にあるし、聖水で清めた杭とロープで周辺を囲うことで死霊やスケルトンといった魔物の侵入も防ぐことができる。
一通りキャンプの準備を終えると、俺たちは焚火で炙った干し肉を乾パンと一緒に食べながら、それぞれのマグに蒸留酒を淹れて酒を酌み交わした。
「なんか、こういうのって久々よねぇ」
野宿をすると決めてから、ラシェルはずっとご機嫌である。
確かに、こうやって二人きりで野宿をすることなど一年ぶりのことだ。
そもそもラシェルと旅をするようになってからすぐにアリオスたち三人とも一緒に旅をするようになったので、二人で野宿をする機会自体がそもそも多くなかった気がする。
「明日にはサウスワーパウスに着くと思うけど、その先はどうするか決めてるの?」
ちびちびとマグに口をつけながら、ラシェルが訊いてくる。
雑貨屋で買った蒸留酒は消毒に使うことも想定されているために濃度が高く、もちろん水で薄めてはいるが、一息に飲むのはいろいろと危険である。
「ゴールジ村に行こうかと考えてる」
俺はラシェルの問いかけに、少し思案してからそう答えた。
大陸の西部にある片田舎の村で、俺がこの世界に降り立ってから最初の一、二ヶ月ほどを過ごした場所でもある。
近くにノティラスという大きな街もあり、そこには冒険者ギルドもあるので仕事に困ることもない。今後の生活拠点としても申し分ないと思うのだ。
「ふーん……」
しかし、ラシェルは俺の説明に不服でもあるのか、訝しむようにこちらを睨んでいる。
なんか変なこと言ったかな……。
「まさかとは思うけど、昔のオンナがいるとか……ってことはないわよね?」
——は? いやいや、さすがにそんな理由じゃ……。
「あーっ! 今、目ェそらした!」
ち、ちがっ! 誤解です! 俺には、そんな……。
そ、それに、今の俺にはラシェルという大切なパートナーもいるし!
「あやしい……どうせあたしのことだって、都合の良いオンナって思ってるんでしょ!?」
しかし、ラシェルは俺の言い訳に聞く耳も持たず、今にもこちらに飛びかかってきそうな体勢でギロリとこちらを睨みつけている。
——あ、分かったぞ。コイツ、安酒で悪酔いしてるな……?
明らかに据わった目でこちらを睨みながら詰め寄ってくるラシェルの様子に、俺はようやく状況を理解した。
焚火のせいで気づかなかったが、よく見れば顔も紅潮している。
これ以上は呑ませたら面倒なことになるかもしれない。
俺はラシェルのマグにまだ酒が残っていることを確認すると、ひとまず彼女の手からそれを奪い取ることにした。
「ちょ、なにすんのよ!」
当然、ラシェルはそんな俺の所業にたいそうご立腹の様子である。
すぐさま自分のマグを奪い返そうと飛びかかってくる。
しかし、酔っ払ったラシェルの動きに反応できないほど俺だってノロマではない。
俺はラシェルの突撃をのらりくらりと回避すると、さすがに捨てるのはもったいないので彼女の代わりに残りの酒をぐいっと呷った。
大した量ではないし、これくらいならまだ呑んでも大丈夫だろう——そう思っていた。
瞬間、視界がぐらりと揺れた。思った以上にガツンときた。
——というか、コイツ……ちっとも薄めてねえ!
どうりでチビチビと呑んでいるはずだ……。
妙に酒の回りが早いのも、きっとそれが原因だったのだろう。
「もう! 大人しくしなさいよ!」
懲りずにラシェルが飛びついてくる。
俺はなんとか躱そうとするも、今度はバランスを崩して押し倒されてしまった。
一気に酔いが回ってきたようで、先ほどからずっと視界が揺れている。
「……ねえ、キョウスケ。別に昔のオンナがいたってかまわないけどさ」
俺の上に馬乗りになって何故かチュニックを脱ぎながら、ラシェルがぼそりと言った。
どうにもラシェルの耳には最初から俺の話などまったく入っていないようだ。
というか、いったい何をしようとしてるんです……?
俺を見下ろすラシェルの顔は完全にキマっていて、残念ながらこちらの焦燥に気づいた様子は微塵も感じられない。
「分かってる? 今のパートナーはあたしなんだからね? ちゃんとそのことを、あんたのカラダにもしっかりと教えてあげるんだから……」
そう言って脱いだチュニックをおもむろに投げ捨てると、ラシェルは細い指で俺の顔を撫でながらゆっくりと覆い被さってきた。
ぐぬぬぬ、いろんな意味で抵抗できねえ……。
※
《スキル派生の条件を達成しました。【絆・嫉妬】を獲得しました》
《スキル派生の条件を達成しました。【絆・契り(屋外)】を獲得しました》
※
「なんかどんどん気持ち良くなってくるんだけど、こういうもんなの? どうしよう、クセになっちゃうかも……」
濡らした手巾で体についた汗や土汚れを拭いながら、ラシェルが言った。
汗をかいたことでいくらか酒は抜けたようだが、発言内容自体はなかなか過激で返答に困ってしまう。
俺だって、そもそもそんなに経験があるわけではないのだ。
知ったかぶりで下手なことを言って、あとで恥をかくような真似は避けたい。
それよりも俺が気になって仕方がなかったのは、またしても新たなスキルを獲得したらしいということについてだった。
もはやなんでもありじゃないかという感じでスキルが増えていっているが、いったいどういう状況なのだろう。
ひとまず俺はステータスを開いて新たなスキルの詳細を確認してみることにした。
:絆・嫉妬 【嫉妬心ほど強い力はありません(自身に特定の感情を抱く仲間の全ステータスに1.2倍補正)】
:絆・契り(屋外) 【環境を気にしない胆力が心に強靭さを与えました(精神異常耐性を獲得)】
「何見てんのよ? ……って、ナニコレ?」
背後から俺のステータスボードを覗き見たラシェルが、ズラッと並んだ【絆】スキルの一覧に目を丸くする。
「……べ、別に、嫉妬なんかしてないし……」
そして、すぐに唇を尖らせながらそっぽを向いてしまった。
あ、そっち……? 反応としては可愛いけどさ……。
というか、今までとくに話す必要もないと思って明かしていなかったが、せっかくだしラシェルには俺が『転生者』と呼ばれる者であることを説明しておくべきかもしれないな。
「なにそれ。何処か別の世界から転生してきたってこと?」
そう訊き返してくるラシェルに、俺は頷いて返す。
もちろん、だからといってこの【絆】スキル以外に特別な何かがあるわけではない。
ただ、ゴールジ村はこの世界における俺の故郷のようなもので、そう思うに至る理由については俺の出自を説明するのが最適な気がした。
ゴールジ村で過ごした時間は、何も知らなかった俺がこの世界というものに馴染んでいくための重要な期間でもあった。
あの村の長閑で優しい雰囲気があったからこそ、俺は絆を大切にしようという新たな生きかたについて、今も迷うことなくその道を進めているのだ。
「なるほどねぇ……」
体を拭き終えたラシェルが納得したように頷いて、チュニックを頭から被りはじめる。
「つまり、そのときにキョウスケに優しくしてくれたのが、昔のオンナってわけね?」
しかし、チュニックの襟許からスポンッと頭を生やしながらそう言うラシェルの顔は、まだいまいち俺の言うことを理解できていないようだった。
コイツ、やっぱりまだ酔いが残ってんのかな……。
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