第二章 思ってたのとなんか違う

 ギルドをあとにして宿泊を予定していた宿に戻ると、あろうことか宿の店主から荷物と金貨袋を渡されてそのまま追い出されてしまった。

 どうやらアリオスがすでに手を回していたらしい。

 俺がこれまで利用する予定だった部屋はあのオーガ族の女性が利用することになっているらしく、もう空きの部屋もないから他の宿を探してほしいとのことだった。

 いくら何でも酷すぎる――と、最初はそう思ったのだが、渡された金貨袋にはそこそこの大金が入っていて、ちょっとだけテンションが上がってしまった。うーむ……。


 まあ、手切れ金ということなのかもしれない。

 この一年、冒険者ギルドでさまざまな依頼をこなしてきたし、各地のダンジョンを廻って古代遺物と呼ばれる不可思議なアイテムや魔導具を入手しては金に変えてきた。

 それに、俺たちはいちおう王国の承認を得た勇者パーティという特別な冒険者パーティでもあり、支援金としてそれなりの額を支給してもらっていたのだ。

 装備品の新調や消耗品の補充を行った上でも資金繰りに困るということはなかった。

 アリオスたちからしてみれば、これくらいは端金ということなのかもしれない。

 

 ひとまず俺は手近なところで別の宿泊先を見つけると、今日のところはこの街で夜を明かすことにした。

 さすがに単身でこの先の魔王領に向かう度胸はないし、かといって力不足を理由に除名された俺をこの地の冒険者が迎え入れてくれるとも思えない。

 いったん力をつけるために自分の力量にあった地に赴いて修行に励むべきか、それともいっそ魔王討伐は諦めて隠遁生活でも決め込むか――。

 宿の部屋に籠もってそんなことを悶々と考えていると、不意にギルドを出る直前に頭の中に響いた声のことを思い出した。


 そうだ。スキル覚醒だのスキル派生がナンタラカンタラだのと言っていなかったか。

 とりあえずステータスボードを開いて確認してみると、確かに一つスキルが増えていた。


:絆・別離 【別れの悲しみが力に変わるでしょう(全ステータスに1.2倍補正)】


 えっ——なにこれ、強くない?

 俺は思わずその場で自分のステータスを確認した。


:STR 48

:VIT 52

:CON 36

:SEN 33


 うーむ……変わっていないように思えるな。

 となると、この数値に対してスキルの補正がかかるということだろうか。

 もちろん、アリオスなどと比較したらまだまだ低いのだが、逆に言えば今後の成長次第では一気に強くなれる可能性も秘めているような気もする。


 というか、別離によってスキルが派生するってどういうことだ?

 俺はてっきり絆が強くなれば強くなるほど何か恩恵があるものと思っていたが……。

 ――いや、待て。

 そもそも【絆】スキルの説明欄にそんなことは書いていなかった。

 人とのさまざまな繋がりが力をもたらすと書いてあったのだ。

 別離が繋がりというのもちょっと違う気もするが、まあ繋がりがあったからこその別離と考えれば無理やり納得することもできるか……?


 ——コンコン。


 不意に部屋の扉がノックされた。いったい誰だろう。

 訝しみながら俺が入室を促すと、扉の奥から見知った女性が姿を現した。

 ラシェルだった。

 俺は予想外のことに思わず言葉を失ってしまう。

 どうして彼女がここに……?


「あたしもパーティ抜けてきた!」


 ラシェルはニカッと白い歯を見せながらそう言った。

 ま、マジかよ。でも、どうして……?


「だって、そもそもあんたがあたしを仲間に誘ったんじゃない」


 一転、ラシェルは呆れたように肩をすくめて嘆息する。

 いやいや、そんな理由で……?


 確かに、ラシェルを仲間に誘ったのは他ならぬ俺だ。

 アリオス、ロナン、イルヴァの三人と出会うよりも少し前、とあるダンジョンの探索中に魔物相手に孤軍奮闘しているラシェルを見て、せっかくだから一緒に探索しないかと誘ったのが最初のきっかけだった。

 もっとも、当時のラシェルは一匹狼を決め込んでいたようで、そのときは俺の誘いなど無視して一人で探索を続行してしまった――のだが、その後、偶然にもすぐに別のダンジョンで再会することになる。

 そのときもラシェルは魔物の集団に苦戦を強いられている状況で、心配になった俺は意地を張らずに一緒に行動すべきだと彼女を説得した。

 さすがにラシェルも一人での冒険には限界を感じはじめていたようで、そんな俺の説得を渋々受け入れ、以降、ともに行動をするようになったというわけである。


 しかし、そんなことに恩義を感じてくれずとも、気にせずアリオスたちとともに魔王討伐に向かってくれて良かったのに……。


「あたしは別に魔王討伐なんて興味ないもの」


 にべもなくそう言って、ラシェルが部屋の中に上がり込んできた。

 その背には古代遺物の剛弓オレイカルコスの弓を背負い、腰にはウーツ鋼の短剣を差している。

 肩からは旅具でパンパンになった雑嚢を提げていて、どうやらパーティを抜けてきたというのは本当らしい。

 というか、ちょっと待て。もしかして、このままこの部屋に泊まるつもりか……!?


「決まってるでしょ? もう宿の主人にも話は通してるわよ」


 アッケラカンとそう言って荷物を部屋の隅に置くと、ラシェルはそのままこちらのほうに歩み寄ってきて、ベッドの上に座る俺の隣にストンと腰を下ろしてきた。


 その瞬間、脳内に例の音声が響き渡る。


《スキル派生の条件を達成しました。【絆・真の仲間】を習得しました》


 ええっ!? 今!? むしろ、これまでは真の仲間じゃなかったの!?


 俺が脳内音声に狼狽えていると、それを知ってか知らずか、何故かラシェルがそっと俺の体に寄りかかってきた。


「あたし、今日までずっと、いざってときは一人でもどうとでもなるって思って生きてきたけどさ……」


 ポツリと、独り言でも言うかのようにそんなことを呟く。

 肩からラシェルの体温が伝わってきて、はからずしもちょっとドキドキしてしまった。

 ひょっとして、これ、ちょっと良い雰囲気だったりするのか……?


「あんたがいなくなるって思ったら、いてもたってもいられなくなっちゃって……」


 ラシェルがじっと俺の顔を見上げてくる。

 俺は気の利いたことも言えぬまま、そんな彼女の顔を見つめ返すことしかできない。


「あたし、やっと気づいたんだ。あたしがあのパーティにいたのは、自分の身を守るためでも魔王を倒すためでもない。あんたと一緒にいたかったからなんだって……」


 そう告げるラシェルの瞳は深い輝きを湛えていて、唇は何かを求めるように震えていた。

 俺だってそこまで間抜けではないし、いちおう正常な男子だし、このタイミングで求められていることがなんなのかくらいは分かっている。

 だがしかし、こんなふうに雰囲気に流されてしまって良いものか……。


 そんなことを逡巡しているうちに、俺を見上げるラシェルの目が半眼になっていた。


「もう、なんであたしがここまで言ってるのに分かんないのよ!」


 怒ったようにそう言いながら俺に体当たりをしてくると、そのままラシェルはベッドの上に俺を押し倒すように覆いかぶさってきた。


「ここに来た時点であたしはもう覚悟完了してるんだから、あんたも腹を括ってよね!」


 俺の顔を見下ろしながらそう言うと、ラシェルは強引にその唇を重ねてきた。

 ああ、何も抵抗できなかった。できるはずもなかった。

 これが【真の仲間】ということなのか……?


 求められるままに何度も唇を重ねていくうちに、俺の理性はあっさりと蕩けていった。


     ※


《スキル派生の条件を達成しました。【絆・契り】を獲得しました》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る