第三章 新たな旅立ち

 夜が空けた。

 堅く狭いベッドではあったが、思っていた以上によく眠れた。

 隣ではまだラシェルが寝息を立てている。

 いろいろあって疲れたせいか、軽く揺すってみても起きる気配はなさそうだった。


 ラシェルの体にシーツを掛け直しながらベッドを出ると、俺は脱ぎ散らかした衣服を身につけながらステータスボードを表示する。

 脳内音声によれば、この短期間に二つも新たにスキルを獲得してしまったことになる。

 詳細を確認しておいたほうが良いだろう。

 新たに獲得したスキルには、それぞれ次のような説明が記されていた。


:絆・真の仲間 【利害を超えた絆はあなたの力になるでしょう(全ステータスに1.2倍補正)】

:絆・契り(1) 【肉体的な繋がりがあなたの技能を向上させるでしょう(技能ランク上昇)】


 いや、肉体的な繋がりってさ……もっと他に表現の仕方なかったのかな……まあ、確かに技能が重要となる側面もあるにはあるけどさ……。

 いや、それよりも(1)というのはなんだ?

 回数か……? いや、それなら良いが、もしも人数だったら……?


 俺は思わず頭を振った。変なことを考えるのはやめよう。

 というか、ステータス補正のほうも気になるな。

 結果的に1.2倍補正が二つになってしまったが、加算なのか乗算なのか……。


《補足説明いたします。補正値はすべて乗算となります》


 うおっ!? 脳内音声さん!? ご親切にありがとう!


 乗算なのか……となると、1.2倍が二つで1.44倍ということになるな。

 もしもこのままスキルが派生し続けたとしたら、とんでもないことになるのでは……?

 ――いや、さすがにそんな都合の良いことばかり起こることはないか。

 まずは初心に戻って足場を固めることからはじめなければ。


「ん……」


 ベッドの上で、ラシェルが身動ぎする。


「もう朝……?」


 うっそりとラシェルが体を起こし、その場で伸びをした。

 肩からこぼれた亜麻色の髪が窓から差し込む日差しを反射してキラキラと輝いている。

 今まで気づかなかったが、意外とおっぱい大きかったんだなぁ……。


「ちょ、なにじっと見てんのよ!」


 こちらの視線に気づいてか、ラシェルが慌ててシーツで胸許を隠した。

 うーん、なんと甘酸っぱいシチュエーションだろうか。

 嬉し恥ずかしさが行きすぎて逆に居心地の悪さを感じてしまうのは、俺がまだこういった状況に不慣れだからだろうか。

 ラシェルは赤い顔でシーツに包まったまま、気恥ずかしそうにこちらを睨みつけている。


「着替えるからあっち向いてて」


 はいはい……。

 言われるままに背を向けると、背後からゴソゴソと衣擦れの音が聞こえてきて、俺はますます背中がムズムズしてしまった。

 これからラシェルと二人で旅をするとなれば、今後もこういった状況に立ち会うことはあるだろう。早く慣れなければ……。


「いいわよ」


 ラシェルがそう言ったので、反射的に振り返ると——。

 うおっ!? まだ下着しかつけてないじゃん!?


「別に裸じゃなきゃ良いわよ。今さらでしょ」


 そ、そうなの? それなら、裸こそ今さらじゃない……?


「は、裸はまだちょっと……」


 モゴモゴと口ごもりながら、ラシェルがベッドのヘッドボードにかけられた臙脂色のチュニックを手にとって頭を突っ込んだ。

 まあ、彼女には彼女なりの段階というものがあるのだろう。


 俺は部屋のかけ時計で時間を確認すると、思ったより時間が経っていることに気づいた。

 チェックアウトの時間が近い。急いで荷物をまとめねば……。


「このあと、どうするつもりなの?」


 チュニックに袖を通したラシェルがベッドから出てきて、荷物と一緒に置かれていた胸当てとポーチつきの前垂れを身につけながら訊いてくる。

 まあ、ここに残っても仕方がないし、ひとまず南に下って旅馬車に乗れるようになってから考えるかなぁ……。

 この街にも馬車の出入りがまったくないわけではないのだが、基本的には物資輸送のためのものである。

 俺たちのような冒険者を乗せてくれるような旅馬車を利用するためには、もう少し安全な地域まで南下する必要がある。


「なら、ひとまずサウスワーパウスかしらね」


 装具を身につけてオレイカルコスの弓も担ぎ、準備万端といった様子でラシェルが言った。

 サウスワーパウスは、その名のとおりこのノースワーパウスの南方にある街の名だ。

 この街は魔王領を睨む城砦という側面が強いため、サウスワ―パウスは魔王討伐を目指す道のりにおいては実質的に最後の中継点となる街になっている。


「道中で魔物に遭わないといいけど……まあ、万が一のときは逃げちゃえばいいか」


 軽い調子でラシェルがそう言いながら、悪戯っぽい笑みで俺にウィンクしてみせた。

 不安を煽るようなことを口にしてはいるが、そもそも狩人であるラシェルにはさまざまな気配を感じ取る【探知】スキルがある。

 しかも、ラシェルの【探知】スキルはSランクであり、かなり広範囲で魔物や動物の感じ取ることができるのだ。

 もちろん、この辺りには足の早い魔物や空から襲ってくる魔物の類もいるから油断はできないが、それでも不用意な魔物との遭遇に関しては心配する必要はないだろう。


 俺たちは最後に忘れものがないか部屋の中を確認すると、部屋をあとにして宿の受付でチェックアウトを済ませ、その足で近くの雑貨屋に向かった。


「食糧とか買い足しとく?」


 雑貨屋に来てまず最初に俺たちがチェックしたのは、旅糧となる食料品や飲料だった。

 ラシェルは分からないが、俺の個人的な荷物の中に旅糧となるようなものは何もなかったので、これからの旅を考えると少しは携行しておいたほうがいいだろう。

 といっても、ノースワーパウスは立地的に食料補給が不安定なため、俺たちのような冒険者向けに販売されているものは干し肉や乾パンといった保存食にかぎられているが。


「念の為、三食分くらいは買っておきましょうか。お酒はどうする?」


 棚に並んだ蒸留酒を見つけて、ラシェルがニヤッと口の端を歪めた。

 酒は消毒にも使えるため、単純な嗜好品として以外にも使い道があるわけだが――それ以前にこのハーフエルフ、わりと酒好きである。

 アリオスたちは基本的にあまり飲まなかったので、これまでは安全な場所で夜を明かすときなどに俺がつきあって一緒に飲んでやっていた。

 まあ、買っていきたいと言うなら別にとめはしないが……。


「やったね! もし野宿することになったら一緒に飲みましょ」


 この北方の地で野宿をするだけでも俺としては不安があるのに、その上で酒を飲もうとはなかなかの豪胆っぷりである。

 ラシェルはそこまでベロベロに酔うタイプではないが、こんなところで販売されている安酒を飲んでどうなるかなんて分からない。

 まあ、そもそも野宿をせずに無事にサウスワーパウスに辿り着けることを祈るか……。


 かくして、無事に買い出しも終えた俺たちは、いよいよノースワーパウスを出立し、新たな旅路の第一歩を踏み出すのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る