第四章 一期一会

 サウスワーパウスへの道中は思った以上に順調に進んだ。

 岩場が点在するだけの荒野をラシェルに先導されるままについていくだけなのだが、本当に驚くほど魔物に遭遇しなかった。

 サウスワーパウスからノースワーパウスに向かう道程ではもう少し魔物に遭遇したような気もしたんだがなぁ……。


「まあ、あのメンツだったら少しくらい戦闘になっても問題ないしね。こんなにクネクネしてたら移動だけで時間かかっちゃうし、今回みたいにしっかり食糧を買い込んでたわけでもなかったから」


 俺の疑問に、ラシェルがそう説明してくれた。

 なるほど。実際、彼女は見えない障害物でも避けるかのようにクネクネと曲がりくねりながら進んでいて不思議に思っていたのだが、これは魔物を避けるためだったのか。

 確かに、ここまで回り道をしていれば旅程にも大きな影響が出てこよう。

 南北のワーパウス間は直線距離だけで考えれば徒歩でも半日ほどで辿り着けるくらいの距離だが、この調子だと何処かで野宿を挟む必要が出るかもしれない。


「……あれ?」


 ——と、不意にラシェルが顔を横に向け、そちらのほうをじーっと眺めはじめた。

 何か興味を引くようなものでもあったのだろうか。


「この先に進んだところで戦闘してる気配を感じるわ。この雰囲気だと、魔物の数がだいぶ多いみたい……ひょっとしたら、危ない状況なのかも」


 ふむ。この辺りの魔物はかなり強いし、生半可な冒険者では取り囲まれてあっという間に命を奪われてしまうことだってあるかもしれないな……。

 俺だって、たまたま周りが優秀だったからここまで来れているだけで、仮に一人でこの地に放り出されたとしたらまず無事ではすまないだろう。

 今だってラシェルがいるから安全なだけで、あのまま彼女がアリオスたちと魔王討伐に向かっていたとしたら、そうやって魔物に襲われていたのは俺だった可能性もある。


 遠方を見やるラシェルの顔に特別な感慨はなく、先ほどの言葉も彼女にとっては俺に近隣の状況を伝えるという以上の意味はなかったようだ。

 しかし、気づいたときには俺の足はそちらに向かって歩き出そうとしていた。

 俺は今度こそ人との繋がりを大切にして生きていくと心に誓ったのだ。

 この先に身の危険に瀕している者たちがいる――そのことを俺たちが知るに至ったこともまた一つの縁ではなかろうか。

 だとしたら、俺が成すべきことなど最初から決まっている。


「ちょ、助けに行くっていうの? 言っとくけど、けっこうな数よ?」


 ラシェルが驚きの声を上げた。

 思えば彼女も俺と出会う前は一匹狼で他人の世話など焼かないタイプだったわけだし、本来であればこのようなことは流儀に反するのかもしれない。

 だが、俺はやはりこの縁を大切にしたいのだ。さて、どう説得したものか……。


「ま、待ってよ。なんでそうなるのよ。失礼しちゃうわね。あんたが行くって言うなら、あたしもちゃんとついて行くわよ。そこまで薄情じゃないわ」


 唇を尖らせながら、ラシェルが俺の胸を小突いてくる。

 予想外の返答だった。逆に怒られてしまうとは。

 俺がこの世界に来て変わろうとしているように、ラシェルもまた俺たちと旅をする中で変わりつつあるのかもしれないな……。


「いや、そこは『俺との出会いが彼女を変えたのかも』くらい言いなさいよ。なんでいちいち煮え切らないのよ……」


 ラシェルが半眼で睨んでくる。

 だって、そういうのってなんか恥ずかしいじゃん……。


 ともあれ、俺たちは各々の獲物を手にして頷き合うと、ラシェルに先導してもらって戦闘が行われているらしい場所に急行した。

 ほどなくして見えてきたのは四人組の冒険者パーティと思しき面々と、彼らに襲いかかる魔物の群れの姿だった。

 どうやらすでに魔術師らしき装いの男が負傷してしまっているらしく、近くの岩陰に隠れて別のパーティメンバーから手当を受けている。

 残りの二人は離れたところで魔物を引きつけているようだが、大型の狼のような魔物に取り囲まれて前後左右から挟撃を受ける形になっているようだ。


「加勢するわ!」


 遠距離から攻撃できるラシェルが先に弓を構え、三本の矢を器用に弦につがえると、一斉に掃射した。

 放たれた矢は魔物の胴体に突き刺さり、その勢いのままに魔物の体が吹っ飛んでいく。

 ラシェルの扱う剛弓『オレイカルコスの弓』の威力は投石機にも匹敵するほどで、岩にも平気で穴を穿つほど強烈だ。

 三本の矢をまとめてくらった魔物は倒れたままピクリとも動かなくなっており、文字どおり即死してしまったようだった。


 冒険者パーティの面々が驚きの声を上げ、魔物たちの殺意が一斉にこちらへ向く。

 俺は身構えながらラシェルの前に飛び出すと、盾と剣を強く打ち鳴らしながら叫んだ。


「【シールドタウント】!」


 これは一般に特技と呼ばれるものだ。

 俺たちにはスキルとは別に特技と呼ばれる特別な技巧を習得することができ、これらは神の加護によってさまざまな奇跡を引き起こす。

 たとえば、今回の【シールドタウント】であれば知能の低い魔物を強制的にこちらに引きつける効果があった。

 この特技を使用することで、ラシェルに向いた魔物たちの敵愾心を引き剥がした上で無理やり俺に向けることができるのだ。


 とはいえ、この数の魔物の攻撃を今の俺の力ですべて捌き切るのは難しい。

 回復役がいない俺たちにとって大きな怪我はそのまま致命傷に繋がりかねないし、慎重な立ち回りを要求される。

 俺はしっかり盾を構えると、いったん反撃のことは考えず、とにかく魔物の攻撃を躱すことだけに集中した。


 俺の背後ではすでにラシェルが第二射の準備をしている。

 それに、魔物たちの敵愾心が俺に向いたことで防戦の一手だった冒険者たちも攻撃に回れるようになるだろう。

 もしも彼らが手早く魔物たちの数を減らしてくれれば、俺だってすぐに攻撃に回れる。

 今はみんなの力を信じよう。


 この場に残っている魔物の数は全部で五体——先に動いたのは魔物のほうだ。

 一番近くにいた魔物が大きく顎を開きながら飛びかかってきた。

 しかし、これは俺の背後から射られたラシェルの一矢によって眉間を射抜かれ、血と涎を撒き散らしながら沈黙する。

 次いで、こちらに体の向きを変えた魔物の死角を突いて、冒険者の一人か斬りかかる。

 そこに追い討ちをかけるようにもう一人の冒険者が飛びかかり、二人のコンビネーションが見事に魔物の首を切り落とした。

 実によくやってくれた、消耗もあるというだろうに、素晴らしい動きだ。


 俺は眼前まで迫ってきた二匹の魔物を睨みつけると、まず最初に飛びかかってきたほうの魔物の一撃を盾で受け流し、次いで飛びかかってきた魔物の攻撃を剣で受けとめる。

 視界の端ではさらにもう一匹の魔物が飛びかかってくる姿が見えたが——これは俺の背後から放たれたラシェルの第二射が射落としてくれた。さすが、頼りになるぜ。


 俺は剣に齧りついて奪い取ろうとしてくる魔物の横っ面を盾で思いっきり殴りつけると、たまらず剣を離したその魔物の首筋に思い切り長剣を突き立てた。

 そのまま魔物の胴体を蹴り飛ばして剣を引き抜きつつ、最初に受け流したほうの魔物が再び飛びかかってくるのを何とかしゃがんでやりすごす。

 そして、今度は思いっきりその魔物の横っ腹に向かって盾を投げつけた。


「【シールドブーメラン】!」


 特技はその名を声にして発することで神の加護を得られるという特性がある。

 慣れないうちはちょっと恥ずかしい……。

 投げられた盾は回転しながら魔物の胴体に当たり、その体勢を大きく崩させた。

 そして、盾はそのまま文字どおりブーメランのように俺の手許に返ってくる。

 俺は体勢を崩した魔物に飛びかかると、その脳天に思いっきり剣の切先を突き立てた。

 どれだけ大きな体躯をした魔物でも、首や頭を深く傷つけられれば無事では済まない。

 魔物は一度ビクンと体を震わせたあと、そのままぐったりと動かなくなった。


 思ったよりあっさりと片づいたな……。

 地に伏した魔物たちがすべて動かなくなっていることを確認していると、後ろから駆け寄ってきたラシェルが背中を軽く小突いてきた。


「すごいじゃない! 今まで手を抜いてたの?」


 ニヤニヤと笑いながらそう言うラシェルに、俺は思わず苦笑いをしてしまう。

 無我夢中でやっていただけだが、確かにいつもより体が軽快に動いたような気がする。

 剣を振るう腕のキレも良かったし、受けとめた魔物の一撃もいつもよりずっと軽かった。

 もしや、これが新たに獲得したスキルの効果なのか……?


「ありがとう! 助かったよ!」


 冒険者パーティのリーダーらしき男性が駆け寄ってきて、俺たちに頭を下げる。

 いや、困ったときはお互いさまだから……と、俺はおそらく生まれて初めて言うであろうそんな台詞を吐きながら、なんだか今ごろ照れくさくなってオロオロしてしまった。


 それから俺たちは魔物の死体から金目になりそうな素材を剥ぎ取って山分けし、傷の手当てをしていた彼らの仲間たちに大事がないことを確認してからその場をあとにした。

 彼らは少し休んだあと、このままノースワーパウスを目指すらしい。

 俺たちと同じくサウスのほうに向かうのであれば同道を申し出たところだが、逆方向では仕方がない。


「まあでも、あの程度の魔物に苦戦するようじゃノースワーパウスに向かってもね……」


 冒険者たちと別れてしばらくしてから、ぽつりとラシェルが言った。

 まあ、忌憚のない意見を言わせてもらうなら俺も同意見だ。

 ただ、今回の戦闘を経験してなお彼らがノースワーパウスへ向かうと判断したのであれば、それを俺たちが言ったところで余計なお世話にしかならないだろう。

 彼らにもきっと彼らなりに北を目指す事情があるはずだ。


 ——と、そのとき、脳内に例の音声が響いた。


《スキル派生の条件を達成しました。【絆・一期一会】を獲得しました》


 おう、マジか……こんな形でスキルを獲得することもあるんだな。


     ※


:絆・一期一会 【偶然は次なる偶然を呼び寄せるでしょう(運命力が向上)】

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